著者:町田康 2018年3月に新潮社から出版
湖畔の愛の主要登場人物
新町高生(しんまちたかお)
主人公。九界湖ホテルの支配人。利用客の悩みには親身になって相談に応じる。
圧岡いづみ(あつおかいづみ)
新町の部下。「あっちゃん」の愛称で職場を明るくする。
須加治一郎(すかじいちろう)
九界湖ホテルの客分。若い頃から流れ者のような生活をしてきた。「スカ爺」のあだ名で親しまれる。
綿部(わたべ)
新町の後任。会計士の資格を持ちサービスよりも利益を重視する。
気島淺(きじまあさ)
九界湖ホテルの宿泊客。演劇サークルに熱中する女子大生。一芸に秀でた男性を好きになってしまう。
湖畔の愛 の簡単なあらすじ
新町高生の勤め先は豊かな自然に包まれて、歴史もある九界湖ホテルでしたが閉館の危機を迎えています。
資金繰りに行き詰まったホテルは身売りをしたために、新しい上司の綿部の下で嫌々ながら働かなければなりません。
綿部が本社に呼び戻されてようやく新町は支配人に返り咲き、ホテルも以前のような活気が戻ってくるのでした。
湖畔の愛 の起承転結
【起】湖畔の愛 のあらすじ①
九界湖ホテルは創業100周年を迎えましたが、数年前から稼働率に伸び悩んでいて、明日にでもつぶれてもおかしくありません。
支配人の新町高生は気楽な独り身でしたが、このホテルが売却された場合には引き続き雇ってもらえるのか不安でした。
中国吉林省の育ちでつい最近まで東京都港区の建築設計事務所で働いていたオーナーは、融資の相談に走り回っていて疲れています。
ある時にフロント係の圧岡いづみが初老の男性客を案内してきましたが、言語が不明瞭なために意思の疎通ができません。
通訳を買ってでたのが先代のオーナーとの縁で客室に滞在中で、気ままに雑用係のようなこともしている須加治一郎です。
名前は太田孟、人間の真心とは何かを研究していること、意味のない言葉がどこまで通じるのか実験していること、さまざまな旅館やホテルに宿泊してみたが冷遇されてきたこと。
須加治が初めて自分の話すことを理解してくれたこと感動したという太田は、資金繰りに困っているこのホテルの力になりたいと申し出てきました。
【承】湖畔の愛 のあらすじ②
太田は投資に失敗してすべてを失い、九界湖ホテル株式会社は売却されて大規模な組織図の変更とリストラが行われました。
常連客や予約の引き継ぎがあるために新しい経営陣から新町は引き留められましたが、平の従業員に降格されます。
本社から赴任してきた新しい支配人は、綿部という痩せた陰気な公認会計士です。
圧岡も同じく残留を打診されましたが、着任早々に彼女の美貌に目を付けた綿部は職場での地位を利用して個人的に親しくなろうとしていました。
圧岡は地元の友人から持ち込まれた縁談がありましたが、相手の男性は仕事を辞めて東京に来ることを結婚の条件にしています。
九界湖ホテルが立つ高台を下りた先には龍神が眠るという湖があり、酔っ払った須加治が転落して溺死したのはホテルの売却が正式発表された夜のことです。
価格訴求を主張する綿部によってロビーに飾る花は安っぽくなり、個人客から団体客へのシフトが進みホテルには以前のような輝きはありません。
【転】湖畔の愛 のあらすじ③
ロビーでふたりの若い男性客がお互いの悪口を言いながら殴り合っていたために、新町はあわてて止めに入りました。
ふたりとも立脚大学の演劇研究会に所属していて、どつき漫才の練習をしていただけでケンカではありません。
50年以上の伝統を受け継いできたこのサークルでは、毎年この時期になると次の会長を決めるための演芸会を開催しています。
今年の発表会が例年と比べると異様なほどに熱気を帯びているのは、キャンパス内でも絶世の美女と言われている気島淺の存在があったからです。
動物病院でのアルバイトから雑誌の読者モデル、ロックバンドのボーカリストの追っかけまで。
とにかく移り気な気島には、才能のある男性に熱烈な恋心を抱いてしまうという性質がありました。
たまたま演劇研究会の舞台を見た気島がその日のうちに入会したために、会員たちはライバル心を燃やしていきます。
発表会の後には全会員の投票が行われる予定になっていて、次期会長の座を射止めた者が気島の愛を得るのは間違いありません。
【結】湖畔の愛 のあらすじ④
演劇研究会の若手のホープにして実力派の岡崎奔一郎か、突如として現れたひとりの漫談の天才・大野ホセアが。
新会長はふたりの候補に絞られていて、九界湖ホテルの宴会場で決着をつけます。
わずか4分ほどの漫談を大野が終えた瞬間に、観客の全員が腹を抱えながらのたうち回っていて会場内は笑いのニルバーナです。
実績ではナンバーワンとされていた岡崎もあまりの衝撃に、潔く負けを認めるしかありません。
大野にとってただひとつの誤算は会場に気島の姿がなかったことで、彼女は宴会場の使用料について学生たちに説明している綿部のことを見ていました。
漫才師としての大野の才能よりも、綿部の会計に関する幅広い知識の方に心を奪われてしまったのでしょう。
勤務時間中にも関わらず気島とホテルを抜け出した綿部は間もなく本社に戻ることになり、以前のように新町が支配人を任されます。
ロビーには床や壁の色との調和を考えた美しい花が届けられて、結婚の話を断った圧岡が咲きこぼれるような笑顔で受け取るのでした。
湖畔の愛 を読んだ読書感想
マニュアルや売上よりも人と人とのつながりを大切にする、主人公・新町高生のプロフェッショナルとしてのこだわりは見習いたいですね。
某国民的アイドルグループの元メンバーを思わせるような、「あっちゃん」こと圧岡いづみがキュートです。
仕事でもプライベートでも壁にぶつかっていた彼女が、迷いながらも成長していく姿には心が温まりました。
ホテルマンなのかお客さんなのか判断しがたい、須加治一郎のようなキャラクターもこの物語の不思議な雰囲気には欠かせません。
神秘的な湖と個性的な従業員に囲まれたホテルが日本のどこかにあるならば、旅行好きであれば一度は泊まってみたくなるでしょう。
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