著者:滝口悠生 2017年6月に新潮社から出版
茄子の輝きの主要登場人物
市瀬(いちせ)
主人公。業務用説明書の制作会社に中途採用される。結婚生活に失敗しているため気持ちがふさぎがち。
千絵(ちえ)
市瀬の後輩。いつもニコニコとして明るい。
軽田(かるた)
市瀬の雇い主。同世代の中小経営者の中では頭がやわらかい。
千広(ちひろ)
千絵の彼氏。CDをリリースしたこともあるギタリスト。
伊知子(いちこ)
市瀬の元妻。遅くに産まれたひとり娘で甘やかされて育った。
茄子の輝き の簡単なあらすじ
離婚が原因で精神的に参っていた市瀬ですが、勤め先はアットホームな社風が売りの「カルタ企画」で居心地もいいです。
同僚の中でも特に気になっていた年下の女性・千絵ですが、お付き合いしている彼の後を追いかけるために退職してしまいます。
自然災害と不況の二重苦でカルタ企画の経営も立ち行かなくなり、市瀬は別の職場に移って新たな1歩を踏み出すのでした。
茄子の輝き の起承転結
【起】茄子の輝き のあらすじ①
市瀬が働いているのはさまざまな機器や製品の取り扱い説明書を作る「カルタ企画」で、高田馬場駅から神田川を渡った先にありました。
終戦の年に生まれた軽田社長は、風通しのよい職場を作りたいということでコミュニケーションを重視しています。
市瀬が入社して1年後に入ってきたのが千絵で、ボブカットが似合うかわいい女子社員です。
ようやく異性とも気軽に会話ができるようになりましたが、まだまだ妻の伊知子に出て行かれた時のショックからは立ち直っていません。
食事をする、お風呂に入る、歯を磨く、ベンジャミンの鉢植えに水をやる… 自分のありとあらゆる行為が妻につながっているようで、一緒に暮らしていた日々を思い出してしまいます。
そんな時に千絵の丸く美しく整ったヘアースタイルや屈託のない発言、何色を着てもピッタリな彼女のファッションは市瀬にとって光のようなものです。
それまでは断っていたランチや飲み会の誘いにも積極的に顔を出すようになり、人と接することに喜びを感じるようになりました。
【承】茄子の輝き のあらすじ②
市瀬が千絵とふたりっきりでお酒を飲んだ場所は、川沿いの遊歩道を早稲田方面へと5分ほど歩いたところにある「世界屋」です。
お昼時から夕方にかけてはしょうが焼きなどの定食メニュー、午後5時からは本来の居酒屋営業、年季の入った店内はカウンターが5〜6席、その背後の座敷に2つのテーブル席。
15人も入れば満席になるような店内で市瀬はビール、千絵はレモンサワーで乾杯をしました。
お店は高齢の男性がひとりで切り盛りしているために、注文したお刺身の盛り合わせやギョーザがなかなか出てきません。
何度か催促してみるとおわびとして店主が差し出したのは、素揚げされて出汁に浸った茄子の小鉢です。
小さな広告代理店でデザインの仕事をしていたこと、連日連夜の残業で体調を崩したこと、仕事を辞めて一時期は福島県の会津若松に帰ったこと。
アルバイトをしながらバンド活動をしている千広という男性と同せい中だと、千絵は茄子の果肉をほおばりながら打ち明けてきます。
その日はひどく悪酔いして店を出たあとのことを覚えていない市瀬ですが、茄子の輝きと千絵のくちびるだけは確かな記憶です。
【転】茄子の輝き のあらすじ③
カルタ企画がテナントとして入っている古いビル全体が、突き上げるような揺れに襲われたのは2011年の3月11日のことです。
ビルは1981年の建築基準法の改正直後に建てられていたために特に被害はなく、社内にいた全員が非常階段ではなくエレベーターを使って外に出るほど余裕がありました。
毎年1回確約されていたボーナスの支給が見送られてからは、会社の先行きが怪しいとささやかれ始めます。
長年に渡って受注していた大口のクライアントが震災の影響で運転停止状態になったのがきっかけで、資金繰りがうまくいっていません。
6月に中堅社員の1人、7月に古株の2人、8月には市瀬と千絵を含む若手の3人… 10人しかいない社員は次々と去っていきますが、全員にカットされたボーナスに相当する退職金が支払われたことは軽田からのせめてものはなむけでしょう。
遠く離れた東北の地震からまだ間もないあの頃、市瀬は世の中や自分自身の人生に何があっても驚かなくなっていました。
ネガティブに記憶されてもおかしくはない退職前の数カ月、社員全員が不思議な愛着で結ばれていたのは間違いありません。
【結】茄子の輝き のあらすじ④
カルタ企画を辞めて駒込にある玩具会社に再就職した市瀬でしたが、まったく経験のない営業職に苦労していました。
何とか仕事納めを迎えることができた2011年の暮れ、携帯電話を通して4カ月ぶりに千絵の声を聞きます。
千絵の退職理由は千広の実家がある島根県に引っ越したからで、カルタ企画がつぶれたこととは関係はありません。
出雲大社の近くで家業の土産物店を継ぐことになった千広は解散ライブに踏み切り、多くのファンや友人が詰めかけたそうです。
出雲市には伊知子との新婚旅行で、2泊3日の日程で訪れたことがあります。
1日目に泊まった小さな民宿、2日目の電車の中から眺めた宍道湖、3日目の東京への帰路… 年々伊知子の顔が思い出せなくなっていく市瀬ですが、あの3日間の妻の表情だけはいつまでも忘れることはありません。
かつて妻と訪れた街で千絵が新しい生活の音色を鳴らしていることが嬉しくなった市瀬は、来年から楽器でも習ってみることを考え始めるのでした。
茄子の輝き を読んだ読書感想
これといった思い当たる理由もなく愛する妻・伊知子に捨てられて、すっかり落ち込んだ様子の主人公・市瀬が痛々しいです。
ただただ朝早く起きて出勤して単調なオフィスワーク、お茶くみ当番のようなルーチンまでが事細かに語られていますが退屈さはありません。
そんな市瀬の前に現れる千絵ちゃんこそが、本作品のヒロインでもあり雑居ビルに舞い降りた天使と言えるでしょう。
アフターファイブに憧れの彼女と飲みに行くことになりながらも、サプライズが待っているのもほろ苦いです。
時おり東日本大震災のような当時の社会的な出来事が、さりげなく盛り込まれているのも効果的ですね。
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