「大導寺信輔の半生 —或精神的風景画—」のネタバレ&あらすじと結末を徹底解説|芥川龍之介

大導寺信輔の半生 —或精神的風景画—

【ネタバレ有り】大導寺信輔の半生 —或精神的風景画— のあらすじを起承転結でネタバレ解説!

著者:芥川龍之介 2016年7月にゴマブックスから出版

大導寺信輔の半生 —或精神的風景画—の主要登場人物

大導寺信輔(だいどうじしんすけ)
主人公。旧東京市35区の隅田川東岸で生まれる。

父(ちち)
信輔の父親。幕末に鳥羽伏見の戦役に参戦。役人を退職して現在は無職。

達磨(だるま)
信輔の中学時代の担任。本名は不明。

大導寺信輔の半生 —或精神的風景画— の簡単なあらすじ

東京の下町・本所で生まれた大導寺信輔は、退役官吏の父と病弱な母親によって育てられます。引っ込み思案な性格でしたが思いの外意志の強いところもあり、1番の楽しみは少ないお小遣いをやりくりして手に入れた本を読むことです。決して裕福な家庭とは言えませんが、成績優秀な信輔は学業に励みつつ何とか高等学校まで進学するのでした。

大導寺信輔の半生 —或精神的風景画— の起承転結

【起】大導寺信輔の半生 —或精神的風景画— のあらすじ①

生まれた町を愛する

大導寺信輔が生まれた場所は、東京市本所区(現在の墨田区)にある浄土宗の無縁寺として有名な回向院の近所です。

信輔の記憶には美しい町も、 美しい家の記憶もまるで残ってはいません。

実家の周りには古道具屋や駄菓子屋が建ち並んでいて、本所を南北に掘り割った下水道からはいつも悪臭が漂っていました。

物心ついた時から信輔は、そんな自然の風景も乏しく砂ぼこりにまみれていた本所の街並みを愛しています。

父は1868年の1月に京都の南の郊外で勃発した、 鳥羽伏見の戦いを生き延びた豪傑です。

一方の母親は生まれながら病弱な体質で母乳を与えることができずに、経済的な事情から乳母を雇うこともできません。

幼い頃から牛乳を飲んで育ってきた信輔は、頭部だけが異様に大きくて体は痩せ細っています。

はにかみ安く引っ込み思案で、精肉店の店頭に置いてある包丁を見ただけで震えてしまうほどです。

そんな臆病な性格でしたが、何をするにも強情なために父はあきれ果てていました。

【承】大導寺信輔の半生 —或精神的風景画— のあらすじ②

貧困を憎み本を愛する

信輔の家庭は貧しかったですが、棟割りの長屋に住んでいる最下層民ほどではありません。

官吏を退職した父が1年間に受け取ることができる恩給は500円程度であるために、中流下層階級といった生活のレベルでしょうか。

5つの部屋に小さな庭付きの家に、5人家族に1人のお手伝いさんを加えて住んでいました。

小学校に入った直後に徳富蘆花やジョン・ラボックを読み始めるほどの読書家の信輔でしたが、お小遣いは1カ月に50銭ほどです。

少ない手持ちのお金で自分の好きな本や文芸雑誌を手に入れるために、ありとあらゆる小細工を思いつきます。

釣り銭を落としたことにしたり、ノートを買うことにしたり、学友会の会費を払うことにしたり。

それでも物足りなさを感じていた信輔は、千代田区九段下にある大橋新太郎が設立した私立図書館に足繁く通うようになりました。

神保町の古本屋や貸本屋の常連客となり、親戚の中学生に数学を教えるアルバイトで小銭を稼いでいきます。

【転】大導寺信輔の半生 —或精神的風景画— のあらすじ③

教師と権力への反発

中学生になった信輔の学校での成績は優秀で、学年でも常に5位以内をキープしていました。

クラスメートとの関係も良好な状態で、下級生の美少年からはやたらと好かれています。

そんな信輔を目の敵にしているのが、「達磨」というあだ名を持つ英語教師です。

武道やスポーツに一向に興味を示さない信輔の内向的な性格が、彼からすると気に入りません。

「生意気である」という理由から、度々体罰を受けていました。

理不尽な仕打ちにも屈することなく、信輔は喫煙をしたり校則で禁止されている芝居見物をしたりと反抗的な振る舞いを繰り返します。

学業は高得点を収めながらも、「操行点」と呼ばれる教師が独自に付ける内申書の点数は10点満点の評価で6点をこえることはありません。

教師の中には信輔に対して理解ある者もいて、家族を交えた茶話会に招待を受けることもあります。

信輔の小遣いでは到底入手することが不可能な、高価な洋書を貸してくれるのが有りがたいです。

【結】大導寺信輔の半生 —或精神的風景画— のあらすじ④

江ノ島での学友との距離感

高等学校に進んだ信輔でしたが、上流階級に属する同級生たちとはなかなか打ち解けることができません。

彼らが自ずと漂わせている退廃的なムードが苦手なこともあり、信輔自身にもコンプレックスがあったからでしょう。

珍しく彼らのうちのひとりで、とある男爵の長男だという青年から小旅行に誘われます。

まだ風が冷たい4月のある日の午後のことで、行き先は鎌倉です。

江ノ島の崖の上までやってきた信輔たちがぼんやりと景色を眺めていると、浜辺で遊んでいた地元の子供たちがいつの間にか集まってきました。

男爵の息子はタバコの箱の中から銅貨を取り出すと、海面に向かって投げ捨てます。

海に飛び込んでいくのは子供ばかりではなく、休息中の海女までが本業を放り出して銅貨を拾い集め始める始末です。

男爵の息子の横顔に一瞬だけ残酷な笑みが浮かんでいたのを信輔は見逃しません。

学校では優等生と評判で将来も約束されている友人の裏の顔を、その時に初めて目撃するのでした。

大導寺信輔の半生 —或精神的風景画— を読んだ読書感想

主人公の大導寺信輔が幼少期を過ごすことになる、隅田川沿いの街並みがノスタルジーに満ち溢れていました。

山の手と比べるとお世辞にも上品とは言えないものの、古本屋や駄菓子屋に囲まれた風景には不思議と温かみを感じます。

読書が何よりもの楽しみである信輔が、お小遣いをごまかして欲しい本を買ってしまうシーンも憎むことができません。

内気な性格でも、教師や権力者への横暴には決して屈しないところも良かったです。

本作品では高等学校の学生になるまでしか描かれていませんが、芥川龍之介の頭の中にはその後の物語の構成も浮かんでいたようです。

著者が35歳の若さでこの世を去ったために、続きが読めないのが残念です。

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