著者:滝口悠生 2014年3月に新潮社から出版
寝相の主要登場人物
江川竹春(えがわたけはる)
主人公。山っ気を出しては失敗する。わがまま放題を貫いてきた。
江川柿江(えがわかきえ)
竹春の妻。料理がうまくて家計のやりくりも得意。
木ノ下弥生(きのしたやよい)
竹春の娘。恩着せがましいが責任は取りたくない。
江川原郎(えがわげんろう)
弥生の弟。職と住所が把握できない浮き草のような性格。
木ノ下なつめ(きのしたなつめ)
竹春の孫。朝が弱く特技や資格もない。
寝相 の簡単なあらすじ
若い頃から好き勝手に生きてきて家族を省みなかった江川竹春でしたが、晩年になって大病を患ってからは弱気になっていきます。
ひとり暮らしもままならない中でも、妻は去っていきふたりの子供たちは責任を押し付け合うだけです。
ただひとりだけ見捨てなかったのは孫娘のなつめ、竹春は彼女と余生を過ごすことを受け入れていくのでした。
寝相 の起承転結
【起】寝相 のあらすじ①
江川竹春が突如として勤めていたタイヤ工場を辞めたのは、鑑賞用の錦鯉で大もうけしたかったからです。
これといった熱意も勝算もないためにコイは1年で全滅、養殖設備に投資をした分だけ借金を背負ってしまいました。
再就職先は宇都宮市街の中華料理屋に決めましたが、ここで独自の製法と調理法でギョーザを名物として販売します。
東京に進出した支店に損害を与えてしまい解雇、しばらくは父親から受け継いだ田畑を耕していましたが長続きはしません。
昼間からパチンコ屋に入り浸っていた時に関係を持ち始めたのが、宇都宮在住のフランス人イザベル。
竹春が家に帰ってこなくなる中でも、妻の柿江は長女の弥生と長男・原郎を大学にまで行かせました。
卒業後に東京で就職した弥生は結婚してなつめを授かりますが、渡米した原郎は一向に帰ってきません。
ニューヨーク、新宿、北海道、長崎、トルコ… ようやく定住したのは宇都宮から車で1時間ていどの益子町です。
わが子の独立を機に柿江は金沢で小料理屋を開き、竹春とは籍を入れたままの別居というところで落ち着きます。
【承】寝相 のあらすじ②
上体をあお向けにする、股関節を開いて膝を曲げる、内股の筋を伸ばす、両足をあぐらの形に組む。
竹春の寝相は上から見ると栓抜きのような変わった形をしていて、イザベルは日本式の眠り方なのかと不思議そうにしていました。
そんなイザベルとも音信不通になって女遊びもおとなしくなると、足腰が弱くなって物忘れも増えていきます。
病院で精密検査を受けてみると初期の胃ガンだと診断されたために、すぐさま駆け付けてきたのは弥生。
保険やら入院費用に医療費の還付金制度、親戚への連絡なども段取りをつけているために万が一があった時にも心配はありません。
仕切りたがりの弥生も竹春と一緒に暮らすのだけはゴメンだと断言していて、柿江は相変わらず金沢のお店の切り盛りに大忙しです。
陶芸家を名乗り始めて個展を開いたり、大学のサークルで指導をしている原郎に期待するだけ無駄でしょう。
母、祖母、おじの無責任さにと冷たさに憤りを覚えていたなつめは、自分が竹春を引き取ると宣言しました。
【転】寝相 のあらすじ③
世田谷区弦巻に住んでから3年半、部屋は寝室とキッチン兼居間のふた部屋しかありません。
履歴書に「職歴はなし、可能性は無限大」と書いたのを面白がられて雇ってもらったなつめは、笹塚のバーでアルバイトをしています。
竹春は朝早くに起きて夜も早く眠る生活、なつめは昼夜逆転の生活。
胃を全摘出した竹春でしたがこの家に来てから食事の量はずいぶんと増えてきて、転移や大きな後遺症も今のところは心配はありません。
病院、はり、病院、はり、病院、はり… 第1週と第3週の火曜日には医師による定期観察、第2週と第4週の火曜日には施術院で針治療。
竹春が忘れてしまわないように、予約がある日はカレンダーに赤字でしっかりと書き込んでありました。
外出すると疲れてお風呂に入ることさえ面倒くさくなる竹春、お湯でぬらしたタオルでそっと体を拭いてあげるなつみ。
いろんな濃さの染みが重なりあった背中に触れた途端、竹春が生きてきた80年あまりの時間が一気に流れ込んできます。
【結】寝相 のあらすじ④
大みそかに実家に顔を出したなつめは、重箱に入ったおせち料理を受け取ってから世田谷に戻りました。
黒豆、数の子、だて巻きと定番のおかずでいっぱいでしたが、隅っこにあるのは見たこともない白っぽいペースト状のもの。
竹春とふたりで年代物のちゃぶ台を囲んで箸でつついてみると、口の中にはほのかな香りが広がっていきます。
海老とレンコンの身をすりおろした柿江のお店の人気メニューだそうで、相変わらず腕は落ちていません。
庭の外からは騒がしい声が聞こえてきたかと思うと、弥生とイザベルの姿が。
ふたりで料理を紙皿に並べていきますが、原郎がこの場にいれば益子焼の器を用意してくれたでしょう。
そのお手伝いをしているのは陶芸教室で原郎と知り合った女子大学生、ひとりは生徒でもうひとりは恋人だそうです。
いつの間にかいなくなったなつめを探していた竹春は、ガスストーブの前でウトウトとしているのを見つけます。
短パンから伸びた白い足を栓抜き型に組んだいつもの寝相で、竹春は毛布をそっと掛けてあげるのでした。
寝相 を読んだ読書感想
80代の昭和の老人と20代の今どきの子がひとつ屋根の下で共同生活を送っている様子が、淡々としたタッチで描かれていました。
若い頃からさまざまな商売に手を出しては大損をして、よそに愛人を作っては家族に迷惑をかけてと江川竹春の破天荒さにあきれてしまいますね。
年齢を重ねるにつれて健康に不安を抱えて、女性たちからも妻子からもそっぽを向かれるのは自業自得なのかもしれません。
その一方では自らを「常識人」と言い張る弥生や、父親に負けず劣らずの変わり者・原郎のキャラクターも味わいがあります。
いつかは別れがくる祖父・孫のつかの間のひとときを、いつまでも見守っていたくなるでしょう。
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