著者:宮部みゆき 2010年2月に文藝春秋社から出版
楽園 上下の主要登場人物
前畑 滋子(まえはた しげこ)
ライター。9年前の事件で犯人を追い詰め、傷を受け、しばらく離れていたライターとしての仕事に最近復帰した。
萩谷 敏子(はぎたに としこ)
息子を亡くしたばかりの母親。滋子に不思議な絵を描く息子の相談を持ちかける。
萩谷 等(はぎたに ひとし)
12歳で交通事故で亡くなる。超小学生級の絵の技術をもつ一方、稚拙な線で不思議な絵を描いていた。
土井崎 茜(どいざき あかね)
生前は素行が悪かった。両親に殺され、自宅に下に埋められていた。
三和 明夫(みわ あきお)
茜の交際相手で、土井崎夫妻が茜を殺したことを知り強請っていた。
楽園 上下 の簡単なあらすじ
前作・模倣犯から9年。
深く事件にかかわったライターの前畑滋子が、誰も知らないはずの殺人事件の細部を絵に残して死んだ少年の母親と出会い、相談を受けます。
少年はサイコメトラーなのか。
それとも偶然か。
はたまた必然か。
少年は9年前の事件も絵に描き残していました。
蝙蝠の風見鶏の家の殺人事件、9年前の事件、2つの事件にかかわりながら、滋子は今一度事件と自分自身の内面に向き合っていき、事件の解決と自身の成長を遂げていきます。
楽園 上下 の起承転結
【起】楽園 上下 のあらすじ①
「模倣犯」から9年。
犯人を追い詰めたライターの前畑滋子は立ち直れずにいました。
事件の終熄に立ち会う代わりに容易に立ち直ることの出来ないダメージをうけ、自分を責める日々。
麩抜けた生活の果てにライター仕事を再開した滋子の元に1件の相談が舞い込みました。
死んだ息子がサイコメトラーだったのではないかという一人の母親・萩谷敏子からのものでした。
息子・等は小学生とは思えない画力を有していましたが、事件について描く絵はどても稚拙な線で「ちゃんとしてない絵」でした。
等は、生前に知るはずのない自分をはねた黄色いトラックの絵や蝙蝠の風見鶏がある家の下に少女が埋まっている絵を描いていました。
実際、蝙蝠の風見鶏の家の床下には、両親に殺された少女、土井崎茜が埋まっていたのです。
滋子は半信半疑ながら、母親が子供の死を受け入れるための��喪の仕事�≠ニして引き受けることにしました。
しかしこの出会いが滋子を再び事件へと駆り立てていきます。
【承】楽園 上下 のあらすじ②
サイコメトラーなどいるはずない、その視点から取りかかられねば本質を見失ってしまうと、自分に言い聞かせる滋子でしたが、何かを「見て」描いたと思われる等の「ちゃんとしてない絵」からは、事実関係の裏付けが取れ始めていました。
一方、等の母親である敏子の祖母は地域で託宣を授ける巫女のような人物だったというのです。
今まで敏子の人生はその祖母の託宣通りに進められてきたのです。
超能力は本当にあるのだろうか。
そんな揺れる思考の中で見つけた、等が描いた山荘の庭と埋められたシャンパン瓶の絵。
滋子の心臓は高くはねます。
9年前の事件で被害者の墓標代わりに埋められていたもので、一般には公開されておらず、知っているものは居ないはずのものだったのです。
深く調べていくうちに、等の「ちゃんとしてない絵」には、通り一遍ではわからない、人が隠している部分を描いたものであることが次々が明るみにでてきました。
滋子は等が本当にサイコメトラーの能力を持っていたことを知ったのです。
【転】楽園 上下 のあらすじ③
一方、蝙蝠の風見鶏の家の下に少女が埋められていた事件について調べているうちに、滋子は、埋められていた少女の妹である誠子から、両親がなぜ姉を殺したかを知りたいという依頼を受けます。
両親は謝るばかりでなぜ姉を殺したのかは語ってくれないのだと。
等が人の記憶を「見る」ことが出来るのであれば、それを「見せた」人物がいるはず。
どこの誰の記憶を見たのか、その人物の存在を突き止めることは、誠子の望む、茜の死の真実を明らかにすることにもつながります。
調べるうちに滋子は、等が出入りしていたあおぞら会という団体を通じて三和明夫という人物にたどりつきました。
この人物は殺される直前まで、茜と交際していた人物だったのです。
そして茜を殺した土井崎夫妻の一方である土井崎元の話も聞くことが出来ましたが本当のことはまだ隠されていて、茜もなにかをしたのではないかと思うのでした。
そして1枚の写真から等はあおぞら会で明夫に出会っていたことが裏付けられました。
やはり明夫から茜の殺人事件について「見せられて」いたのでした。
【結】楽園 上下 のあらすじ④
明夫は急にいなくなった茜を両親が殺したと知り、強請っていたのでした。
土井崎夫妻は誠子をも毒牙にかけようとする明夫から誠子を守り、強請りに応じていました。
そして茜にも秘密がありました。
明夫の車に同乗し、人をはね、生き埋めにしていたのです。
土井崎夫妻はそのことを何でもないことのように話す茜に絶望して殺害していたのでした。
やはり等には不思議な力があったのです。
敏子にはそれで十分で、「喪の仕事」は終わりましたが、現在も事件は続いていました。
その光景を等に見せた相手にあってみたい、そう願う敏子を連れて、大詰めの現場へ向かう滋子。
明夫と同居している母である三和尚子を追い詰めるも、しらを切通そうとする尚子。
その尚子に捕らわれている娘の容姿、部屋の様子を敏子が見てきたかのように詳細に語ったとき、尚子は落ちました。
その後、三和明夫の多数の女性監禁事件が明るみに出たのです。
祖母の託宣に縛られ、自らをただの愚鈍な女だと思い込んでいた敏子も自分の足で歩き始め、滋子も9年前の事件が自分の中で折り合いを付けることが出来たのでした。
楽園 上下 を読んだ読書感想
しばしば超常的な題材をテーマに描く著者。
新本格ともいうべき前作「模倣犯」のスピンオフ的名色合いも持つ本作とうまく融合するのかと少し危惧していましたが、うまく溶け込んでいました。
超能力というものが特別なものではなく、日常に人知れず在るものなのだと著者は考えているのだと思われます。
全体としては、等の母親である敏子がとてもいいです。
登場時はただのおばさん然としていますが、託宣を告げる祖母の夢見に縛られ、自らを何も出来ない、ただの愚鈍な女と思い込み卑下していたのが、どんどん自らの足で進むようになる様が快く、読み終わる頃にはほとんどの読者がこの人物を好きになっているのではないでしょうか。
敏子にとって等のための「喪の仕事」、滋子にとって9年前の事件の自分の中での折り合いが最後には昇華され、茜の件では悲しみとやるせなさが残るものの、読後は前向きになれる1作です。
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