「音楽」のネタバレ&あらすじと結末を徹底解説|三島由紀夫

音楽 三島由紀夫

著者:三島由紀夫 1965年2月に中央公論社から出版

音楽の主要登場人物

汐見(しおみ)
主人公。カウンセリング専門の医師。どんな客からも規定の料金をきっちりと取るのがポリシー。

弓川麗子(ゆみかわれいこ)
貿易会社の事務員。 容姿に恵まれ金銭的にも困っていない。

江上隆一(えがみりゅういち)
麗子の彼氏。会社での評判はいい。大学時代はボートの選手。

俊(とし)
麗子のまたいとこ。 弓川家の跡取りと期待されながら若くして亡くなる。

山内明美(やまうちあけみ)
汐見の助手。 プライベートでも割りきった関係を続ける。

音楽 の簡単なあらすじ

精神科医の汐見の診療所を訪ねてきた弓川麗子のお悩みは、恋人の江上隆一と愛しあっても何も感じないことです。

汐見は麗子との対話を繰り返していくうちに、すべての原因は幼い頃に彼女を傷つけた兄であることを見抜きます。

山谷の簡易宿泊所で落ちぶれた暮らしを送っていた兄と再会した麗子は、過去を乗りこえて江上と結婚するのでした。

音楽 の起承転結

【起】音楽 のあらすじ①

 

音楽がきこえない女

精神分析医の汐見が日比谷にあるビルの4階に診療所を開いてから5年目の初秋、ある病院の内科医から紹介を受けて弓川麗子がやって来ました。

弓川家は山梨県甲府市に17代に渡って続いている名門の旧家で、市内の女学校を卒業した麗子は東京のS女子大学へ進学します。

大学を卒業した後は幼い頃から決められたまたいとこの俊と結婚する予定でしたが、社会勉強をするという名目で麗子が就職した先は一流の貿易会社です。

会社で出会った江上隆一とお付き合いを始めた麗子でしたが、彼女は肉体的な喜びを感じることができません。

このことを「音楽がきこえない」と例える麗子には、10歳年上の兄がいて実に仲のよいきょうだいでした。

小学4年生の時に麗子は昇仙峡の宿にこもって受験勉強をしている兄に、伯母に連れられて会いに行きます。

その伯母と兄とが愛し合っている現場を麗子は目撃してしまい、間もなく兄は大学に落ちて家出をして今でも行方は分かっていません。

【承】音楽 のあらすじ②

 

崖っぷちから聞こえてくる音楽

クリスマスが近づいてきたある日の朝、俊が30歳にもならないうちにガンで亡くなりました。

甲府の病院の一室で俊をみとった麗子は、その瞬間に体中が幸福感に満たされて「音楽」を聞きます。

麗子は1年くらい喪に服して山の中で暮らしたい気持ちでしたが、彼女の父親や周りの人たちがそっとしておいてくれません。

みんなの反対を押し切って生まれ故郷を脱出した麗子が向かった先は、江上のところではなく汐見の診療所です。

俊との思い出が薄れるまではひとで旅行に行くという麗子は、その足で東京駅から伊豆半島南端のS市に直通する準急に乗り込みました。

旅行先で起こったことも手紙で事細かに報告してくる麗子でしたが、海岸で出会った花井という青年のことが詳しく書かれています。

男性としての機能を失っている花井は思い詰めた様子で岩場の突端にうずくまっていて、ひとりにしておくと海にでも飛び込みかねません。

一緒に東京へ帰ったふたりはそのまま麹町近辺のホテルで5日ほど泊まっていると、またしても麗子は「音楽」を聞いたそうです。

【転】音楽 のあらすじ③

 

危険地帯に潜入

このままでは麗子は俊のような余命がわずかの病人に寄り添っている時か、花井のような不能の男性を側に置いている時にしか「音楽」を聞くことができないでしょう。

麗子がこの世の明るい「音楽」を聞くためには、すべての元凶である兄を探し出して汐見と江上の立ち会いのもとに直接対決させるしかありません。

麗子が抱えていた壮絶な過去を聞いた江上は嫌悪感を抱くこともなく、深い同情を示して快く協力を申し出てくれました。

人口が1000万人をこえる大都会の中でどうやって麗子の兄の居どころを突き止めるのか汐見に目算はありませんでしたが、思いがけないチャンスが転がり込んできます。

仕事が休みの日に「山谷の実態」というドキュメンタリー番組を見ていた麗子が、テレビ画面に一瞬だけ大写しになった兄の顔を発見したからです。

浅草の都電停留所と泪橋との左右にまたがる治安が悪い地域で、ここに入り込むためにはできるだけ相目立たない服装をしなければなりません。

【結】音楽 のあらすじ④

 

鳴り響く祝福の音楽

汐見は看護師の山内明美と夫婦に変装をして、麗子はお化粧を落として古ぼけた事務服の上着を着て、江上は肉体労働者に変装して。

山谷の風景にすっかり溶け込んだ一向が4丁目の広い通りから裏通りへと入った時に、麗子が赤ちゃんを背中にくくりつけておでん屋の屋台でコップ酒を飲んでいる兄を見つけました。

麗子の兄は簡易旅館に寝泊まりしていて、赤ちゃんの母親は不特定多数の男性を相手にして日銭を稼いでいるようです。

この瞬間に幼い頃から麗子が抱いてきた「兄の子供を産みたい」という願望は消えさって、心の平安を取り戻した彼女は哀れみの涙をこぼします。

用意してきた現金を手渡した麗子は山谷の町を後にして、兄の居場所を実家に知らせるつもりもありません。

すべての状況をよく見極めた麗子と江上が無事に夫婦となったのは、それから半年後のことです。

汐見のもとには「音楽が起こる、音楽が絶え間ない」という、ごく簡単に記された電報が届くのでした。

音楽 を読んだ読書感想

アメリカ式のライフスタイルが日本に急速に導入されたことによって、息苦しさを人々が少しずつ感じ始めていた1950年代後半が舞台になっています。

そんな悩み多き現代人のために、いち早く都心の一等地にクリニックを開業した主人公・汐見は先見者と言えるでしょう。

患者のデリケートな相談事を親身になって聞くだけではなく、時には探偵のようなまね事までしてしまう行動力も伝わってきました。

無機質なオフィス街の日比谷からスタートして豊かな自然に囲まれた伊豆半島を経由し、格差社会の到来を予感したかのような下町・山谷で締めくくるのも見事です。

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