著者:小林エリカ 2021年7月に講談社から出版
最後の挨拶の主要登場人物
リブロ(りぶろ)
ヒロイン。やりたいことが多すぎて勤め先がよく変わる。周囲の反対を押し切り自分の意志を貫く。
司(つかさ)
リブロの父。翻訳家でシャーロック・ホームズの愛好家としても有名。
モモ(もも)
司の長女。向上心があって勉強に熱心。
アジサイ(あじさい)
司の次女。寂しがりで早くに家庭を持つ。
ユズ(ゆず)
司の三女。身だしなみに気を使い潔癖性。
最後の挨拶 の簡単なあらすじ
4人姉妹の末子として生まれたリブロは、堅実派の姉たちとは違って異端児としての道を歩いていきます。
家族と向き合いつつ自身のルーツについても興味が湧いてきたのは、父親の司が愛して止まないイギリスの探偵小説がきっかけです。
やがては司は病死、世の中も激動の時代を迎える中でリブロはマイペースな日々を送っていくのでした。
最後の挨拶 の起承転結
【起】最後の挨拶 のあらすじ①
金沢の旧制第四高等学校に通っていた司は、終戦直後にやってきた進駐軍のために英文をタイプする仕事をしていました。
あれほど信じていた日本語には裏切られて、あんなに得意だった英語にはいまや屈辱感しかありません。
そんな時に四高の向かいの古書店でたまたま手に取ったのは、石黒修の「正しく覚えられるエスペラント入門」です。
世界共通語であってどこの国にも属さないエスペラントの語源、「希望する者」という響きに心を引かれていきます。
30歳の時に司は最初の結婚をしますが、1964年の東京オリンピックが開催された頃に妻はふらりと出ていったきり戻ってきません。
彼女とのあいだに授かった3人の娘を男手ひとつで育てていたところ、銀行員でもありエスペランティストでもある2番目の妻とのあいだに生まれたのがリブロです。
モモ、アジサイ、ユズ… フルーツや花の名前を与えられていた上の3人とは違って、リブロの由来はエスペラント語で「本」を意味します。
【承】最後の挨拶 のあらすじ②
一家が練馬のキャベツ畑のど真ん中に購入した一軒家は木造の中古でしたが、裏庭と前庭に車用のガレージまで付いてなかなかの広さがありました。
文字が読めるようになるとリブロには子ども向けの推理小説や外国の童話が与えられたため、その名の通り読書家に育ちます。
特にお気に入りなのが「シャーロック・ホームズの冒険」で、両親はいつか自分たちの手で訳したものをプレゼントするつもりでしたがなかなか見通しが立ちません。
学校を卒業してから旅行代理店に就職したアジサイが、中学時代のボーイフレンドと婚約したのは1989年の4月です。
あらゆる正装行事と記念写真を拒否し続けてきた司も、この時は渋々ながら黒いスーツに白のネクタイを締めて一眼レフのカメラの前に立ちました。
司60歳、母41歳、モモ29歳、アジサイ26歳、ユズ23歳、リブロ11歳… プリントされた写真の裏側には油性ペンで日付と全員の年齢が書き込まれていて、リビングに飾ってあります。
【転】最後の挨拶 のあらすじ③
リブロが初めて海外旅行に行ったのは1991年13歳の時、行き先はスイス・マイリンゲンのライヘンバッハの滝です。
1891年5月4日、ホームズが宿敵モリアーティ教授を、日本武術「バリツ」で投げ飛ばした場所として伝説になっていました。
ふもとの町でリブロはデイム・ドイルという女性、コナン・ドイルの5番目の子どもと対面をします。
町の広場には「シャーロック・ホームズ博物館」が開館する予定で、祝杯のグラスを片手にデイムと司は思い出話が尽きません。
1997年から大学に通い始めたリブロでしたが、中途半端にだらしなく同性の友人のもとに居候をしたり男友だちの家を転々としていました。
携帯電話は電波の届かない場所に置きっぱなしで、メッセージにも返信がありません。
その頃司はシャーロック・ホームズ全60編を翻訳して、全集を刊行する一大事業に取り掛かかります。
緋色の研究、四つのサイン、恐怖の谷、パスカヴィル家の犬、最後の挨拶… 完成したのは5年後の2002年、輝くばかりの黄金色の表紙に包まれた全9巻。
出版記念のパーティーではデジタルカメラで記念撮影をしましたが、これが最後の家族写真となりました。
【結】最後の挨拶 のあらすじ④
2010年、司が自宅で意識を失ったときいたリブロは病院に駆けつけますがすでに息はありません。
ベッドの上の父の顔は固く冷たい土のようで、記憶・過去・存在など全てのものが失われていくかのようです。
あらゆる行事を嫌っていた故人の意向に従って、身内とごく親しい人たちだけのお別れ会が執り行われました。
毎年のように父の命日に集まっていたリブロたちでしたが、2020の春にはウイルスが流行していたためにそれぞれの住まいからLINE通話をだけをします。
2回目の東京オリンピックは延期が決定、モモは病院勤務から訪問介護、アジサイは娘の就職祝い、ユズは化粧品の販売会社。
この10年のあいだに司の全集は文庫になって書店に並びましたが、いまや「シャーロック」と言えばベネディクト・カンバーバッチの方が人気でしょう。
相変わらず散らかった部屋に寝転んでいるリブロは、文庫版のあとがきに訳者が残した「非常に嬉しく思います」という言葉を指先でなぞるのでした。
最後の挨拶 を読んだ読書感想
世界中で愛される名探偵と言えばホームズ、その中でも特に熱心なファンが集まるのがベイカー・ストリート・イレギュラーズ。
日本人として初めてこのクラブへの入会が許されたのが著者の父だそうで、この物語の中でもホームズのマニアックなこぼれ話と偏愛に満ちあふれていました。
4人の女の子たちがひとつ屋根の下で和気あいあいと過ごす姿には、オルコットの自伝的小説「若草物語」を連想してしまうからもしれません。
オリンピックからコロナまでと、その時代の背景も時にドラマチックに絡めてあります。
終盤に突如して訪れる別れが切ないですが、最愛の娘たちへ父が贈ったプレゼントが感動的です。
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