道化の華(太宰治)の1分でわかるあらすじ&結末までのネタバレと感想

道化の華(太宰治)

【ネタバレ有り】道化の華 のあらすじを起承転結でネタバレ解説!

著者:太宰治 1935年5月に日本浪漫派から出版

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道化の華の主要登場人物

大庭葉蔵(おおばようぞう)
主人公。人間失格の主人公と同姓同名。女と心中をはかり、一人だけ生き残った。

飛騨(ひだ)
葉蔵の中学からの友人。葉蔵のことを尊敬し、慕う。

小菅
葉蔵の親戚で、3歳年下。年は違うが、葉蔵と飛騨と隔たりのない友人。

真野(まの)
葉蔵が入院している療養所の看護婦。

道化の華 の簡単なあらすじ

太宰治の代表作「人間失格」の主人公・大庭葉蔵と同姓同名の主人公が登場する。太宰本人の目線からも描かれた、珍しい作品。話の中に出てくる心中未遂事件は、太宰本人が1930年に自殺未遂をし、太宰だけが助かったことが下敷きとされている。女と心中をはかるも、一人助かった葉蔵。友人である飛騨、小菅、看護婦の真野との生活を描く。

道化の華 の起承転結

【起】道化の華 のあらすじ①

心中未遂

1929年12月、「青松園」という療養所で騒ぎがあった。

青松園は、結核の療養所であった。

この療養所での騒ぎとは、葉蔵が、園という女と心中をはかり、女は死に、葉蔵だけが生き残って、この療養所へ収容されることになったことであった。

葉蔵は、保護された船の上で、園が死んだことを知っていた。

葉蔵の思った通り、明け方になって園の死体は波打ち際で発見された。

家族の取り計らいもあり、広い病室へ移された葉蔵は、警察に取り調べを受けていた。

嗚咽していた葉蔵を見た看護婦の真野は、そっとドアを閉めたのだった。

午後になり、葉蔵を慕う友人・飛騨が訪れた。

飛騨は、葉蔵の中学の頃からの友人である。

そのあと、葉蔵の親戚でもある小菅がやってきた。

小菅は葉蔵の親戚であり、年は3つ下。

だが、隔たりなく接する友人であった。

ここから、3人と真野の生活が描かれる。

飛騨と小菅、そして真野はお昼を食べに食堂へ向かう。

そこで、葉蔵がなぜ心中を図ったのかについて議論するのであった。

【承】道化の華 のあらすじ②

何故葉蔵は自殺したのか

食堂で葉蔵の自殺について話し合う飛騨と小菅。

「人間ひとりの自殺には、本人の意識してない何か客観的な大きい原因がひそんでいるものだ、という。

うちでは、みんな、女が原因だときめてしまっていたが、僕は、そうでないと言って置いた。

女ははだ、みちづれさ。

別なおおきい原因があるのだ。」

そういう小菅に対し、飛騨はこう答える。

「女には、しかし、亭主が別にあったのだよ」小菅は、葉蔵にとっては屁でもないことだという。

そしてすぐに小菅は話をそらすのだった。

いつでも本音で議論をしないのである。

互いに相手の神経に触れまいと、自分の神経も守るのであった。

葉蔵は、自分の自殺に対してこう考える。

「虚傲。

懶惰。

阿諛。

狡猾。

悪徳の巣。

疲労。

忿怒。

殺意。

我利我利。

脆弱。

欺瞞。

病毒。

ごたごたと彼の胸をゆすぶった。

言ってしまおうかと思った。

わざとしょげかえってつぶやいた。」

「ほんとうは、僕にも判らないのだよ。

なにもかも原因のような気がして」彼らの議論は、お互いに傷つかない様、本音で話し合わない。

何一つ真実を言わないのだが、しばらく聞いていると思わぬ発見をするときがあるのだった。

葉蔵は「なにもかもが原因」と言ったが、これこそが彼の本音ではないだろうか。

【転】道化の華 のあらすじ③

罪の意識

葉蔵の兄がやってきた。

飛騨と小菅は兄の宿泊している旅館に泊まることになったが、夜になって小菅だけが戻ってくる。

明日は、飛騨と兄が警察に行き、今回の事件の後始末をすることになったようだった。

兄は、葉蔵の自殺について、「金に窮したからだ」と考えているらしい。

次の日、飛騨が顔を出した。

飛騨は、警察に行ったことを聞かれるのを恐れていた。

小菅の一言で、警察での話し合いの内容を話さねばならなくなった。

自殺幇助罪。

道化の得意な葉蔵でも、その一言で変わった病室の雰囲気を元に戻すことはできなかった。

ここまでのストーリーで、読者の方は「なぜ葉蔵は一人生き残っておいて、飄々としていられるのか」と怒りを覚えた方も居ると思う。

ここで太宰目線の一節が入る。

「しかし、それは酷である。

なんの、のんきなことがあるものか。

つねに絶望のとなりにいて、傷つき易い道化の華を風にもあてずつくっているこのもの悲しさを君が判って呉れたならば!」

【結】道化の華 のあらすじ④

葉蔵の「死への思い」

葉蔵は、真野に、心中した女について語った。

銀座のバアで働いていた園。

葉蔵は、4度しかそこに行かなかったし、飛騨も小菅も園のことは知らない。

どうして園と死のうとしたのか、心のどこかで好きだったのではないか。

本当は画を描きたいのだ、と言って笑いながらごまかす葉蔵。

本音を言えないからこそ、それを笑いでごまかしたのであった。

ある晴れた日、葉蔵と飛騨、小菅は、葉蔵は飛び降りた岩を見た。

今飛び込めばほっとするという葉蔵、誘惑するなと笑う飛騨。

そうこうしていると、若い女の入院患者がこちらへ向かって歩いてきた。

話しかけようとする葉蔵と小菅をとめながら、飛騨は二人と遠ざかっていく自分を寂しく感じた。

この場を取り繕うとする小菅、葉蔵の詫びるような瞳、微笑む飛騨。

お互いがいたわりたい心でいっぱいなのを感じた。

太宰は、この物語が終わること、最後の日を迎えることを恐れていた。

「この小説を書きながら僕は、葉蔵を救いたかった。

いや、このバイロンに化け損ねた一匹の泥狐を許してもらいたかった。」

自分の経験と類似した葉蔵を救いたい、許してもらいたい、つまり太宰自身も救ってもらいたい、許してもらいたいと思っている、ということだろう。

最後の朝、真野は、裏山の景色を見に行こうと葉蔵を誘った。

富士山が見えるはずの景色は、雲がかかり何も見えなかった。

この辺にくっきり見えるという真野に対し、「いや、いいよ」と答える葉蔵。

足元は断崖、深い朝霧の奥に海水がゆらゆら動いて見えた。

ただ、それだけのことだった。

道化の華 を読んだ読書感想

太宰本人の経験がもととなった作品であり、人間失格の主人公と同姓同名の主人公が登場する話ということもあり、太宰本人の考えが垣間見られる。

太宰目線で書かれた部分もあり、特に葉蔵を許してもらいたい、という部分は自分も同じく考えている、ということではないだろうかと感じた。

また、終わり方が秀逸で、読み終わった時の感覚はほかの作品ではめったに味わえないと思う。

そのあと、言葉通り何もなかったのか、飛び降りたのか、結末が分からないことも好きな理由である。

私は太宰が好きだし、葉蔵も好きなので、心中して一人生き残った、そのあと普通に生活をしているという点に対し、何も感じない。

だが、読み手によっては、「なぜここまで平気でいられるのか」と感じ、イライラする人も居るようだ。

ここは、太宰の言葉を借りると、「つねに絶望のとなりにいて、傷つき易い道化の華を風にもあてずつくっているこのもの悲しさを君が判って呉れたならば!。」

この傷つき易さ、繊細さが好きだ。

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