「不良少年とキリスト」のネタバレ&あらすじと結末を徹底解説|坂口安吾

坂口安吾「不良少年とキリスト」

【ネタバレ有り】不良少年とキリスト のあらすじを起承転結でネタバレ解説!

著者:坂口安吾 2019年6月に新潮社から出版

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不良少年とキリストの主要登場人物


本作品の著者。坂口安吾 (さかぐちあんご)、作家、評論家、随筆家。代表作に『恋愛論』『堕落論』『不連続殺人事件』などがある。本作品を含め、日本の敗戦と向き合った著作も多い。

太宰 治(だざいおさむ)
作家。本作品の主人公。代表作に『津軽』『斜陽』『走れメロス』などがある。1948年、玉川上水で入水自殺を遂げた。享年38歳。この事件に衝撃を受けた安吾が本作品を執筆する。

檀 一雄(だんかずお)
作家。代表作に『リツ子・その愛』『リツ子・その死』また『真説石川五右衛門』で直木賞を受賞した。太宰の自殺は「イタズラ」ではないかと、安吾へ語る。

不良少年とキリスト の簡単なあらすじ

 歯痛がようやく治まった私(坂口安吾)を訪ねてきた檀一雄が太宰治の自殺について自説を展開します。彼の死は「イタズラ」であったというのです。作家仲間のなかでいち早く太宰の死を知った私は彼の荒れた生活態度に潜む誠実な側面や彼の持つ非凡な才能について想いを巡らしていきます。さらに敗戦間もない日本へと想いは続いていきます。

不良少年とキリスト の起承転結

【起】不良少年とキリスト のあらすじ①

檀一雄の来訪

 私は10日間も歯痛で苦しんでいます。

頬に氷を当て、鎮痛剤を飲んで横になって太宰治の本を読んでいます。

しかし一向に歯痛が治まりません。

 仕方なく若い医師の診察を受けにいきます。

ところが今までの治療を続けるように促されるだけでした。

私は原稿へ怒りを爆発させます。

原子爆弾で百万人を一瞬に叩き潰すことはできる。

しかし、たった一人の歯痛が止められないなんて、文明ではありません。

 さらに歯痛が原因で妻と夫婦喧嘩までしてしまいます。

歯痛が治まったころ私のところへ作家の檀一雄が訪ねてきました。

 開口一番、太宰が死んだけれど、葬式には参列しなかったと私へ切り出します。

一雄はさらに続けて、太宰が自殺したのが13日であったこと、また太宰の作品『グッドバイ』が13回目(未完の連載小説、自殺のため13回目で絶筆)であったこと、さらに他にも太宰の自殺と「13」との関係性を指摘します。

そして、とうとう太宰の死は「イタズラ」であったとの自説を展開するのでした。

 作家関係者の中で最も早く太宰の死を知ったのは私でした。

事件が新聞に掲載される前に顔見知りの新聞記者から伝えられたのです。

 私は自宅に新聞記者、雑誌記者が押し掛けてくることを恐れました。

そこで新聞記者らに置手紙を残し、姿を隠します。

 私の取った行動によって、新聞記者らは勝手な憶測を膨らまします。

それは太宰の自殺は狂言で、私が彼を匿っているのではないか、というとんでもないものでした。

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【承】不良少年とキリスト のあらすじ②

フツカヨイと太宰

 1927年に自殺した作家、芥川龍之介と太宰が彼らの苦悩から自死へと導いた大きなものは彼らの虚弱が原因であったと私は思っています。

しかし芥川は「舞台」の上で「役者」として死を迎えました。

ところが太宰は時間をかけて「13」という数字を選び、用意周到に筋書を立ててはいましたが、「舞台」の上ではなく「フツカヨイ」としての死を選んでしまいました。

 たとえ、毎日が「フツカヨイ」だったとしても、文学に「フツカヨイ」は許されません。

自責や後悔の念などを文学の問題、人生の問題にしてはいけなかったのです。

 結局、太宰は、M・C、すなわち「マイ・コメジアン」(太宰の作品『斜陽』に登場する喜劇的な人物といわれている)を自称していましたが、「コメジアン」になりきることはできなかったのです。

 太宰は「フツカヨイ」でないときはごく普通の常識人でしたが「フツカヨイ」のときに若いころから行ってきた様々の恥が「赤面逆上的」に彼を苛めていたことは確かです。

芥川にも似たところがあるのですが、彼らの文学は孤独の文学です。

 現世的なものと繋がりはありません。

舞台の上で「マイ・コメジアン」になる強靭さに欠けていました。

彼らがもっと現世に対して突っぱねて生きていれば、たとえ自殺したにせよ、強い「コメジアン」になって、さらに傑(すぐ)れた作品を書いていたかもしれません。

【転】不良少年とキリスト のあらすじ③

太宰の苦悩と飲酒

 思想というのは個人が自分の一生を大切により良く生きようとして、工夫をこらし、必死に編み出した策なのです。

死んでしまえばそれまでです。

悟りすましていた太宰はそのように云いきることができませんでした。

だから、なおのことバカになることは不可能だったのです。

太宰はそのことを認識していたはずです。

 太宰のこういった「救われざる悲しさ」は太宰ファンにはわかりませんでした。

太宰の「フツカヨイ」的な自虐作用に喝采していたのです。

太宰はこのような「フツカヨイ」的な状況から逃れようと思ってはいましたが、彼の虚弱によってできませんでした。

そして現世のファンだけのための「マイ・コメジアン」になってしまいました。

  しかしながら、太宰は『魚服記』(1947年)『斜陽』(1947年)などホンモノの「マイ・コメジアン」の光を放つ作品をいくつか書いています。

ところがそれが長続きしませんでした。

どうしても「フツカヨイ」に戻ってしまいます。

そしてまた持ち直します。

太宰はそれを繰り返していました。

もし自殺せずに立ち直っていたら更に巧みな語り手となっていたことでしょう。

 酒は旨いものではありません。

酔っぱらうために飲んでいるのです。

眠れるため、忘れるため、「別の人間に誕生」するためです。

自分というものを忘れる必要がなかったならば私は酒を飲みません。

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【結】不良少年とキリスト のあらすじ④

不良少年と戦争

 太宰は40歳になっても不良少年でした。

不良少年というのは負けたくありません。

偉く見せたいものです。

不良少年の瞑想と哲学者の瞑想に違いはないのです。

だから芥川も太宰も不良少年の自殺でした。

二人とも腕力、理屈では勝てないのでキリストを引き合いに出しました。

 原子爆弾を発見するのは、学問ではありません。

子供の遊びなのです。

戦争などやらないで、平和な秩序を考え、戦争の限度を発見するのが、学問です。

自殺も学問ではありません。

子供の遊びです。

最初から限度を知っていることが、必要なのです。

 私はこの戦争(太平洋戦争)のおかげで、原子爆弾は学問でないこと、戦争も学問でないこと、子供の遊びも学問でない、ということを教授されたのです。

 だから学問は、限度の発見なのです。

私は、そのために戦います。

生きていることは疲れますし、戦い抜くことも疲れます。

だから勝とうと思ってはいけません。

決して勝つことはできないのです。

だが戦っていれば負けません。

不良少年とキリスト を読んだ読書感想

 太宰や安吾は海外の戦場へは行ってはいません。

 しかし内地にあって戦時下の統制下で厳しい生活を強いられました。

とりわけ戦争末期になると空襲や食糧難など日本全土が今日では考えられないような困難な状況に直面します。

敗戦後は連合国軍に占領され、食糧難に加え、様々混乱した状況が続きました。

 本作品のなかに散りばめられた太宰の「虚弱」対する「フツカヨイ」という辛辣なことばも、その底流に戦争を生き延びた「盟友」を失った悲しみが漂っています。

そして太宰に向けられたことばはやがて当時の日本国(焼野原になった都会、疲弊した農村など)で日々の糧を追い求めていた日本人への道標として昇華させています。

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