「その桃は、桃の味しかしない」のネタバレ&あらすじと結末を徹底解説|加藤千恵

その桃は、桃の味しかしない 加藤千恵

著者:加藤千恵 2012年4月に幻冬舎から出版

その桃は、桃の味しかしないの主要登場人物

橋本奏絵(はしもとかなえ)
ヒロイン。レジ専門のアルバイト店員。無計画に行動し周囲と距離を置く。

平井(ひらい)
奏絵のパトロン。名義だけの役員で物件管理を任せられている。妻の実家が裕福なために経済的にゆとりがある。

まひる(まひる)
平井の2人目の愛人。一時期はモデルをしていたが現在は無職。顔はかわいいが生活力はない。

その桃は、桃の味しかしない の簡単なあらすじ

惰性的にフリーターを続けていた橋本奏絵は、バイト先で声をかけてきた平井のマンションに転がり込みます。

家の中にはすでにまひるという同世代の女性が囲われていて、時おり敵意をむき出しにされながらもそれなりに友好的で楽しい共同生活です。

やがては3人での暮らしに終わりが訪れて、奏絵とまひるはふたりで力を合わせて生きていくことを決意するのでした。

その桃は、桃の味しかしない の起承転結

【起】その桃は、桃の味しかしない のあらすじ①

火花を散らす食卓

雑貨ショップでアルバイトをしていた橋本奏絵は、オーナーの関係者だという平井からイタリアンレストランに誘われて口説かれました。

2週間後には家賃がかからないという理由で彼が所有する築10年の高級マンションに引っ越しましたが、すでにまひるという女性が住み着いています。

最初は奏絵のことを徹底的に無視していたまひるが、態度を軟化させ始めたのは1カ月くらいたった頃です。

パスタ、カレーライス、クリームシチュー、ロールキャベツ、サンドイッチ… 多めに作ってまひるにも声をかけているうちに、昼食も夕食も一緒にすますことが恒例になりました。

3人がリビングのテーブルを囲んで食事を取るのは週に1回ほど、座り順は右から平井、奏絵、まひる。

平井の「おいしい」という言葉が火を付けたのか、まひるも慣れない料理にチャレンジしては具材や調味料を無駄にしています。

奏絵の方は勤め先を例の雑貨屋からホームセンターに変えたくらいで、これといった心境の変化はありません。

【承】その桃は、桃の味しかしない のあらすじ②

お隣さんに1泊

平井からは毎月まとまった額を受け取っていましたが、奏絵は気持ちを安定させるために外の空気に触れて働いていました。

温室のような部屋でヌクヌクとしているまひるを見ていると、それだけが世界のすべてになってしまうようで恐くなっしまいます。

まひるの調子が微妙にブレだしたのは、平井が出張に行ってくると顔を見せなくなった頃からです。

それほどおいしくもないチョコレートやめったに使わないハーブ類など、余計なものを買ってくるのは珍しくありません。

さらには夜遅くに奏絵の部屋をノックしてくると、「泊めて」とベッドの中にまで潜り込んできました。

料理が上手で優しかったまひるの母親、高校時代に始めた読者モデル、平井と知り合ってからずるずると続けている不倫。

母親にはモデルを続けているとごまかしているそうで、何もしていない今の生活を打ち明ける訳にはいきません。

ふたりで固く抱き合ったままで眠りにつき、朝になる頃にまひるは自分の部屋へと戻っていきます。

【転】その桃は、桃の味しかしない のあらすじ③

甘い果実の分け前

出張から帰ってきた平井が、ネットに包まれた5つの桃をお土産に持ってきました。

福島県に友だちがいて送ってもらっているそうですが、まひるとふたりでは食べきれないために毎年のように腐らせています。

6月の後半から9月の半ばに掛けてが旬だという桃はまさに食べ頃で、奏絵も加わると一夜で完食です。

来年ももらってくるという平井ですが、奏絵はその時に自分がここに居るのか検討もつきません。

いつもは玄関口までしか見送らないことになっていますが、この日に限っては駅の向こうまで3人で手をつないで歩いていきました。

まひるが平井の妻に電話をかけると言い出したのは、それからしばらくした夕食時のことです。

平井との関係が4年ほど続いていること、毎月のお手当を受け取っていること、自分の他にも同じような境遇の女がいること。

見知らぬ若い女性からの告白にも、妻は「これからもよろしくお願いします」とだけ答えて驚いた様子もありません。

平井が勤めているのは義理の父親の会社ですが、趣味と税金対策のためだけに雇われています。

このマンションも義父の名義になっているために、離婚すればまひると奏絵の方が追い出されることになるでしょう。

【結】その桃は、桃の味しかしない のあらすじ④

宿った命の種を抱いて乗車

以前よりも料理の腕前を上げたまひるはこまめに洗濯をするようになり、奏絵に対してもにこやかに接するようになりました。

季節の中に夏の気配が消えたころ、まひるがおなかの中に赤ちゃんがいることを打ち明けます。

生まれてくる子をみんなで育てたいというまひるですが、平井は彼女の妊娠そのものを信じていません。

「俺たちの今後を考えたい」という平井の「俺たち」の中には、まひるは含まれていないそうです。

奏絵が選んだのはまひるを連れてここから出ていくことで、平井とはもう2度と連絡を取るつもりはありません。

貯金は数10万円程度しかなく、ホテルに泊まるとあっという間に尽きてしまうでしょう。

バレリーナになりたかった奏絵の母親、ケガで挫折したために夢を託したのはわが子、あっさりとその期待を裏切った娘… 長らく疎遠にしていた実家の敷居は高いですが、クラシック音楽の流れるリビングで談笑する奏絵・母・まひる・赤ん坊の姿が思い浮かんできます。

最寄り駅までの切符を購入した奏絵は、まひるのぺったんこな腹部に目をやりながら快速電車に乗り込むのでした。

その桃は、桃の味しかしない を読んだ読書感想

深く考えることもなく赤の他人とひとつ屋根の下で日々を送っている、主人公・橋本奏絵の胸のうちを理解するのは難しいです。

社会的な地位と財産、さらには家庭までありながらも二重生活を続ける平井もつかみどころのないキャラクターですね。

一見するとお気楽で悩み事がなさそうなまひるも、真っ当な人生を歩んできた母親への罪悪感を抱えているようで。

男1と女2でドロドロの三角関係へと堕ちていくのかと思いきや、不思議な清涼感があって嫌らしさはありません。

塔の中に閉じ込められていた現代のお姫様とも言えるふたりに訪れる、ラストの解放感も格別でした。

コメント