「母の上京」のネタバレ&あらすじと結末を徹底解説|坂口安吾

「母の上京」

著者:坂口安吾 2015年8月に青空文庫PODから出版

母の上京の主要登場人物

夏川(なつかわ)
主人公。戦時中は会社員で戦後は闇屋。金もうけの才能はあるが母親には頭が上がらない。

ヒロシ(ひろし)
歌舞伎の下っ端役者。夏川の隣人。お好み焼き屋を営む親子のもとに居候中。

おでん屋(おでんや)
夏川に店を持たせてもらった元力士。 義理堅いが酒癖は悪い。

母(はは)
夏川の母親。士族の出身で厳格な性格。

母の上京 の簡単なあらすじ

戦時中と終戦後の混乱でひと財産を築き上げた夏川は、妻子とも別居中で実家にも帰りません。

ある日突然に上京してきた母親に負い目があって顔を会わせたくない夏川は、悪友のヒロシと夜の町をさ迷い歩いて時間をつぶします。

たちの悪い男たちに絡まれて身ぐるみを剥がされてしまった夏川は、何ともみっともない姿で母と再会するのでした。

母の上京 の起承転結

【起】母の上京 のあらすじ①

戦中と戦後の混乱を生き抜く

戦争が始まると夏川は妻と子供たちを故郷に帰して、徴兵から逃れるために特別法によって設立された会社に入社しました。

会社に紹介してもらった小さな借家で若い女性の事務員と同居するようになり、お互いに割り切った関係を楽しんだ後でキッパリと別れます。

勤め先は終戦と同時に解散して、夏川はどさくさに紛れて会社の備品を持ち出して売り飛ばしました。

いつの間にか闇物質を売りさばく個人事業が軌道に乗り始めていき、妻子を呼び寄せることも忘れて飲んだくれる毎日です。

会社の借家を退去した後で夏川は、焼け跡の高台にポツンと取り残された老夫婦の住居に間借りしました。

夏川の部屋は2階の1室で、薄っぺらい扉をひとつ挟んだ隣にはお好み焼き屋を営む母と娘が住んでいます。

この部屋にはもうひとり居候がいて、歌舞伎の女形を目指しているヒロシという名前の青年です。

政府によう封鎖が実施される前で景気が良かった夏川は隣人たちに酒をおごったりお金を渡したりしていて、特にヒロシからは「ナアさん」と呼ばれて親しまれていました。

【承】母の上京 のあらすじ②

母の襲来に逃げ出す息子

いつものように仕事を終えてから都電に乗って帰宅すると、借家の前でヒロシが夏川の帰りを待ちわびていました。

敗戦から今までの慌ただしい日々の中で自然と音信不通になっていた、夏川の母が勝手に部屋に上がり込んでいるようです。

故郷の知り合いに会うことはなく親しい人にもいま現在の住所をなるべく明かさないようにしていたはずですが、母がいかにして居場所を突き止めたのか夏川には想像もつきません。

田舎の武士の堅苦しい家柄の中で生まれ育った母は、中学校に入った頃の夏川に漢文の予習と復習を教えるほどの焦れ込みようです。

食事の時に膝を崩しただけでも叱られるほどの厳格だった母の面影は、40歳になった夏川の心の中にしっかりと焼き付いています。

はるばる夜汽車に揺られてたどり着いた白髪頭で腰の曲がった70歳の姿を、小心者の夏川は直視することができないでしょう。

外へ泊まる持ち合わせもない夏川は、どこまでもお供するというヒロシとふたりで町中をさ迷い歩いていきます。

【転】母の上京 のあらすじ③

おでん屋との熱い友情

初夏の爽やかな夕暮れ時の風とネットリとした薄明かりを浴びなから、夏川とヒロシは上野方面へと足を運びました。

戦時中は田舎に疎開していて戦後は闇市で魚屋の手伝いをしていた、ひとりの男のことを夏川は思い出します。

男はもともと生まれ故郷では草相撲の大関まで上り詰めた巨漢でしたが、両国の相撲部屋では2日の稽古にも耐えられません。

入門早々に部屋を脱走して行く宛てのなかった時に、バラック型のおでん屋を持たせてあげたのが当時は闇市で羽振りが良かった夏川です。

この日の夜も何の前触れもなしに押し掛けてきた夏川たちを、店を臨時休業にしてまでご馳走してくれるほどの手厚いおもてなしでした。

夏川は幼い頃からの母との思い出を洗い流すかのように、ありとあらゆるお酒を飲み干します。

おでん屋も徹底的に付き合ってくれましたが、アルコールが入ると前後の見境もなくなってしまうのが悪い癖です。

泥酔状態のおでん屋を置き去りにして、受けた杯をなめるだけで1滴も飲まないヒロシに後ろから支えられながら夏川は夜の町を散歩します。

【結】母の上京 のあらすじ④

久しぶりの再会はほろ酔いの裸で

ほろ酔い気分で夜の繁華街を歩いていた夏川とヒロシは、屈強な体格をした4〜5人の男たちに取り囲まれてしまいました。

男たちは金品をいくらか要求してきましたが、夏川はあり金全部を気前よくおでん屋に渡した後です。

人気のない焼け跡へとふたりを連れてきた男たちは、お金の代わりとして着ていた服を脱がしてきれいサッパリと持っていきます。

体の中はいっぱいにアルコールの蒸気に包まれているためにそれほど寒さは感じませんが、フンドシひとつの姿ではいよいよ家に帰るしかありません。

敷地の外からは2階にある夏川の部屋が丸見えで、障子に映し出されているのは我が子と会うまでは寝ないで待っている母のシルエットです。

突如として障子がガラリと音をたてて開いて母が顔を出したために、ビックリした夏川とヒロシは悲鳴をあげて裸のままで抱き合ってしまいます。

夏川はヒロシを担いだままの苦しい姿勢で、久しく便りを送らなかったことと度重なる親不孝を謝るのでした。

母の上京 を読んだ読書感想

軍国主義が台頭していた第2次世界大戦の真っただ中でも、徴兵されることもなく私腹を肥やしていく主人公・夏川の抜け目のなさが光ります。

お米でも酒でも右にあるものを左に動かしただけで相当の金額になるという、戦後の闇市のエネルギーには圧倒されるばかりです。

横綱になれなかったおでん屋や歌舞伎の舞台に立てなかったヒロシなど、当時の夢を捨てた若者たちの姿にも親近感が涌いてきます。

いい年をして母親から逃げ回ってしまう息子と、いくつになっても息子の顔が見たい母親とが再会を果たすクライマックスには心温まるものがありました。

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