「ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンス」のネタバレ&あらすじと結末を徹底解説|滝口悠生

ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンス

著者:滝口悠生 2015年8月に新潮社から出版

ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンスの主要登場人物

一平(いっぺい)
主人公。進学・就職と手堅く進める。1960年代のロックとギターが趣味。

富士房子(ふさこ)
一平の高校時代の先生。美大卒だが授業には情熱がない。突発的に職を転々とする。

新之助(しんのすけ)
一平の高校時代からの友人。夢は映画監督。

直也(なおや)
火力発電所の作業員。天文学の知識もあり面倒見がいい。

のん(のん)
一平の娘。人形で遊ぶのが好き。

ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンス の簡単なあらすじ

2001年に東北地方を原付で走り回っていた一平が心配していたのは、アメリカで連絡をたった富士房子という女性のことです。

旅先で貴重な経験をした一平は、大学を卒業した後はごく普通のサラリーマン生活を送ります。

別の女性と結婚して子どもにも恵まれた一平ですが、消息が不明な房子や友人たちとは疎遠になっていくのでした。

ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンス の起承転結

【起】ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンス のあらすじ①

あてのない旅と海の向こうに消えた彼女

西八王子からバスで30分くらい行ったところにある大学に通っていた一平が、原付の免許を取得したのは2001年の6月のことです。

日払いの肉体労働で10万円を貯金して、高校時代のクラスメート・新之助にホンダのベンリィ50Sを譲ってもらいました。

19歳の大学生になって初めての夏の思い出のために、一平は埼玉県の実家から太平洋側を北上するルートで旅行に出発します。

水戸から東北地方に向かったのはそれまでの人生で1度も足を踏み入れたことがなかったからで、特別な理由があった訳ではありません。

行き先も決まってなく帰る当てもありませんが、一平の胸の奥底には不思議な充足感が湧いてきました。

一平がこの気持ちを1番に伝えたい相手は、通っていた高校で美術の授業を受け持っていた富士房子という7つ年上の女性です。

在学中は非常勤の講師と生徒という関係、卒業してからはバーテンダーと客という関係。

彼女は8月の終わりにホームステイのためにアメリカに行ってしまい、9月11日のテロ事件以降の安否は分かりません。

【承】ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンス のあらすじ②

道中での手厚いおもてなし

茨城県と福島県の県境に広がる山道に迷い込んで時間を取られた一平でしたが、何とか1日目の午後10時にはいわき駅に到着します。

宿泊代がもったいないために24時間営業のファミレスを探しましたが、駅の周辺には1軒も見当たりません。

野宿をする覚悟だった一平に声をかけてくれたのは、東京電力の社員で楢葉町の先にある火力発電所で働いている直也です。

国道の先にあるラーメン屋でラーメンとギョーザをごちそうになった後で、田んぼの中にある平屋建ての実家に招かれました。

地学部でフィールドワークと天体観測ばかりやっていた学生時代、2年前に結婚したものの今現在では別居している妻。

直也が台所から持ってきたビールを飲んで話し込んでいるうちに眠ってしまったようで、午前10時になっています。

出発前に直也とは電話番号とメールアドレスを交換して、旅が終わってからも時々は連絡を取り合う仲です。

離婚した直也はすぐに再婚して、新しいパートナーとのあいだに子どもを授かったことを報告してきました。

【転】ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンス のあらすじ③

旅の終わりと離れていく気持ち

特に期間を決めていた訳でもない原付バイクの旅は2週間ほどでお金が尽きて、家に帰ってからは以前のようにアルバイトと授業の生活に戻りました。

往復4時間ほどかかった通学のあいだ一平は音楽を聴きながら過ごしていて、特に気に入っていたのは高校生の頃に美術準備室で知ったジミ・ヘンドリクスです。

淡々と2時間かけて大学に通って講義を受けて、また2時間かけて帰宅。

ギターをかき鳴らしてみたくなった一平はバンドサークルに入りましたが、練習して多少は上達したもののジミヘンみたいな音は出せません。

4年で大学を卒業して高田馬場にある食品会社に就職すると、映画学校に入ってインディペンデント系の作品を撮っていた新之助とも会う機会が減っていきます。

久しぶりに電話をかけてきた新之助から房子が日本に帰ってきているらしいという話を聞きましたが、かつて真剣に思いを寄せていた心配していたはずの彼女のこともいつの間にか一平の中からは薄れていました。

【結】ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンス のあらすじ④

人生は偶発的なノイズ

一平が原付で東北を訪れてから10年後、東日本大震災が発生してテレビのニュースでは原発のコントロール不能を伝えていました。

3月12日の夜に直也にメールを送ってみると、家族みんなを車に乗せていわきから水戸に向かって逃げているという返信がきます。

監督のアシスタントをしている新之助は日光にいましたが、一旦は撮影を中断して東京に帰るそうです。

一平は2年前に授かった娘・のんの世話をしていて、妻は仕事が長引いているようでまだ帰ってきていません。

ジミ・ヘンドリクスが偶然にもエレキギターから誰も出したことのないようなメロディーを発生させたように、人生には無数の可能性があるでしょう。

房子が渡米しなかった可能性、現在の妻と出会わなかった可能性、のんがこの世に存在しなかった可能性。

この先に何が待ち受けているのか分からないし、妻子と離ればなれになるかもしれないし、明日には一平が死ぬかもしれません。

それでも今この瞬間に自分がいることを実感できるだけで満ち足りた気分になった一平は、のんとふたりでコタツに潜り込みながら妻を待ち続けるのでした。

ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンス を読んだ読書感想

初めてのひとり旅にワクワクしつつも、憧れの年上女性について思いを巡らせてしまう19歳の若者に共感できました。

かつてない大震災と壊滅的な原発事故に見舞われる10年前の、穏やかな自然に囲まれた東北の街並みにも癒やされます。

何者にも縛られることのない自由なひとり旅の終着が、青春時代の終わりを告げているようでちょっぴり切ないです。

不安定な身分ながらもいつまでも夢を追い続けている親友の新之助と、常に現実的な選択をする一平と対照的ですね。

多くを語らないまま海の向こうへと消えていき、決して一平の前に現れることのないミステリアスな房子も忘れられません。

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