「十円札」のネタバレ&あらすじと結末を徹底解説|芥川龍之介

十円札

著者:芥川龍之介 1995年4月に筑摩書房から出版

十円札の主要登場人物

堀川保吉(ほりかわやすきち)
主人公であり海軍学校の英語教師。高水準の生活を追求するあまり、給料を使い込んでしまい金に困っている。

粟野廉太郎(あわのれんたろう)
堀川保吉と同じ学校の首席教官。さまざまな語学に詳しく、保吉の尊敬する人物である。

長谷正雄(はせまさお)
堀川保吉の友人の一人。電気ブランという安価な酒を飲んでいる。

大友雄吉(おおともゆうきち)
堀川保吉の友人の一人。妻子と三畳間に住んでいる。

十円札 の簡単なあらすじ

堀川保吉は勤めている学校へ向かう間、その生活欲のために給料を使い込んでしまい、ポケットに六十何銭しかないことを不愉快に感じていました。

その道中、保吉は同じ学校に勤める粟野廉太郎にたまたま出会い、金に困っていることなどを口走ってしまいます。

そして保吉は粟野から十円札を借りることになるのですが、粟野へのある思いのため結局その十円札を使わずに保存しようと決心します。

十円札 の起承転結

【起】十円札 のあらすじ①

六十何銭

ある曇った初夏の朝、プラットフォームにいた堀川保吉はポケットに六十何銭しかないことを不愉快に感じていました。

保吉の月収というと、英語教師は月額六十円であり、片手間に書いている小説の原稿料も九十銭以上にはなりません。

さらに週に一度必ず東京へ行くなどの生活欲を抑えられず、原稿料の前借や父母兄弟の世話を受けたり、それでも足りない時は画集を質入れしたりしましたが、すでに頼れる相手も質入れできるものもありませんでした。

給料日まで二週間あって明日の日曜日に東京へ行き長谷正雄や大友雄吉と晩飯をともにする予定などもあきらめるしかなくなり、保吉はその憂鬱を紛らせようと巻きタバコを買いに待合室の外の物売りへ歩み寄ります。

しかし、物売りの態度にいらだたしさを感じていたうえ注文の仕方を非難するように問い返されたので、保吉はかっとして怒鳴ってしまい、結局タバコは買えませんでした。

ただ、保吉は物売りを一蹴できた愉快さに、ポケットに六十何銭しかないのも忘れ、ワグラムの一戦に大勝したナポレオンのように歩いていました。

【承】十円札 のあらすじ②

粟野廉太郎

保吉は断崖の下で同じ海軍学校の首席教官である粟野廉太郎と出会うと、別人のように礼儀正しくあいさつをしました。

というのも保吉は粟野の語学の才能に敬意を抱いており、また保吉が尋ねた英語の疑問があまりにあっさり解決できる場合にも、偽善的に粟野がわざと時間をかけるのを見てますます尊敬したこともありました。

その粟野に「やっぱり日曜にゃ必ず東京へお出かけですか?」と尋ねられ、保吉は貧乏なので明日は東京へ行けないことを告げます。

粟野は「常談でしょう。」

と遠慮深そうに笑い原稿料について聞いてきたので、保吉は原稿料がひどく安いことなど熱心にどれほど文章で生活するのが困難であるかを語り出しました。

二人が話しながら歩いているうち、風景はいつのまにか町並みに変わっていました。

市という名前はついていても都会らしさがどこにもないその荒々しい光景を眺めながら、保吉は意識して誇張したその生活の悲劇に感激します。

そして、いつものやせ我慢も何も忘れたように六十何銭しかないことを伝えてしまいました。

【転】十円札 のあらすじ③

四つ折りの十円札

保吉は学校の教官室で教科書の下調に取りかかりましたが、東京へ行きたいあまり、憂鬱にポケットの六十何銭かを考えはじめました。

十一時半の教官室はひっそりとしており、粟野が保吉の机の前にある書棚の向こうに一人いるだけです。

ふと保吉は物売りから巻きタバコを買い忘れたことに気づくと、巻きタバコも吸えず六十何銭しかないのが苦痛に思えた。

その時、「堀川君。」

と粟野が呼びかけました。

保吉が呆気に取られてしまい黙って見守っていると、粟野は気恥ずかしそうに微笑み、四つ折りの十円札を出し「東京行きの汽車賃に使ってください。」

と言います。

保吉は粟野に借金するとは夢にも見た覚えがなく、今朝話したことを思い出すなりしどろもどろに言い訳をして断りました。

粟野が書棚の向こうへ戻ったあとの沈黙の中、保吉はニッケルの時計のふたに映った自身の顔を見つめ落ち着きを取り戻しはじめました。

ただ、それと同時に粟野の好意を無にした気の毒さを感じはじめ、困っていると訴えた後恩恵を断る卑怯さと借金をしても二週間以上返せない罪悪感とに十分ほど悩んだ後、保吉はとうとう粟野から借金をする決意をしました。

【結】十円札 のあらすじ④

ヤスケ

保吉はあさっての月曜日に必ずこの十円札を粟野さんに返すため使わずに保存しようと決心し、客車の中でも十円札について考えつづけました。

保吉は粟野の前に威厳が保ちたいのですが、芸術に興味がなく語学的天才の粟野の前にそうするためには社会人としての威厳を保たないといけません。

つまり、借りた金を返さないといけないのです。

汽車が発車してしばらくすると、保吉は本郷のある雑誌社からの依頼を無視していたことを思い出し、もしこの雑誌社から前借できればと計算を始めました。

その翌日の日曜日の日暮れ、保吉は下宿で満足感に浸っており、そのひざの上には粟野から借りた十円札がありました。

そのうち保吉は十円札の10の上に「ヤスケニシヨウカ」というヤスケ(寿司)を食べるのに使おうか迷っていたらしい細かい落書きがあるのに気がつきます。

粟野の前に威厳を保て、給料日まで十分足りる印税を得られ、保吉は「ヤスケニシヨウカ」とつぶやきながら、昨日踏破したアルプスを見返るナポレオンのようにもう一度十円札を眺めました。

十円札 を読んだ読書感想

読んでいて何より印象的だったのは、保吉と粟野との関係性でした。

粟野からの借金を改めて頼みに行く場面は読んでいて晴れ晴れとした気分になれますし、粟野から借りた十円札を使わずに保存しようという保吉の心情は爽快に感じられました。

この時の保吉は、冒頭の自身の金遣いの荒さを棚に上げたふてくされっぷりに比べれば、かなりのイケメンに感じられるのではないでしょうか。

粟野が保吉からの英語の疑問を解決した回想場面で使われる「偽善的」という表現などはっきりわからないところもありますが、全体としては気持ちよく読める作品でした。

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