著者:芥川龍之介 1920年1月に春陽堂から出版
魔術の主要登場人物
私(わたし)
魔術に興味がある。真面目。
ミスラ君(みすらくん)
カルカッタ生まれ。魔術師。
お婆さん(おばあさん)
ミスラ君の世話人。優しそう。
ずるがしこい友人(ずるがしこいゆうじん)
私の友人の一人。悪知恵がはたらく。
魔術 の簡単なあらすじ
「私」が、1か月前から仲良くしているカルカッタ生まれの「ミスラ君」は、ハッサン・カンの若き魔術師です。
以前からミスラ君の魔術のうわさを聞いていた私は、魔術を見せてもらう約束をして、ミスラ君の家を訪れます。
部屋でいくつかの、不思議な魔術を披露してもらうと、私は、たちまち、ミスラ君の魔術に魅了されてしまいます。
私にも、魔術を教えてほしいと懇願します。
そして、「欲を捨てること」を条件に、私はミスラ君から魔術を習うことになったのです。
魔術 の起承転結
【起】魔術 のあらすじ①
ある雨の降る晩に、「私」は人力車に乗って、大森界隈の竹藪に囲まれた、小さな西洋館を訪れました。
ペンキのはげかかった古い玄関に、「印度人マティラム・ミスラ」と、書いた新しい表札がかかっています。
マティラム・ミスラ君は、カルカッタの生まれで、永年インドの独立を望んでいます。
さらに、ハッサン・カンというインドで名高いバラモンの秘法を学んだ、若き魔術師です。
私は、一月前から友達の紹介で、ミスラ君と友達になりました。
会ったときは、いつも政治経済の問題などは、ディスカッションしていましたが、ミスラ君が魔術を使う場面には、まだ、遭遇したことがありませんでした。
私は、ミスラくんの魔術に大変興味をもっています。
そこで今夜は、前もって魔術を見せてもらう約束をして、訪ねたのです。
玄関の呼び鈴を鳴らすと、小柄な日本人のおばあさんが案内してくれました。
玄関の突き当たりがミスラ君の部屋です。
「雨の中よくおいででした。」
と、ミスラ君は元気に挨拶をしました。
私は椅子に腰かけて、石油ランプに照らされた、薄暗い部屋を見渡しました。
洋風な質素な部屋に、古ぼけた家具が置かれています。
赤い花模様の派ではテーブルかけでさえ、すぐ破れそうなほど糸目があらわになっています。
私たちがしばらく竹藪に降る雨の音を聞いていると、世話人のおばあさんが紅茶セットを持ってきました。
ミスラ君が葉巻を1本勧めてくれたので、マッチの火をつけながら、ミスラ君の使っている精霊がジンという名前で、魔術でもジンの力を借りるのか質問しました。
精霊のジンが信じられていたのは、アラビア夜話の時代の、もう何百年も前で、ミスラ君がハッサン・カンから学んだ魔術は、私が使おうと思えば使えるというのです。
なぜならそれは、ただの催眠術だといいます。
「ごらんなさい。
この手をただ、こうしさえすればよいのです」ミスラ君は手を上げて、2、3回私の目の前で三角形を描くと、その手をテーブルの上にもっていきました。
そして、テーブルに織り込んである花を摘まみ上げたのです。
【承】魔術 のあらすじ②
私はびっくりして、前のめりになって、その花を見つめました。
確かにそれは、ついさっきまで、テーブルかけの中にあった花模様の一つでした。
しかもその花はじゃ香のような匂いを発しています。
私はあまりのおどろきに、何回も感嘆の声をあげました。
ミスラ君は微笑したまま、その花をテーブルかけの上に落とすと、その花は元通り花の模様の一つに戻っていました。
次はランプをテーブルの上に置くと、ランプは駒のようにくるくる回り始めました。
私ははじめのうちは火事の心配をしましたが、ミスラ君は静かに紅茶をのんでいます。
いつの間にか、ランプはテーブルの上で止まっていました。
ミスラ君はそれらの魔術は、ほんの子供だましだと言います。
ミスラ君は本棚を眺めて、手招きすると、こんどは並んでいた本が表紙を開いて、一冊ずつ動き出し、テーブルの上に飛んできました。
その姿はまるでコウモリのように、ひらひらと宙を舞います。
本はひらひら舞いながら一度テーブルの上に整列して、また順番に本棚へ戻っていきました。
その中の1冊だけ、急にページがパラパラとめくれると、私の膝へすとんと降りてきました。
見てみると、以前私がミスラ君にしていた本でした。
「ながなが、本をありがとう」ミスラ君は、まだ、ほほ笑みながら私に礼を言いました。
「私でも、魔術を使おうと思えば使えるというのは、冗談ではないですか?」以前から評判の、ミスラ君の魔術にすっかり魅了されて、自分でも試したくなりました。
「誰でも使えます。
ただ、、、」ミスラ君は私の顔をじっと見て、真面目な口調で言いました。
「ハッサン・カンの魔術は欲のある人間には使えません。
あなたは欲を捨てることができますか?」「できるつもりです」私はこう答えましたが、「魔術さえ教えてもらえれば」と付け加えました。
ミスラ君はすこし怪しんだ顔をしましたが、大きくうなずいて立ち上がると、「おばあさん。
おばあさん。
今夜はお客様がお泊まりになるから、寝床の準備をしておいてくれ。」
と言いました。
私は嬉しさに胸を躍らせて、ミスラ君の顔をじっと見つめました。
【転】魔術 のあらすじ③
魔術を教わってから、1カ月がたちました。
その日もあの時と同じ、雨のざあざあ降る夜でした。
私は、銀座のクラブの一室で、友人5、6人と、暖炉の前のソファで談笑していました。
ここが東京の中心だからでしょうか、窓の外に降る雨音は、大森の竹藪のようにさびしくありません。
室内の明るい電灯と新しい家具は、精霊でも出てきそうな、ミスラ君の部屋とは正反対です。
私たちは葉巻を楽しみながら、しばらくは競馬の話や猟の話をしていましたが、そのうち友人の1人が、私に魔術を見せてほしいと言ってきました。
私は魔術師らしく、横柄な態度で、いいともと答えると、おもむろに立ち上がりました。
両手のカフスをまくり上げ、暖炉の中の火のついた石炭を、手のひらですくいあげると、みんな尻込みしました。
それから、石炭の火を、みんなの目の前へちらつかせた後、いきなり床へまき散らしました。
そのとたん、手から無数の金貨が雨のように、床へ落ちました。
友人たちはあ然としています。
私は、まずはこんなもんさと、ほほ笑みを浮かべました。
うずたかく、テーブルのうえに積み上げた金貨を囲んで、20万円以上ありそうな金貨を見つめながら、すぐに大富豪になれると盛り上がっています。
ですが、私はこの魔術は欲を出してはいけないから、またすぐに金貨を暖炉にくべるつもりだと伝えます。
友人たちは、こぞって猛反対します。
これだけの大金を、石炭に戻すなんてもったいないといいます。
私はミスラ君との約束を守るために、かたくなに石炭に戻そうと、友人たちと争いました。
ずるがしこい友人が、にやにやしながら、この金貨を元手に、私と友人とでカルタをして、私が勝てば石炭に戻して、友人たちが勝てば、金貨を渡せといいます。
私はその提案にも、首を縦に振らずにいると、ずるがしこい友人は、私がカルタをしないのは、金貨を独り占めしたいからだろうと、あざ笑いながら言いました。
もちろんそんなつもりはありませんが、何度も押し問答しているうちに、カルタで闘う羽目になりました。
【結】魔術 のあらすじ④
最初はいやいやカルタをしていました。
どういうわけか、うそのようにどんどん勝つので、そのうちだんだん面白くなってきて、10分もたたないうちに、夢中になってカルタをしていました。
そして、私が出した金貨と同じだけ勝つと、あのずるがしこい友人が全財産をすっかり賭けるといって、カルタを突き出しました。
そして、私にも金貨のほかに、カルタでかったお金も、全てをかけるように言います。
「私は、この瞬間、欲が出ました。」
この勝負に勝ちさえすれば、山のような金貨ばかりか、カルタで勝ったお金、友人の全財産が手に入るのです。
こんな時のために使わないなら、一体いつ苦労して得た魔術を使えというのだろうと、居てもたってもいられなくなりました。
「9」「キング」私は勝ち誇って、あぜんとする相手の目の前に、カルタを見せました。
すると、そのキングがカルタの外へ、王冠をかぶった頭をひょいとだすと、私を見つめて、にやりと気味の悪いほほ笑みを浮かべました。
「おばあさん。
おばあさん。
お客様がお帰りになるそうだから、寝床の準備はしなくてもよいよ。」
その声は聞き覚えがありました。
外の雨音が急に大森の竹藪のような、寂しいざんざんぶりの音をたてました。
ふと気がつくと、私はまだ薄暗い部屋で、あのカルタのキングのような、ほほ笑みを浮かべているミスラ君の前に座っていたのです。
1カ月経ったと思っていたのは、指にはさんだ葉巻の灰をみても、ほんの2、3分の夢の中の出来事のようです。
私は、自分がハッサン・カンの魔術を、習う資格がないことを理解しました。
同時にミスラ君にも、欲にまみれた私を、証明してみせたことを恥ずかしく思いました。
わたしは、ミスラ君の顔もみられず、頭を下げたまま、しばらく口が聞けませんでした。
ミスラ君は気の毒そうな目で、テーブルの上に肘をついて、「欲をすてるだけの修業ができていない」と、私を静かにたしなめました。
魔術 を読んだ読書感想
「私」という人間を通して、どんな人の心の中にもかならずある、「欲」を上手く表現しています。
「私」は私です。
「私」はあなたです。
私は、超常現象のような、不思議な魔術を見たいと思い、ハッサン・カンの魔術を、操るといううわさのミスラ君の家まで、わざわざ会いに行きます。
誰にでもできる簡単なことなら、自分も使えるようになりたいと思います。
そして、最初は魔術さえ手に入ればいいと無欲になれます。
ですが、実際お金を目の前にすると、欲が顔をだします。
きっと私一人であれば、金貨も暖炉の石炭に戻したことでしょう。
でも、友人たちとの集団心理も手伝い、最後は、魔術を私利私欲のために、使おうとします。
これをミスラ君は、「修業が足りない」という言い方で、たしなめます。
無欲になるのは、修業して得る程、難しいことだと思います。
この作品は読んでる誰もが、自分の中にある欲に、気づかせてくれます。
そして、「欲を出すと、失敗する」という教訓になります。
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