「大原御幸 帯に生きた家族の物語」のネタバレ&あらすじと結末を徹底解説|林真理子

「大原御幸 帯に生きた家族の物語」

【ネタバレ有り】大原御幸 帯に生きた家族の物語 のあらすじを起承転結でネタバレ解説!

著者:林真理子 2014年10月に講談社から出版

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大原御幸 帯に生きた家族の物語の主要登場人物

松谷鏡水(まつたにきょうすい)
主人公。帯屋「松谷商店」の創業者。

松谷祥子(まつたにさちこ)
鏡水の娘。舞踏家を引退した後に父の事業を継ぐ。

新垣強(にいがきつよし)
鏡水の娘婿。プロ野球選手。

松谷エイコ(まつたにえいこ)
鏡水の妻。

松谷あおい(まつたにあおい)
鏡水の孫。同志社大学を出た後に祖父の会社を手伝う。

大原御幸 帯に生きた家族の物語 の簡単なあらすじ

松谷鏡水は類まれなデザインの才能と商才を活かして、京都に帯屋「松谷商店」を開いて1代で有名店へと発展させていきます。娘の祥子か娘婿の新垣強にゆくゆくは事業を任せるつもりでしたが、夫婦の仲はいまいち上手くいっていません。突然の鏡水の死去と若い人たちの着物離れによって、松谷は存続の危機へと立たされるのでした。

大原御幸 帯に生きた家族の物語 の起承転結

【起】大原御幸 帯に生きた家族の物語 のあらすじ①

鏡水の帯が京都を彩る

松谷鏡水は西陣織で有名な商人の父親と、老舗の菓子屋の娘である母親との間に1905年に生まれました。

尋常小学校を卒業した鏡水は14歳の時に、「岸田商店」という帯屋に奉公に出されます。

普通の奉公人が3年かけて覚える技術を半年ほどでマスターした鏡水を見て、主人の岸田重兵衛が試しに図案を書かせてみると次々と斬新なデザインを編み出していったそうです。

重兵衛の長女・エイコと結婚した鏡水は28歳の時に、義父の会社から独立して京都の室町通りに「松谷商店」を立ち上げました。

鏡水の帯はたちまち飛ぶように売れていき、1934年には左京区の大原に別荘を作るほどの商売繁盛です。

別荘には当時の有力な政治家までが招かれるようになり、その縁で鏡水は第二次世界大戦中に当時の首相・東条英機の秘書を務めます。

戦後に東条首相は戦犯として処刑され政界からは距離を置きますが、本業の方は相変わらず好調です。

事業は順風満帆な鏡水にも、プライベートでは気掛かりなことがありました。

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【承】大原御幸 帯に生きた家族の物語 のあらすじ②

帯職人の私生活での心配事

鏡水とエイコにはひとり娘の祥子がいましたが、最初の結婚に失敗して実家に戻ってからは塞ぎ込んでばかりでした。

そんな娘を心配していた鏡水は、彼女に踊りを習うことをアドバイスしてみます。

藤間流という本格的な宗家に弟子入りした祥子はみるみるうちに上達していき、1953年には新橋演舞場でリサイタルを開催する程です。

すっかり元気を取り戻してきた祥子に、再婚話が舞い込んできました。

相手は大原の別荘に出入りしていたプロ野球選手の新垣強で、所属チームは阪神タイガースでポジションはキャッチャーです。

新垣は妻と3人の子供を抱えていましたが、祥子と結婚するために親権を手放して月々の養育費の支払いを約束します。

東京の四谷に新居を構えましたが、新垣は離婚した妻子に未練たらたらで子供に恵まれないために祥子の2度目の結婚生活もなかなか上手くいきません。

ようやく祥子と新垣の夫婦仲が落ち着き出したのは、1962年に娘のあおいが誕生した頃になります。

【転】大原御幸 帯に生きた家族の物語 のあらすじ③

稀代の帯職人の死と大原を去る娘たち

あおいが生まれて1年後、鏡水は世阿弥の生誕600年を記念した昭和能装束の制作に取り掛かりました。

3年の歳月をかけて完成された50点の作品は鏡水の代表作と言われる程で、京都市美術館でも展示されます。

能装束の完成祝賀会が1973年の2月に京都の料亭「つる家」で開かれますが、鏡水が脳血栓で息を引き取ったのはその13日後です。

その年の7月には夫の後を追いかけるようにエイコがこの世を去っていき、「株式会社松谷」と社名変更していた父の会社を祥子が受け継ぎました。

新垣は現役を引退した後に野球解説者や記者を転々としていましたが、これを機に松谷の役員に名を連ねます。

鏡水の死後は松谷は事業を縮小していき、大原の別荘を手放すことが決まったのは1976年のことです。

引き渡しの際には祥子とあおいが立ち会って、別れを惜しみました。

謡曲の「大原御幸」の舞台になったこの場所へいつか帰ってくることを、中学生になったばかりのあおいは決意します。

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【結】大原御幸 帯に生きた家族の物語 のあらすじ④

神様の帯

鏡水が亡くなってから2年ほど経ったある日のこと、新垣が突然に社長になると言い出しました。

当時はまだ女性の社長が珍しい時代でもあり、元プロ野球選手としての新垣の知名度も衰えていません。

新社長に就任した新垣は張り切りますが、若い世代が着物を着なくなり松谷にとっては向かい風です。

祥子は営業を担当するようになり新しい下請け業者を開拓したり、帯の図案にもコンピューターを取り入れたりと意外な商才を発揮していきます。

先代から働いていた職人たちも祥子の方を頼りにするために、名ばかり社長となった新垣は面白くありません。

祥子が新垣に見切りを付けたのは、彼が鏡水の代表作である能装束をお金に困って1着30万円で売ってしまったからです。

祥子にとっては鏡水は神様で、あの帯は神様の教典とも言えるでしょう。

祥子は新垣が売り飛ばした能装束を3分の1ほどポケットマネーで買戻し、あおいとふたりで松谷の帯を守り抜くことを誓うのでした。

大原御幸 帯に生きた家族の物語 を読んだ読書感想

実在の人物にインタビューをして書き上げたという、ドラマチックな物語に引き込まれていきました。

京都市内を南北に駆け抜ける室町通りと、そこに店を構える昔ながらの帯屋が思い浮かんできます。

帯作りに全てをかける主人公・松谷鏡水の心意気と、彼が織り成す斬新な模様が美しいです。

その一方では時代の流れと共に失われていく着物への愛着と、職人の技術を受け継ぐことの難しさについても考えさせられました。

父が遺した数々の功績を何とか次の世代へ伝えようとする娘の祥子と、私利私欲に走ってばかりの新垣強とのコントラストも印象深かったです。

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