「アンゴウ」のネタバレ&あらすじと結末を徹底解説|坂口安吾

坂口安吾 アンゴウ

著者:坂口安吾 2016年5月に青空文庫から出版

アンゴウの主要登場人物

矢島(やしま)
主人公。出版社の出版部長。古本屋巡りが趣味。

神尾(かみお)
矢島の元同僚で歴史や民族学に詳しい。妻を残して戦死。

タカ子(たかこ)
矢島の妻。戦争で視力と子供たちを失い精神的に不安定。

秋夫(あきお)
矢島の息子。 好奇心が旺盛でいたずら好き。

和子(かずこ)
矢島の娘。兄の秋夫と一緒に遊ぶのが楽しみ。

アンゴウ の簡単なあらすじ

戦死した神尾の本を手に入れた矢島は、この本を利用して妻のタカ子と浮気をしていた可能性を疑い始めました。

東北地方に出張に行った際に神尾の妻と面会した矢島は、暗号が書き込まれていたのは自分の本であることに気がつきます。

暗号を考えたのは息子・秋夫と娘の和子で、空襲で亡くなった子供たちのひそかな楽しみを知った矢島は泣くことしかできません。

アンゴウ の起承転結

【起】アンゴウ のあらすじ①

 

なつかしい本から浮かび上がるメッセージ

社用で神田を訪れた時に古本屋に寄り道をした矢島は、空襲で家が焼けた時に失くなったはずの本を見つけたために買いました。

扉には戦前に同じ編集部で働いていて仲が良かった神尾のハンコが押されていて、中には34から370までの数字がかかれた1枚の便箋が挟まっています。

34ページから370ページまでの数字が示すポイントを拾い読みしていくと浮かび上がってきたのは、「いつもの処にいます7月5日午後3時」という誰かへのメッセージです。

この7月5日というのは徴兵された矢島が海外にいた1944年のことで、その頃はまだ神尾は日本に残っていました。

神尾が密会していた相手とは、矢島の妻・タカ子のことかもしれません。

1945年の2月には神尾にも出征の命令が下り、間もなく中国大陸の北部で戦死しています。

矢島が戦地から帰ってきた時には自宅が爆撃を受けていて、タカ子は失明していました。

矢島とタカ子の間には秋夫と和子という幼いきょうだいがいましたが、今でも遺体は見つかっていません。

【承】アンゴウ のあらすじ②

 

東北で古書にまつわる謎解き

復員後はかなり大手の出版社に移籍した矢島は全国各地に出張する機会が多く、ある時に宮城県に原稿の依頼に出掛けることになりました。

仙台には神尾の妻が疎開しているために、先日に神田で見つけた本をカバンの中に入れてあいさつに行きます。

これまでの経緯を聞いた神尾の妻は、矢島が持ってきた本と全く同じものを夫の遺品の中から見つけてきました。

赤い線を引いてところどころ記が付けてあり、自分の字で書き込みがしてあるために矢島のものであることは間違いありません。

もともとは矢島が貸していたものですが、間もなく神尾も自分のお金で同じ本を購入して目印に「神尾」とハンコを押しました。

神尾の家に別れの宴に招かれたのは赤紙が届いた時で、ひどく酔っていた矢島は貸していた本ではなく「神尾」のハンコがある方を持って帰ってしまったのが取り違えの原因です。

持ってきた本は神尾の妻が形見として受け取り、ようやく自分の本を返してもらった矢島は東京へ帰ります。

【転】アンゴウ のあらすじ③

 

古書マニアと意気投合しつつ真実に急接近

矢島の留守中に家に置いてあった本は戦争が終わる頃にはすべて灰になってしまったはずで、なぜ神田の書店にあったのかさっぱり分かりません。

本屋の店主に聞いてみると学術書の愛書家から買い取ったものだそうで、住まいは矢島の勤め先のすぐ近くです。

愛書家とは職業柄話が合うために、矢島はたちまち打ち解けてあの本を手に入れたいきさつを教えてもらいます。

矢島の家だけではなく東京一帯が焼け野原となったあの日、路上に新聞紙を敷いて20冊ほどの本を売っている男がいました。

その半数近くは絶版本だったために愛書家はよく覚えていて、タイトルを聞いてみると矢島のコレクションとぴったり一致します。

愛書家に本を売ったのは火事場どろぼうのような不届き者で、タカ子が焼け跡から避難させた本を横取りしたのでしょう。

その晩にタカ子に当時の状況を聞いてみましたが、空襲警報がなった時には防空ごうに逃げ込んだために本を持ち出す時間はなかったそうです。

【結】アンゴウ のあらすじ④

 

天国からの暗号

朝になって出社すると昨日の愛書家から電話があって、他の本からも数字を書いた便箋が見つかったそうです。

愛書家に許可を得て数字をコピーして、神田で買い戻した本の時と同じ要領で暗号文書の解読に取り掛かりました。

日付はすべて矢島が出征した年の夏から自宅が焼失した頃までのもので、1944年7月以前のものはありません。

「先にプールへ行ってきます 7月10日午後3時」は大きくて乱暴な秋夫の筆跡、「縁の下の子犬のことはお母さんに言わないでください 9月3日午後7時半」は女の子らしい和子の筆跡。

暗号の正体は大人たちの人目を忍んだ密会に使われた交信ではなく、殺伐とした戦争中に子供たちが考え出した楽しみです。

空襲の最中でも兄と妹は必死になって秘密の遊びに使った本を防空ごうに投げ入れたために、結果として暗号だけが父親のもとに届きます。

秋夫と和子の遺骨はいまだに発見されませんが、天国で元気に遊んでいるであろう子供たちからの暗号に矢島は多くの涙を流すのでした。

アンゴウ を読んだ読書感想

出版部長として多忙な日々を送りながらも、ついつい神田の古本屋街に立ち寄ってひと息を入れたくなる主人公・矢島の気持ちには共感できます。

偶然にも手に取った1冊から謎解きに熱中していく展開は、鎌倉を舞台にしたあの古書ミステリーを思い浮かべてしまうかもしれません。

物語中盤の舞台となるのは第2次世界大戦の被害が比較的少なかった仙台で、久しぶりに再会した神尾の妻も若くて美しいままです。

秋夫と和子を亡くして以来落ち込みがちな、タカ子とのコントラストが痛切でした。

亡き友人の裏切りでもなく妻の浮気でもない、矢島がたどり着いた予想外の真実にはホロリとさせられます。

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