「ヴィヨンの妻」のネタバレ&あらすじと結末を徹底解説|太宰治

ヴィヨンの妻 太宰治

【ネタバレ有り】ヴィヨンの妻 のあらすじを起承転結でネタバレ解説!

著者:太宰治 1950年12月に新潮社から出版

ヴィヨンの妻の主要登場人物

<登場人物�@>「妻」。名前は不明。働いた料理屋での愛称は「さっちゃん」。
本作の主人公であり詩人の妻。控え目ながらも放蕩者の夫を支え続ける女性。<登場人物�A>大谷(おおたに)
主人公の夫であり詩人。妻子のいる家には滅多に帰らず、酒に女に溺れた生活を送る。<登場人物�B>坊や
主人公と大谷の息子。4歳になるが発育が悪く、脳の病ではないかと疑われる。<登場人物�B>料理屋の亭主。名前は不明。
大谷が行きつけの料理屋の亭主。代金を支払わない大谷に悩まされ続ける。<登場人物�C>料理屋の亭主の妻。名前は不明。
亭主と共に家に押し掛ける。実は大谷と不倫していた過去がある。<登場人物�D>工員ふうのお客さん。
料理屋で働き始めた主人公・妻と一夜をすごす相手。

ヴィヨンの妻 の簡単なあらすじ

詩人で極度の放蕩者の夫を持つ妻が、世間に揉まれながらも些細な幸せを享受し生きていくお話です。

時折、家に泥酔して帰ってきたかと思えば何かにひどく怯えている夫の繊細さや孤独を知る妻。

その反動か表では酒に不倫に、挙句は料理屋で窃盗まで働く愚かな夫の後始末をするため、彼女は動きだします。

その場凌ぎの嘘が功を成し、料理屋で働くことになった妻の生活は、家で夫を待ち続ける日々に比べ充実したものとなりました。

ある朝の料理屋で、自分を人非人と非難する新聞記事を読みながら言い訳をする彼に、妻は「人非人でもいいじゃないの。

私たちは、生きていさえすればいいのよ。」

と諭すのでした。

ヴィヨンの妻 の起承転結

【起】ヴィヨンの妻 のあらすじ①

珍しく帰宅した夫

放蕩者の夫・大谷の帰りを待ち続ける妻とその息子。

息子は同年代の子に比べ発育に遅れがあり、身体も弱く、家庭生活は決して豊かではありませんでした。

ある夜、あわただしく玄関をあける音がして妻は目を覚まします。

息を荒げ何かを探しているような様子のおかしい夫が気になって声をかければ、いつになく優しい素振りで、普段はしない息子の心配さえしてきます。

そんな姿を不審に思っていると、玄関から女の声がしました。

玄関に出た大谷と女が言い争っている声に混ざり、男の声も聞こえてきました。

「先生、すっかりもう一人前の悪党だ。

それはもう警察にお願いするより手がねえぜ。」

と告げる男の声は全身肌立つほどの憎悪が籠っていました。

どうやら男女二人は何らかの悪事を犯した夫を追ってきたようです。

やがて男と夫は取っ組み合いの喧嘩を始めます。

大谷の右手にナイフが光り、それを見た男がとっさに身を引いた隙に、大谷はその場から逃げだします。

残されたのは男と女、そして妻。

あまりにも突然の出来事でした。

しかし、そんな悲惨な現場を目にしても妻は動揺することもなく、何処か落ち着いた様子で残った二人を家に上げ、ひとまず事情を聞くことにしました。

【承】ヴィヨンの妻 のあらすじ②

夫の犯した悪事

男と女は、小さな料理屋を営んでいる亭主とそのおかみで、大谷はその店に通う常連でした。

時代は戦時中、物資不足により酒も不足していましたが、夫婦の慎ましい努力により店は何とか経営し続ける事ができていました。

表向きは閉店開業といった状態で、馴染客だけが勝手口から入り、こっそり酒を嗜んでいたそんな頃、大谷は年増の女に連れられてやってきました。

女の方が常連だったため、その連れである大谷を怪しむことはなく、亭主は酒を提供しました。

その日の大谷は「釣りはいらない」と言い、支払いを多めにすまして帰っていったのですが、後にも先にも金銭を払ったのはこの時のみでした。

大谷は酒に強く、初対面では無口で上品に振る舞っていたため、亭主は彼がどんな悪党かを想像もしなかったのです。

その後、大谷は一人で飲みにくることもあれば、別の女を連れて来ることもあり、時には新聞記者や雑誌記者を連れてくることもありました。

どんな時も自分で支払う事はありませんでしたが、女や記者達が時折支払いをすませました。

しかしそれでは全く足りません。

店の大損です。

終戦後の大谷は更に人相が険しくなり、酒量も増え店で掴み合いの喧嘩をしたり、店員の若い女を騙し込んだりしたため、亭主は大谷に、もう店に来ないでくれと頼みました。

しかし、大谷は脅迫紛いな皮肉を返し、また平気な顔をして酒を飲みにきます。

そんな日々が続き、今夜の出来事に繋がります。

この料理屋にはもう貯蓄というものはゼロに等しく、売り上げはすぐ仕入れに回されていたのですが、大晦日が近いということもあり、その夜だけ五千円という大金がありました。

その大金をおかみが奥の戸棚にしまうのを、ひとり酒をしていた大谷は見ていたらしく、急に立ち上がり女を押しのけたかと思えば、五千円札を鷲掴みにしさっさと逃げていきました。

今度ばかりは見逃せない、と大谷を必死に追い、亭主とおかみはこの家に辿り着いたのです。

【転】ヴィヨンの妻 のあらすじ③

料理屋で働きはじめる妻

夫の悪事を聞いた妻は、「後始末は自分がするから一日だけ警察沙汰にするのを待ってほしい」と二人に頼み、明日料理屋に自分が出向かうことを約束し、一夜の猶予を得ます。

深夜、息子の頭を撫で、まどろみながら妻はふと夫の姿を思います。

三、四晩は帰らないことが当たり前の大谷ですが、珍しく帰宅したかと思えば泥酔しきった様子で同じ布団に潜り込み、急にがたがたと震えだして、何かに怯えた様子で必死に助けを乞うてくることがありました。

それは夫の抱える苦悩と弱さ…妻だけが知る孤独でした。

翌日、妻は息子とふらりと外へ出掛けます。

後始末をすると言ったのはその場凌ぎで、本当は何のあてもありません。

約束の料理屋に向かわなければなりませんが、いつになっても良い案は思いつきませんでした。

やがて夜になり料理屋に出向いた妻は、嘘に嘘を重ね、「お金は今晩か明日にはお返しできそうだから、心配はいらない。」

「それまで自分もここでお手伝いする。」

と彼らに伝えます。

それを聞いた二人は、腑に落ちない顔をしつつも妻を働かせてあげることにしました。

その晩、奇跡的に夫が別の女を連れて店にやって来て、盗んだ分の金銭を支払いました。

正確には、連れの女性が立て替えてくれたのです。

嘘が功を成しのでしょうか、妻はその後も料理屋で働くことになります。

彼女は女給としてすぐに人気者になり、お客からは「さっちゃん」という愛称で親しまれるようになりました。

朝起きると髪を整え、化粧をし、お客の前に立つ日々。

数日おきに飲みに来る夫と共に帰路につくこともありました。

大谷は相変わらずの放蕩者でしたが、料理屋で働く生活は以前と比べ、妻にとって充実したものとなっていました。

【結】ヴィヨンの妻 のあらすじ④

生きてさえいればいい、全てを受け入れる妻

料理屋で働いているうちに妻は、この店に通う客は皆犯罪人であること、そして、お客さんだけでなく路を歩いている人も皆、何か後ろ暗い罪を隠していることに気が付きました。

立派な身なりの奥さんが売りに来た酒は、実はただの水だということがありました。

誰もが表面上は最もらしい振りをしながら、裏では罪や嘘を抱えなければ、生きていけない時代だったのです。

そんな風に思えば、大谷はまだ優しい方だと思えてきました。

ある雨の日の夜、仕事を終えた妻は、店に残っていた工員ふうの客に声をかけられます。

傘を持っているから家まで送ると言うので一度は断りましたが、その男性客は引き下がらなかったので、そのまま送ってもらうことになりました。

彼は大谷のファンだと打ち明けました。

家に着き礼を云うと、男は帰っていきました。

しかし深夜になって再び訪ねてくると、「帰りに屋台でまた酒を飲んでしまった。

電車がないから今夜は泊めてくれ。」

と頼みます。

そうして翌る日のあけがた、妻は男に穢されてしまいます。

そんな事があっても、うわべだけは何事もなかったかのように、翌日も妻は店に働きに出ます。

お店の土間には、朝から酒を飲みながら新聞を読む大谷の姿がありました。

自分の事を人非人と非難する記事を読みながら大谷は、この店で起こした窃盗事件の言い訳をし始めます。

妻と息子に良いお正月をさせたかったから窃盗をした、だから自分は人非人ではないのだ、と彼は言います。

そんな大谷の言葉を別段嬉しくも思わなかった妻は「人非人でもいいじゃないの。

私たちは、生きていさえすればいいのよ。」

と応えます。

ヴィヨンの妻 を読んだ読書感想

『ヴィヨンの妻』には、沢山の「どうしようもなさ」が描かれています。

大谷はその象徴です。

最初は、なんて悪党な奴なんだと思いますが、うわべだけ取り繕い裏では後ろ暗い罪を抱えているのは、人間みんな同じなのです。

それをどう受け止めて生きていくか、その答えを見つける物語なのだと思いました。

人は醜く愚かな一面を持ちます。

しかし妻はどこまでも大谷を許します。

自身も男に穢された後ろ暗さを抱えて。

この二人の間には救えない距離感がありますが、妻は決して彼を見捨てません。

たった一人、許しをくれる存在がいれば人は生きていくことが出来るのかもしれません。

「どうしようもない」ことばかりだからこそ、妻の選んだ生という答えが美しく、生々しく、鮮明に胸に響く作品です。

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