【オフィスのアネモネ】第7話「熱」

オフィスのアネモネ7話

 志織は坂下に告白しようと決心した。だが、タイミングがつかめなかった。というのも、坂下が2週間の海外出張が入ってしまったからだ。メールで連絡はするものの、告白するなら顔をみてしたいと考えていた。

 

 坂下が帰ってくる日をチェックして、帰ってきたら今度こそと力が入る。しかしその連絡も数日間なかった。志織は坂下が何かあったのか心配になった。

 

「え、坂下さん。体調を崩しているの?」

 

 志織がいつも通り仕事をしていると、山本が話しているのが聞こえてしまった。先日、小料理屋で坂下と志織が一緒に出てくるのを見た山本。山本はあれから特に志織に話しを聞いてくることはなかった。坂下とは一緒に食事をしているだけだし、やましいことなどない。

 

 志織が一方的に坂下を好きでいるだけだ。もし山本に社内で変なうわさをたてられても、それは自分の責任だから。志織は身構えてはいた。山本は話し好きではあるようだが、むやみに誰かに話すことはしない人だったようだった。

 

「山本くん、坂下さんどうかしたの?」

 

 さりげなく志織は話を聞いてみることにした。山本は志織を見ると、人に好かれる笑顔でにっこりと笑いかけてきた。

 

「井口さん、坂下さん帰国から体調を崩したみたいで。大切な書類関係は送ってもらったからいいけど。坂下さんが体調を崩すことあまりないから心配でさ」

 

「だよね、坂下さんが仕事休んだりすること見かけないし」

 

「そうそう、体調管理はしっかりしているひとだから。ただ、慣れない食事とかもあったかもしれないから」

 

「心配……」

 

 志織はそのままスマホをもったまま、いつも坂下に愚痴を聞いてもらう自動販売機の前の椅子に座った。

 

『坂下さん 体調が悪いと聞きました。大丈夫ですか?』

 

 いつもなら返事がないメールに、さらにメールをすることはなかった。だが、今は心配のあまりメールを数回送ってしまう。居てもらってもいられず。電話をかけてみた。

 

 だが、電話はつながらない。しばらくすると、メールがきた。坂下からだ。

 

『大丈夫、熱がたかくて。参った、冷蔵庫に何もないんだ』

 

 志織はすぐに返信をした。

 

『わかりました。仕事帰りに坂下さんのところへ行きます。マンションの部屋番号教えてください』

 

 弱音をはく坂下なんて珍しい。いつもはお世話になりっぱなしである。こんなときこそ、力になりたい。志織はスマホをもって、椅子から立ち上がる。午後の仕事は早めに終わらせて、定時に帰ろう。

 

何が必要だろうか、坂下の好きなもの。冷たいものも必要だろう。買う物を考えながら、午後の仕事を始めた。

 

****

 

 近くの薬局とスーパーで必要なものをそろえて、坂下のマンションへ行った。彼のマンションは志織のアパートから近い高層階の建物だった。比較的新しいマンションで、部屋の間取りはファミリー向けである。単身である坂下にはいささか大きいマンションな気がした。

 

「坂下さん……!」

 

 志織は出迎えてくれた坂下の姿をみて、声をあげた。顔が赤く、汗をひどくかいていた。意識がぼんやりしているようで、体もだるそうだ。彼を支えて、ベッドに向かった。

 

 確かに部屋は広かった。だが、生活感がまるでない。まるでモデルルームのような部屋。家具はあるものの、生活感を感じられなかった。寝室も同じである。モノトーンのベッドはダブルだ。そこを一人で使っている。

 

 志織は栄養成分が入っているゼリーを渡して、頭を冷やすために氷枕をつくった。坂下は帰国してから、何もできなかったのであろう。リビングにはまだ中をあけていないスーツケースがあった。

 

 キッチンに行っても寂しさを感じてしまう。食器類も少なく、最低限のキッチン用具しかなかった。独身の男性だったら仕方がないのだろうか。買ってきたものを冷蔵庫のなかにしまって、何か食べられるものを用意しようとお湯をわかした。

 

****

 

「ん……」

 

「坂下さん、起きられますか?」

 

 坂下が目を覚ました。すると坂下は、一瞬なぜここに志織がいるのか?というような不思議な顔をした。しかし状況を理解すると、くしゃっと前髪をかいて頭を下げた。

 

「ごめん……」

 

「謝らないでください。おかゆは食べられますか?」

 

「少しなら」

 

 志織はおかゆをのせたお盆を、坂下に渡した。坂下がゆっくり食べているのを見ていた。顔つきは少し良くなったようだ。さきほどのんだ熱冷ましも効いてきたのだろう。

 

「ありがとう……助かったよ。誰にも頼めないから、こういうときは助かるね」

 

「わたし、坂下さんが呼べばいつでもきますよ」

 

「ありがたいよ」

 

 小さく坂下は笑った。また軽く流すつもりだろうか。志織はここで食い下がりたくなかった。坂下の瞳を見つめる。

 

「わたし、本気です。坂下さんが好きです……だから頼ってばかりじゃいやです。わたしのこと嫌いですか?」

 

「井口さん……」

 

「坂下さんが優しいから、こうやって突き放さないのは知っています。でも、好きだって思ったら気持ちを止められないです」

 

「……ごめん、俺にはそんな資格はないよ」

 

「資格とか関係ないです……!坂下さんには好きなひといるかもしれません……でも諦められないです。こんな弱った姿をして……」

 

 志織は坂下の胸に飛び込んだ。坂下はスエットを着ている。かすかに汗のにおいがした。坂下はそのまま動かない。

 

「俺は井口さんのこと、いつの間にか……妹みたいとは思えなくなってきた。すてきな女の子で……でもダメなんだ。俺は、結婚をしているから」

 

 志織は坂下の言葉に衝撃を受けた。

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