著者:坂口安吾 2014年6月に青空文庫PODから出版
いづこへの主要登場人物
私(わたし)
物語の語り手。マイナーな作家。
女(おんな)
私の同居人。 離婚してからも夫に付きまとわれている。
マダム(まだむ)
10銭スタンドの店主。
アキ(あき)
女の従姉妹。 夫はサラリーマン。
長島翠(ながしまみどり)
私の友人。 文学者を志す。
いづこへ の簡単なあらすじ
早々と人生をドロップアウトした「私」は、自由気ままに小説を書いたり好きな本を読み耽ったりする毎日です。
身の回りの世話を何くれと焼いてくれる女がいましたが、彼女の従姉妹・アキとも間もなく深い仲になっていきます。
逆上した女の元夫から逃げるため東京を脱出した私と女に、夫から見放されたアキを加えた3人で暮らし始めるのでした。
いづこへ の起承転結
【起】いづこへ のあらすじ①
小学校時代の私は大臣やパイロットになるつもりでしたが、新潟中学校を3年生の夏に追い出されてしまいました。
学校だけでなく家庭や隣近所でも憎まれ者になっていた私は、世の中を軽蔑するようになり落伍者に憧れ始めます。
フランス語がいくらか読めるようになると、長島翠という文学青年と一緒に古今東西の海外小説を読み漁る日々です。
自らが理想とする文学のために執筆活動に取りかかりましたが、私の原稿はほとんどお金になりません。
貧乏になればなるほど浪費癖が激しくなり、1カ月の生活費を1日で使い果たしたり他人にお小遣いを渡したりする有り様です。
私は工場街のアパートにひとりで住んでいましたが、いつの間にやら女が毎日のように通ってくるようになりました。
女は私と生活するために離婚したほどの焦れ込みようで、元夫を避けるために温泉や古い宿場町を泊まり歩いています。
女の願いは私が偉大な芸術家として認められることではなく、平凡な人間のままふたりで老いていくことだけです。
【承】いづこへ のあらすじ②
私が深夜1時頃に時々お酒を飲みに行く10銭スタンドが京浜電車の停留所へ行く途中にあり、ひとりで切り盛りしているのは30歳くらいのマダムです。
マダムは酔っぱらうとお客さんを誰彼構わずに引っ張り込む悪い癖があり、私もしょっちゅう誘われますが泊まる気にはなりません。
ある日の午前3時ごろにひとりでスタンドで飲んでいると、裏町の狭い通りから女が出てきて私を迎えにきました。
途端にマダムは不機嫌になって汚い言葉を浴びせてきたかと思ったら、私はお店から追い出されてしまいます。
それからしばらくの間は私は店に足を運ぶことはありませんでしたが、ある時に都心に出かけるためにスタンドの前を通るとマダムに呼び止められました。
その日に限ってまとまった金を持っていたために、私はマダムを連れて落ちる所まで落ちてみようと思います。
昼間からだらしがないと吐き出すように断られてしまったために、私はビール瓶に酒を詰めたものを受け取って家に帰るしかありません。
【転】いづこへ のあらすじ③
女の従姉妹に当たるアキという名前の女性がいましたが、結婚して7年以上が過ぎてからも一向に浮気癖が治りません。
元夫のことで揉めていた女は10日ほど実家に帰省するために、代わりにアキが私の家までやって来て何くれとなく身の回りの世話をしてくれました。
アキを連れ出して海岸沿いの温泉旅館まで出かけると、すべては私の思うように運びます。
金持ちの有閑マダムであるかのように言い触らして大学生とも遊び歩いているアキですが、夫はごく普通のサラリーマンでしかありません。
思いあがっていたアキを懲らしめた私はすっかり得意げになって、逃げるように彼女が旅館を出ていった後は芸者を呼んで夜更けまで大騒ぎです。
酔いつぶれて1泊してから自宅に戻った途端に体調の異変に襲われて、胃から出血して5合以上も血を吐いてしまいました。
アキの報復行為は吐血よりもはるかに手厳しくて、旅館で私と一線をこえてしまったことを女に事細かに聞かせます。
【結】いづこへ のあらすじ④
告げ口によって一時期は半狂乱状態となった女でしたが、怒りがおさまるとアキに見せつけるかのように私に甘えてきます。
すると今度は女の元夫が刃物を持って乗り込んでくる事態にまで発展して、私たちは東京を逃げ出して地方都市のアパートで暮らさなければなりません。
間もなく私たちのアパートに転がり込んできたのは、遊び相手から悪い病気をうつされたために夫から見放されてしまったアキです。
女はいたわりの心が深くて、他に行く宛てのないアキが長々と滞在していても特に嫌そうな表情ひとつ見せません。
懲りないアキは毎日病院で治療を受けながらも、汽車に乗って都市のダンスホールへ男を探しに行ってばかりです。
私は何もかも考える気力を失ってしまい、町にあった小さな図書館でありとあらゆる書物の中から人生の答えを探し出そうとします。
とうとう読み続ける気力もなくなり、私は女とアキの衰えることのない肉欲の陰で息をひそませているのでした。
いづこへ を読んだ読書感想
幼い子供の頃は大いなる夢を抱きながらも、年齢を重ねていくにつれて世を儚んでいるような醒めた主人公の胸の内が伝わってきました。
やたらとプライドと理想だけは高いものの、肝心の小説の出来栄えの方はいまいちなのが笑いを誘います。
主人公が行きつけにしているのは大正時代に流行していたという10銭スタンドで、今の時代で言えばせんべろ居酒屋のようなものなのでしょう。
酒癖の悪いマダムがお店を構えるすぐそばを、京浜電車が駆け抜けていてノスタルジックなムードが満点です。
本能の赴くままに生きる女性たちに振り回された揚げ句に、どこにも行けない男の姿には哀愁が漂っていました。
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