【正義の鎖】第5話「ゲームボーイ」

正義の鎖

「おや?」

そろそろ食事を食べ終わったかと、ころあいを見計らってあきらくんのいる部屋に入った俺だが、
やけに物音がしないと思ったら、なんとあきらくんはまたしても布団に潜り込んで寝ていたのだ。

だが、お腹がいっぱいになり体も温まったからか、今回の寝顔は昨晩よりも随分安心しきったものとなりっている。

昨晩はうなされていたが、今は寝息まで立てて布団を一定のリズムで上下に揺らしていた。

(こんなに小さい子があんな寒い倉庫に放り出されていたんだもんな。しかしこんなに疲れているのを見ると相当長い時間閉じ込められていたんだな……)

そのように考えただけでも胸が張り裂けそうな思いがするが、今はひとまず安心して眠っていることにホッとする。

ひとまずここはせっかく眠っているあきらくんを起こさぬよう、慎重に食器を片付けようとテーブルに手を伸ばすが、
食器を重ねた時にカチャリと小さい音を立ててしまい、その音に気がついたか、急にあきらくんが目をぱっちりと開く。

あきらくんは虐待にあっていたせいかどうも物音に敏感なようで、小さな物音にもすぐに気がついてしまうらしい。
少し考えれば分かりそうなことだが迂闊であった。

アキラくんは起きた拍子に目を大きく開けていたが、すぐにいつもの不安そうな表情に戻ってしまい、布団を目深にかぶって目だけをこちらに向けた。

明らかに警戒している。
さて、俺はどうしたものかと考える。

目の前には布団の中から頭の上半分だけを覗かせ不安そうにあきらくんがこちらを見つめている。
自分は危害を加える意図はないということを伝えたいのだが……。

(そうだ!)

俺はあるものを買っていたことを思い出して、すぐ部屋を出る。
1分もしないうちに戻ってきて、差し出したのは紫色のゲーム機だ。
子供を連れてくるにあたり、子供を退屈させてはならないとと用意していたのだ。

「ほらこれ、知ってるだろ?ゲームボーイっていうゲーム機だ」

得意げに差し出すのだが、あきらくんはいまいち要領を得ない表情で、布団から今度は手を伸ばしてゲーム機を受け取る。

ゲーム機を受け取ったあとも画面を眺めたり、下のボタンを押してみたりといまいち釈然としない表情のあきらくんにこちらが不安になる。

「知らない、か?」

俺のその質問に申し訳なさそうに首を縦に振るあきらくん。
ちょっとがっかりするが、ひとまずやり方を説明することにする。

「ひとまず電源を入れてだな……」

説明しながら俺はゲーム機の横の電源をいれ、ゲーム機を立ち上げる。
その後しばらく立ち上がった画面を見つめているが、画面は「GAME BOY」の文字が写ったまま微動だに動かなくなった。

「……おかしいな」
俺が首をかしげていると、あきらくんがゲーム機を裏返して空っぽのカセットを指さした。

「……あ、そういうことか」

当然といえば当然だが、ゲーム機があってもカセットがなければゲームが出来るはずがない。
我ながらうかつであった。

俺はとなりできょとんとした表情をして俺の方を見上げているあきらくんに、謝罪することにした。

「ごめんなあきらくん。今度カセットもちゃんと買ってくるからそれまで待ってもらってもいいか?」

俺のこの問いにあきらくん首を横に振った。

「あ、あの、これだけでも嬉しい……!」
アキラくんはまだ顔は引きつってはいたものの明らかに俺に好意を精一杯示しているように見えた。

「僕はその、こういうのもらったことないから……」

そういってはにかむような表情を見せるアキラくん。
少々安心し俺は当初の目的だった食器の片付けを行うことにした。

食器を一つ一つ盆に載せ開け放しになっていたドアへ向かう。

「あ、あの!」

ドアを足で蹴って閉めようかとした時に、不意に背後から声が聞こえたので俺が振り向くと、あきらくんがいつの間にやってきたのか、俺の真後ろでゲーム機を両手で持ちながら上目遣いでこちらを見ていた。

「ありがとうおじさん……」

「!」

思いもよらなかった言葉に、俺は少々思考が停止する。
なんと返すか少々老いた脳内をフル回転させ、返答の言葉を思いめぐらした。

「お礼なんか……子供はもっと甘えればいい」

考えた結果少々格好つけるような発言になってしまった。
ひとまずそう答えるとドアを閉める。
しばらくそのままの状態で深呼吸をしたが、向かいに姿見があることに気づいた。

明かりがなく薄暗い廊下の姿見であったが、それでも自分の頬が緩んでいるのが分かるほどにやけているやけどを負った中年男の顔が写り、
我ながら気持ちが悪いと思いながら顔を少々引き締める。

「ありがとう、か……」

流し台の横にお盆を置いてから、流し台二一つずつ食器を割らぬように置いていく。

全部置いたら水道から水を流し、食器に洗剤をつけて洗いながら、俺は自分の右目についたやけど跡に触れる。

「別になつかれるつもりはなかったが……まぁ悪いもんじゃないな」

そうつぶやいて俺はふふっと笑うのであった。

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