著者:羽田圭介 2008年3月に河出書房新社から出版
走ルの主要登場人物
本田(ほんだ)
主人公。陸上部に所属する高校2年生。長距離走者でスタミナがある。衛星放送で耐久自転車レースを見るのが趣味。
佐倉瀬名(さくらせな)
本田の彼女。 スイーツや恋愛に夢中で男の趣味には無関心。
鈴木(すずき)
本田の小学生時代のクラスメート。中学入学前に転校した。美人でコミュニケーション能力も高い。
清代(きよしろ)
陸上部の部長。 長距離では本田に勝てない。
神木田(かみきだ)
陸上部の顧問。指導は厳しいが生徒に理解がある。
走ル の簡単なあらすじ
イタリア製のロードレーサーで登校した高校生の本田は、部活の仲間のためジュースを買ってくるつもりが北へ向かって走り出します。
野宿をしながら青森県までたどり着きますが、恋人の佐倉瀬名には本当のことを言っていません。
盛岡へ引き返して自転車を分解して電車に乗り込んだ本田は、上野駅に到着して瀬名の自宅へ向かうのでした。
走ル の起承転結
【起】走ル のあらすじ①
修理をお願いしていたロードレース用の自転車・ビアンキが本田のもとに届いたのは、試験が終わって午前中に帰宅した日のことです。
翌日の午前7時集合の陸上部の朝練に、いつもは中央線で50分程度で登校する八王子から四ッ谷までの道を3時間以上かけて自転車で向かいます。
皇居の周りを走っている部員たちをサドルの上から冷やかしますが、3年生が抜けた後の実質的なエースの本田に誰も文句は言いません。
練習が終わった後に部長の清代から20人以上の飲み物を買ってくることを頼まれた本田ですが、今まで電車でしか訪れたことのない場所を自転車で巡行してみたくなりました。
1時限目の授業だけサボる予定でしたが、気がついたら栃木県の那須塩原市までたどり着き、1日で50キロほど走った計算です。
この興奮を3カ月前からお付き合いしている佐倉瀬名にメールで送りましたが、素っ気ない返信しか返ってきません。
1カ月前に小学校の同窓会で再会した鈴木にも同じ文面のメールを送信して、国道わきの公園で野宿をしました。
【承】走ル のあらすじ②
アスレチック用のハンモックで午前5時に目を覚ました本田が携帯電話の電源を入れてみると、鈴木からのサービス精神が旺盛なメールが届いていて嬉しくなりました。
瀬名は相変わらず旅先での出来事よりも、週末のデートに着ていく服のチョイスや本田が会ったこともないカップルの別れ話の方が気になるようです。
学校の担任には風邪をひいたのでしばらく休むと電話で連絡して、自宅の母親にはしばらく部活仲間の家に泊まると妹に伝言をお願いして。
何回かの緩い峠道を繰り返した揚げ句に福島県郡山市に入り、駅前のATMで5000円を引き出した後に大型スーパーの地下で食品を買い込みます。
4時間ほど走っていると急に手足に力が入らなくなるハンガーノック現象が出てくるために、非常食でエネルギー補給をするのを忘れません。
3日目に突入すると学校をサボることの背徳感も薄れていき、顧問の神木田に問い詰められることや未返却のテストが心配になってきます。
来年には受験が控えていますが、理系よりも楽そうな文系に行きたいと思うくらいで今のところ志望校はありません。
【転】走ル のあらすじ③
ビアンキで家を出てから4日が過ぎましたが、本田はまだ帰る気分にはなりません。
護岸に沿ったサイクリングロードの先に広がっているふたつに分かれた道を、さっきまで寝ていたベンチから見下ろします。
北に行けば秋田県で南に行けば新潟県につながっていますが、どちらにしろ海を背景にして走っていたいです。
瀬名とのデートの約束は風邪をひいたとごまかしましたが、清代の話では疑っているようでした。
青森港のフェリーターミナルにまで着く頃には両腕の日焼けがやけどに悪化していて、肘の内側も炎症を起こして限界に近いです。
欠席連絡を入れた時の神木田の、「長距離エースなら体調が悪くても走れ」という言葉が意外なほど力になっていました。
本州最北端の光景とその先に広がる暗い海の組み合わせは美しく、その感動を誰かと分かち合いたくて堪りません。
鈴木の引っ越し先が岩手県盛岡市だったことを思い出した本田は、八戸市から内陸の国道4号線に入ります。
【結】走ル のあらすじ④
青森で折り返し少しずつ東京に近づいているのに、瀬名の電話にはずっと留守電メッセージが流れていてメールを送っても返信はありません。
乗り換え案内サイトにアクセスしてみると、盛岡駅から東北本線に乗れば上野には10時間ほどで到着する予定です。
鈴木の顔を見ることをあきらめてビアンキを分解して手荷物状態にすると、午前8時発の3両編成の車両に駆け込みました。
電車が福島県郡山市に入った頃、久しぶりに瀬名からメールが届きます。
今どこにいるかなんか聞きたくない、ただ無事なのかどうかだけを聞きたい。
付き合ってから初めて瀬名の本当気持ちに触れたような気がした本田は、終点の上野駅で下車するとすぐさまビアンキを組み立てます。
瀬名の自宅がある市川市までは乗車時間にして30分程度ですが、今であれば電車に負ける気はしません。
夕陽が真後ろから射し込んで路上に長く伸びていく自分の影を見ながら、本田はギヤをさらに重くしてスピードを上げるのでした。
走ル を読んだ読書感想
都心へと向かう上り電車や大量の自動車とは真逆の方向へペダルを踏みしめていく主人公・本田の姿は、世の中の流れに逆走しているようでとてもエネルギッシュでした。
道連れのいる旅とは違って休憩なども自分のペースで自由に取れるし、景色を眺めながら感傷に浸るのもひとり旅の妙味なのではないでしょうか。
恋人・佐倉瀬名の存在を遠くに感じてしまい、長く疎遠になっていた鈴木の方に気持ちが傾いていくのもちょっぴり切ないです。
日常から遠く離れた場所にたどり着いた本田が、1番近くにいる大切な人の存在に気付くラストには胸を打たれます。
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