「桜桃」のネタバレ&あらすじと結末を徹底解説|太宰治

「桜桃」

【ネタバレ有り】桜桃 のあらすじを起承転結でネタバレ解説!

著者:太宰治 1950年 12月20日に新潮文庫から出版

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桜桃の主要登場人物

父・私(ちち・わたし)
極端な小心者で気が弱いが、心優しい性格。作家であるが遅筆で、一日に数枚しか原稿が進まない上に、家事の一切を手伝わない。

母・妻(はは・つま)
無口で内向的、夫と同じく心優しい性格。夫婦揃ってお互いが傷付くのを恐れているため、子どもの世話を手伝わない夫に対して文句の一つも言わない。

長女(ちょうじょ)
7歳。

長男(ちょうなん)
4歳。長女、次女と比べて体が弱く、痩せこけていて未だに自分で立てない。

次女(じじょ)
1歳。

桜桃 の簡単なあらすじ

ある暑い夏の日、夕食の途中で「涙の谷」という妻の一言から、子育ての悩みや疲れを打ち明けてしまい、夫婦喧嘩をしてしまいます。言い争いが苦手な私は、妻からも子どもからも逃げるように家を飛び出し、よく行く飲み屋で桜桃を差し出されます。私はその桜桃を極めてまずそうに食べながら、しかし心の中で「子どもよりも親が大事」と思うのでした。

桜桃 の起承転結

【起】桜桃 のあらすじ①

子どもよりも親が大事

 どんな親でも「自分より生まれた子どもの方が大事だ」と言いますが、私や私の家庭では、子どもより親の立場が弱いので「子どもよりも親が大事」と思いたいのです。

3人の子どもは既に、私や妻をそれぞれ圧倒していて、私と妻は召使いの気分で3人のご機嫌取りをするほどでした。

 ある暑い夏の日、私は大量の汗をタオルで拭いている最中、妻は1歳の次女におっぱいを飲ませながら、長女、長男、そして私のごはんの支度をして、子どもの零したものを拾ったり、鼻をかんであげたりするのでした。

「お父さんはお鼻に一ばん汗をおかきになるようね」と妻が言うので、私は「それじゃ、お前はどこだ」と問うと、妻は少し真面目な顔になり、「この、お乳とお乳のあいだに、……涙の谷、……」と答えました。

 この言葉で、言い争いが起こってしまうのではないかと私は危惧します。

私は黙ってしまい、何か冗談を言って切り返そうとしましたが、かける言葉も思い付かず、いよいよ気まずくなってしまいました。

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【承】桜桃 のあらすじ②

涙の谷

私は何か議論をして誰かを打ち負かしたことがなく、家庭ではいつも冗談を言うような人でした。

それは、心の中ではたくさん悩み、辛いことを考えているからこその行動だったのです。

家にいないときも、他人の前でも、必死で楽しい時間や雰囲気を作ろうと努力していました。

人と別れたあとは、楽しい雰囲気作りにひどく疲れ、お金のことや、道徳のことや、自殺のことを考えるのでした。

小説を書くときも同じく、悲しい気持ちでいても、楽しい物語を作る努力をしました。

つまり私は、糞真面目で真剣な空気に堪えられないのです。

常に、明るく楽しい家庭でいたいから、やっとの思いで冗談を言い、乱暴な口争いを避け、子どもを可愛がりました。

暑さではなく、不安や心の忙しさから汗が噴き出ているのをお互いに知っているのですが、それに触れないように努めていました。

そんなとき、「涙の谷」と妻に言われて、私は混乱し、黙ってしまうのでした。

妻こそ口には出しませんが、いつも夫への不満を感じているのでした。

【転】桜桃 のあらすじ③

静かな夫婦喧嘩

 7歳の長女も1歳の次女も、風邪を引きやすいけども健康でした。

しかし長男は4歳になっても自分で直立できず、言葉も話せず、少しも成長しません。

私も妻も、長男が白痴や唖の類であることを勘づいていますが、肯定したくないために少しも話題に出さないのでした。

 私は家事にも疎く、布団も自分でたたまないほどでした。

配給のこともまったく詳しくなく、自分の家というよりは宿屋のような暮らしをしているのでした。

当たり前のようにごはんが食卓に並べられていて、やけ酒をして寝込んでも何も言われないのでした。

 私は何も、妻や子どものことがどうでもいいわけではなく、家庭のことを大切に思っています。

ただ、自分のことで精一杯なために、家事や子どもの世話、家庭の問題事まで手が回らないのです。

 私は、誰か人を雇うようにと独り言のように提案しますが、お互いがお互いへの不満を言わないように、主張が小さくなってしまうため、気持ちは錯綜するばかりでした。

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【結】桜桃 のあらすじ④

桜桃を食べる父

 ついに私は家の中から逃げ出したいと思い、仕事部屋の方へ出かけると言い出します。

しかし妻も、今夜は妹のお見舞いへ行こうと思っていました。

妻の妹は重態で、見舞いに行こうとしていたことも知っていましたが、妻が家からいなくなると自分は子守をしなくてはいけないのです。

繰り返し、人を雇うように言いかけましたが、これ以上の重苦しい空気に堪えきれず、原稿料の入っている封筒と、原稿用紙と辞典を持って、逃げるように外へ出て行ってしまいました。

もう仕事どころではなく、自殺のことばかり考え、まっすぐ酒屋に向かいました。

 酒屋には浮気相手の女性がいるのでした。

夫婦喧嘩をして家を飛び出したこと、とても気まずいからここに泊まることを告げ、しばらく会話をします。

 すると、桜桃が大皿に盛られてきました。

桜桃は贅沢な食べ物で、もしこれを家に持って帰ったら、子どもたちは喜ぶだろうと思いました。

 しかし、私はその桜桃を極めてまずそうに食べては種を吐き、心の中で「子どもより親が大事」と呟くのでした。

桜桃 を読んだ読書感想

 文学研究のために読んだ作品でした。

『桜桃』からは、ギリギリの精神で作品を書いた太宰の命が垣間見えるように思いました。

父(私)という人物は作者である太宰とも重なる点があり、登場する子どもも、歳が一致すること、長男が病弱であることなど、太宰の子どもをモデルにした可能性が高いと言えます。

 本作品には詩篇第121が引用されているのですが、この一文には続きがあります。

〈われ、山にむかいて、目を挙ぐ。

 わが助けは、どこから来るであろうか。

 わが助けは、天と地を造られた主から来る。

 主はあなたの足の動かされるのをゆるされない。

あなたを守る者はまどろむことがない。

〉これは、父も、太宰本人も、神に願わないとやっていられないほど、窮地に追い込まれていることを表現するための引用なのではないでしょうか。

 この時代のさくらんぼは、贅沢な食べ物のひとつです。

〈極めてまずそうに食べては種を吐き、食べては種を吐き、食べては種を吐き、〉という描写では、〈陰にこもってやりきれねえんだ。

〉という心情を、虚勢を張った表現にするためにも、さくらんぼは「贅沢な食べ物の象徴」としてぴったりであったと言えるのではないかと思いました。

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