「蜘蛛の糸」のネタバレ&あらすじと結末を徹底解説|芥川龍之介

蜘蛛の糸

【ネタバレ有り】蜘蛛の糸 のあらすじを起承転結でネタバレ解説!

著者:芥川龍之介 1996年7月に筑摩書房から出版

蜘蛛の糸の主要登場人物


地獄の底にもがく?陀多(かんだた)を見つけ救おうとする。

?陀多(かんだた)
生前は、殺人や放火などの悪事を働いていた大泥棒。地獄の底にいるところを、お釈迦様(おしゃかさま)の目に留まり、蜘蛛を助けたことに報いるため、救済されるが再び地獄に落ちてゆく。

蜘蛛(くも)
?陀多(かんだた)に踏み殺されそうになるが、思い直し助けられた。

極楽の蜘蛛(ごくらくのくも)
極楽の蓮池に住む。お釈迦様(おしゃかさま)が、自分の糸を垂らし?陀多(かんだた)を地獄から救おうとする。

蜘蛛の糸 の簡単なあらすじ

ある日の朝、「お釈迦様」が極楽にある蓮池の底から地獄を覗くと、血の池でもがいている「?陀多」という男を見つけ、救い出そうとします。

生前は殺人や放火などの大罪を働いた「?陀多」でした。

それでも、生涯に一度だけ蜘蛛の命を救ったことがありそれに報いるため「お釈迦様」は極楽の蜘蛛の糸を、地獄へ向けて下ろして助けようとします。

?陀多は蜘蛛の糸を必死に上ります。

しかし、下からは大勢の罪人達がせまり、慌てて無慈悲な言葉を叫んだとたんに、?陀多の上から蜘蛛の糸が切れてしまい、真っ逆さまに疑獄に落ちていきます。

この一部始終を見ていた「お釈迦様」は悲しい顔をして去ってゆきます。

蜘蛛の糸 の起承転結

【起】蜘蛛の糸 のあらすじ①

極楽から地獄を見ているお釈迦様

ある日の朝、「お釈迦様」が、極楽にある「蓮池」という池のほとりを歩いていました。

「蓮池」の上は蓮の葉で覆われていますが、その水は水晶のように透きとおっています。

蓮は玉のように真っ白で美しい花を咲かせ、あたりには何とも言えない良い香りが漂います。

しかし、この真下にあるのは、この極楽の情景とは対照的な地獄の底。

「お釈迦様」は、池を覆っている蓮の葉の間から池の中を覗き込みました。

ここからは、下の世界が池の水を透してまるで覗き眼鏡のようによく見えます。

極楽の世界とは全く違った地獄の景色は、三途の川や、恐ろしい針の山、血の池など、そして、地獄の底には、無数の罪人達が蠢いています。

やがて「お釈迦様」はその無数の罪人達の中に混ざりもがいている「?陀多」という男を見つけます。

「お釈迦様」は、この「?陀多」を覚えていました。

この「?陀多」という男は、生きていた頃は、人を殺したり、家に火を点けたりするなど、沢山の悪事を働いた大泥坊でした。

死後は生前の悪事に報いる為に、地獄の責め苦に喘いでいます。

それでも、生きていた頃に一度だけ良いことをしていました。

【承】蜘蛛の糸 のあらすじ②

お釈迦様の深い慈悲

それは、ある日「?陀多」が深い林の中を通っていた時のことです。

道端を小さな蜘蛛が這っていました。

それを見た「?陀多」は、早速その蜘蛛を踏み殺そうとします。

しかし、すぐに思いとどまり、「これも小さいながら命のあるものにちがいない、むやみに命を取るのは可哀想だ」と思い逃がしてやりました。

「お釈迦様」は、「蜘蛛の命を助けた」ということに対し、それだけの良い事をした報いには、出来るなら、この男を地獄の底から救い出してやりたいと考えます。

そして池の傍を見渡し、翡翠色をした蓮の葉の上に、極楽の蜘蛛が掛けていた、美しい銀色の糸をそっと手に取り、蓮の間から真下にある地獄の底へ垂らしていきました。

「?陀多」のいる地獄の底は真っ暗で、時折、遠くにぼんやり見えるのは、針山の針が光る恐ろしい光景です。

あたりは、墓のようにシンと静まり返り、たまに聞こえるのは罪人がつくかすかな嘆息です。

様々な地獄の責め苦に逢い、泣くことも出来ないほど疲れ果てた沢山の罪人たちに混ざり「?陀多」は血の池の中にいました。

【転】蜘蛛の糸 のあらすじ③

お釈迦様の救済

疲れ果て、池の血に咽びながら、浮いたり沈んだり、ただ力なく半分死にかけた蛙のようになってもがいています。

ある時「?陀多」が、血の池の空を見上げると、遠い空の上から、一筋の糸が、まるで人目にかかるのを恐れるように銀色に光りながら、自分の上にスルスルと降りてきます。

これを見た「?陀多」は手を打って喜びました。

「しめた、この糸をどこまでも登ってゆけば、地獄から抜け出せるのかもしれない」そう思った「?陀多」は、蜘蛛の糸をつかみ上へ上へとたぐり一生懸命に登り始めます。

もともと大泥坊であったため、こういうことには昔から慣れておりました。

「?陀多」はしばらく蜘蛛の糸を登っておりましたが、地獄と極楽の間は何万里もあるため、そう易々と上へ出られるわけもなく、さすがに「?陀多」もくたびれてしまい、もうひとたぐりも上へ登れなくなってしまいました。

そこで糸の途中にぶら下がりながら、一休みすることにしました。

そして下のほうを眺めてみると、一生懸命登って来た甲斐あって、さっき迄自分がいた血の池は、はるか闇の中に隠れてしまっています。

恐ろしい針の山も、ずっと下のほうになってしまいました。

この分で行くと、地獄から抜け出すことも存外わけがないかもしれません。

「?陀多」はここへ来てから何年も出したことがないような声で「しめた、しめた」と笑いました。

【結】蜘蛛の糸 のあらすじ④

自らの過ちに再び地獄へ落ちる「?陀多」

ところがふと気が付けば、大勢の罪人達が自分の後をつけて此方へ登ってきます。

「?陀多」一人の重さでも今にも切れそうな、か細い蜘蛛の糸が、あれだけの重さに耐えきれるわけもなく、慌てた「?陀多」は登ってくる罪人たちに向かって「この蜘蛛の糸は俺の物だ、お前ら誰に断って登ってきた、降りろ」叫びました。

するとさっきまで何事もなかった蜘蛛の糸が、「?陀多」のぶら下がっているところから「プツン」と音を立てて切れてしまいました。

「?陀多」はクルクルと駒のように回りながら地獄の底に沈んで行きました。

極楽の蓮池の畔から、その一部始終を見ていた「お釈迦様」は、やがて「?陀多」が血の池の底にが沈んでしまうと、悲しそうな顔をしてふらふらと行ってしまいました。

自分ばかりが地獄から抜け出そうとする、「?陀多」の無慈悲な心が、その心相当な罰を受けて元の地獄へ落ちてしまったのが、「お釈迦様」の目からあさましく感じられたのでしょう。

しかし極楽の蓮池の蓮はそんなことを知る由もなく玉のように白い臺を揺らしながら、なんとも言えない良い香り漂わせています。

極楽はもう昼なのでしょう。

蜘蛛の糸 を読んだ読書感想

物語の前半では、一度良いことをしたとは言え、人を殺したり、家に火を付けたり、大罪を働いた「?陀多」を目に止め何とか救い出そうとする「お釈迦様」にどこか違和感があります。

しかし後半部分に、「?陀多」はここへ来てから何年も出したことがないような声で「しめた、しめた」と笑いました。

という一文で「?陀多」は相当な年月を地獄の責め苦にあっていたということが分かります。

ある程度、断罪した罪人が、浄化されて、そろそろ「お釈迦様」が地獄から救済しようとしていたとも考えられ、この部分ではある程度納得します。

しかしそのようなときであっても、自分だけがというあさましい心が再び自分を地獄の底へ落ちて行ってしまったというところが、現実社会にもなぞらえているように感じられ、非常に奥が深い物語と思います。

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