【夏夢】第10話「疾走」

夏夢

「二人とも正直に答えてくれ、なりすましの犯人はお前らのうちのどちらかか?」
 巧のその質問に目を見開き驚きをあらわにする両者。数秒その状態で固まっていたが、ほぼ同時のタイミングで両者が吹き出す。
「キャハッ!何かと思えばなにそれむっちゃ受けるんですけど」
「なんかむっちゃキモい顔してなんかと思えば……なんですかそれ」
 ここまであまり二人とも何かを隠しているという感じではないがここで追及の手を緩める訳にはいかない。
「違うのか?」
「違うに決まってんでしょ?私ら犯人追ってんですよ?」
「そうそう、そんなマッチポンプみたいなことするのただのバカでしょ?ほら、例の弟くん結局彼は違ったの?」
「聖也は調べたけどやっぱり犯人じゃないと思う。実はな……」
 巧はひとまず二人に美香のスマホをやはり聖也が持っていたこと、そして昨日家に誰かが忍び込んだこと。そしてその犯人がおそらく聖也ではないことなど話す。
「犯人が聖也じゃないとしてその次に美香に近しい人物、そうなるとお前らしかいないだろ」
「ちょっとまって、百万歩譲ってよ?先輩のその仮説が仮に正しいとしたらさ、マヤだってそうじゃん。あいつだって容疑者じゃないの?」
「あいつは多分だけど……違うと思う」
「えぇーなにそれずるい。まさか色仕掛けにでも引っかかってんじゃないの?」
「……え?」
 色仕掛け、そう聞いて一瞬目をつぶって自らに迫ってきたマヤの顔が脳裏を浮かべ、言葉に詰まる巧。その様子を見た夏希はすべてを察したように目を細める。本当にこういうところだけは勘が鋭い女である。
「ちょっとちょっとビンゴかよ……」
「い、いや違うそんなんじゃない!そもそもマヤがそんな俺に媚を売る理由がないだろ。俺は犯人を見つけて罰そうとしてる国家権力の持ち主である警官ですらないんだ、色仕掛けすら使う価値すらないだろ」
「それはそうだけど……」
 ルカはそう引っ込むが夏希はなかなか納得せずメガネをくいッと持ち上げる。
「それにさっきの先輩のその言い方、まるで私たちがマヤより美香先輩に熱心なファンだったなんて聞こえるんだけどもうそう思ってるなら勘違いはやめてほしいな。むしろ一番先に美香先輩のファンになったのはマヤだったんだから」
「え?そうなのか?」
 新たな事実に目を丸くする巧だが、ここでルカが急に元気になって大声で話し始める。
「あぁそうそう!マヤの美香先輩への入れ込みようったらマジでやばかったんだから!うちらもミサンガ作ったりはしてたけど、あいつバレンタインには手編みマフラー編んだりはもちろんだし、毎日毎日美香先輩のSNS確認してついていってたりとかしてたんだから!」
「そもそも私たちをファングループに巻き込んだのもマヤだったよね。まぁ私らも美香先輩のファンではあったけどマヤの入れ込みようはちょっと群を抜いてたよね……」
(そんなことマヤはさっきは一言も……)
 もはや巧は誰を信じれば良いのかすらわからなくなって来て頭がこんがらがってきた。マヤの言うとおり犯人はこの夏希とルカのどちらかなのか。あるいは彼女らの言うことを聞いているとマヤも確かに怪しく思えてくる。いやいっそのこと昨日のアリバイが弱い聖也も今一度疑いなおすべきか。
 いろいろ考えているうちにふとある違和感に気づいた。
(ん?待てよ、なんであいつあの時……)
 その時である。その場にいた三人のスマホがほぼ同時に音を上げ、あたりに緊張した空気が一気に流れる。
 三人はほぼ同じ所作で自分のスマホを開くと通知を確認し、思わず声を上げる。
「こ、これ……」
「美香先輩の……」
「投稿……」
 もっとも先に投稿を確認したのは巧で、その内容はさらに驚きを隠せないものだった。
『今日は久しぶりに弟とお出かけです!』という投稿とともに写っているのは間違いなくあの神社の風景、それに聖也の後頭部であった。
「こ、これって……!」
 巧は思わず椅子を蹴り出さんばかりに駆け出す。ただでさえ市内からこの神社は遠いのである。急がなければ犯人が逃げてしまうかもしれない。
「あっ!ちょっとまって先輩!」
「私らも行こう夏希!」
 バイクを停めている場所が違うのか、夏希とルカは別方向に走り出すが巧はそれに気づきもしないほど全力疾走であった。
(間違いない、犯人はあの女だ)
 黒い髪をたなびかせた姿を想像しながら巧は走る。
(だけどわからないな……。彼女が犯人ならなぜあんなことを?)
 いいえぬ不安と疑問をぬぐい去れないまま巧は走るしかなかった。

【夏夢】第11話「真犯人」
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