著者:坂口安吾 2014年6月に青空文庫PODから出版
波子の主要登場人物
波子(なみこ)
ヒロイン。女学校を卒業した21歳。交遊関係が広く映画や舞台を見るのが好き。
伝蔵(でんぞう)
波子の父。 株に手を出したり選挙に出馬して財産を失う。
葉子(ようこ)
波子の母。早く娘を片付けたい。
遠山(とおやま)
ディーゼル・エンジンの開発に携わる技師。 真面目で趣味は特にない。
楠本(くすもと)
伝蔵の友人。 ブローカー。
波子 の簡単なあらすじ
知人からお見合い相手の遠山を紹介された波子でしたが、共通する話題や趣味もなく一緒にいても楽しくありません。
若い頃は道楽三昧だった父の伝蔵は、平凡でも間違いのない遠山と娘を何とか一緒にさせようとします。
家庭内が険悪になったためにふたりは旅行に出かけますが、お互いの主張は平行線で東京に戻ってから決着をつけることにするのでした。
波子 の起承転結
【起】波子 のあらすじ①
地元の政治家から陶磁器の鑑定家、先祖代々の財産を持って東京に亡命してくる者に金銀を探して全国各地を旅する者まで。
波子の父親・伝蔵のもとには怪しげな人たちが入れ代わり立ち代わりやって来て、ブローカーのようなことをやっている楠本という初老の男性もそのひとりでした。
伝蔵のご機嫌を取るついでに、楠本は波子の部屋に勝手に上がり込んでお見合い話を持ってきます。
お相手は技師をしている遠山という名前の30歳の青年で、波子の母・葉子はすぐにでもこの話をまとめたいようです。
親の命令によってふたりは時々散歩をするようになりましたが、ふたりにはまるで共通する話題がありません。
遠山は映画や芝居は3年に1度くらい付き合いで見に行く程度で、酒も飲まずタバコも吸わずに女の子には目もくれないほどの今時めずらしい堅物でした。
一方の波子は21歳でしたが宝塚歌劇団を見て歩いたり友達と遊んだりして、2〜3年後にでも結婚したいと思っています。
【承】波子 のあらすじ②
伝蔵がある日突然に家族の前で「死に花を咲かせる」と言い出したのは、波子の嫁入り話と前後してのことです。
投機や事業に手を出して財産を擦り減らしたり女遊びをしていた伝蔵の生活が、7年前に長男を北アルプスの遭難事故で失ってからはガラリと変わりました。
万葉集だの松尾芭蕉など読書に明け暮れたり、全国各地の紅葉狩りや寺詣でに妻子を連れていきます。
葉子は50を過ぎた年の夫が死に花などと言い出しては、あまりいい顔をしません。
45歳になろうかという葉子ですが娘の目から見ても若々しく映り、伝蔵に言い負かされて黙ってしまう姿さえ美しいです。
その美しい母親が時には妬ましくも思えてきて、平凡で気の弱い伝蔵の方を応援したくなってしまいました。
思いきって大きなことをやりなさい、家もお金も名誉もすべてを賭けて粉々にしてしまいなさい。
食事の最中にも関わらずに延々と言い争う両親を前にして、波子はそんな風に叫びたくなってしまいます。
【転】波子 のあらすじ③
ことあるごとに遠山との結婚をせっつかれる度に、波子は堅い拒絶の態度を貫き通していました。
会社の他には何ひとつ楽しみを持っていない遠山のことを、葉子ばかりでなく一生を道楽に費やしてきた伝蔵までが賛美するとは到底信じられません。
限度をわきまえている人、けれども羽目を外すこともできる人の方がいいと波子はキッパリと宣言します。
遠山の家を訪ねるように伝蔵から言われた日に、波子が向かった先は隅田川のボート競走の見物です。
遠山がこちらの家に遊びにくるという朝には、普段着のままてまお手伝いさんの下駄を突っ掛けて裏口から脱走してしまいました。
強硬的な態度を取る波子を見て、ようやく伝蔵は娘が気まぐれを起こしたり流行に流されているのではないと気がつきます。
波子が思いつめて自らの生命を絶ってしまうことを心配しつつも、平凡ながらも人生に間違えることのない遠山も諦めきれません。
青々ときらめく海と森が見たいという波子のひと言で、父と娘は南の国へ旅行に行きます。
【結】波子 のあらすじ④
山あいを流れる川を船に乗って下っていき、伝蔵と波子は地元の名物のアユを心行くまで堪能しました。
汽船に乗り換えてうねりの高い秋の海をこえると、数えるほどしか住人がいない小さな漁村の島が見えてきます。
カトリックの古めかしい寺院に十字架とマリア像が飾られているのは、300年ほど前の禁令時代にキリシタンの祖先が渡ってきたためです。
島内の旅館はごく普通の民家のように小さく、ふたりの気まぐれな旅行客の他にはひとりの宿泊者もいません。
伝蔵は宿屋の主人に無理を言って風呂を沸かしてもらい、夜になってようやくひと休みできました。
相変わらず遠山とは結婚しないと言い張る波子は、初めて父親を前にして涙を見せます。
300年前にこの地では多くのキリシタンの娘たちが殉教しめしたが、波子はそう簡単には死にそうもありません。
部屋の片隅ですすり泣く波子に途方に暮れつつも、伝蔵は東京に戻ってからでもこの良縁を何とか成立させることを決意するのでした。
波子 を読んだ読書感想
21歳という青春の真っ盛りを、とことん自分の好きなことに費やす主人公の波子がほほえましかったです。
我が物顔でお年頃の娘の部屋の中に入り込んできて、お節介にもお見合い話を持ってくる楠本にはウンザリしてしまいました。
いやいやながらもお付き合いを始めた遠山には、スポーツにも音楽にも興味がないという一緒にいてつまらない男が思い浮かんできます。
若い頃にはさんざん好き勝手に生きてきた伝蔵が、いかにも無難な相手を娘に押し付けてくるのは親心なのでしょうか。
物語の終着点である南の島の風景が美しく、弾圧されたキリシタンと自由を愛する波子が重なり合う場面がロマンチックです。
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