「森崎書店の日々」のネタバレ&あらすじと結末を徹底解説|八木沢里志

森崎書店の日々 八木沢里志

著者:八木沢里志 2010年9月に小学館から出版

森崎書店の日々の主要登場人物

貴子(たかこ)
ヒロイン。九州の大学を卒業してそこそこ良い会社に就職。常に受け身で現実逃避癖がある。

サトル(さとる)
貴子のおじ。長らく定職に就いていなかったが古書店の店主に収まる。誰にでも自由で奔放に振る舞う。

英明(ひであき)
貴子の元カレ。屈託のないスポーツマンだが異性関係にだらしない。

サブ(さぶ)
サトルのお得意様。昭和の文豪を尊敬していて話が長い。

森崎書店の日々 の簡単なあらすじ

恋人の英明に振られて仕事も辞めてすっかり落ち込んでいた貴子が、千代田区にある森崎書店で暮らし始めたのは夏のはじめのことです。

このお店を切り盛りしている叔父のサトルのお手伝いをすることで、少しずつ気力を取り戻していきます。

1年が過ぎて季節が初春に差し掛かった頃、ようやく立ち直った貴子はサトルのもとを旅立ち前に進んでいくのでした。

森崎書店の日々 の起承転結

【起】森崎書店の日々 のあらすじ①

傷心OLがオフィス街から流れ着く

職場の3つ先輩の英明と付き合って1年になった貴子ですが、6月の半ばに他に結婚したい相手がいると打ち明けられました。

胃がまったく食べ物を受け付けなくなった貴子は職場で彼と顔を合わせるのも嫌になり、2週間後には辞表を提出します。

就職活動もせずにアパートに閉じ込もって1日中寝ている貴子のことを心配して電話をかけてきたのは、母親の弟にあたるサトルです。

曽祖父の代に創業した神保町の書店を継いだという話だけは親戚を通じて聞いていましたが、上京してからは1度も会っていません。

腰を痛めて整骨医にお世話になっているために、住み込みで店番をしてくれる人を探しているそうです。

住居スペースも併設されていてプライバシーは保証、お風呂・トイレも完備、家賃と光熱費もすべてサトルが負担。

普段は国立の家から通っているそうで、営業時間以外は誰もお店にいないために誰かに気兼ねする心配もないでしょう。

地下鉄から靖国通りに出て途中でさくら通りを折ると、「近代文学専門・森崎書店」が見えてきました。

【承】森崎書店の日々 のあらすじ②

薄っぺら店員が厚みを増していく

日当たりの悪い8畳ほどの小さな部屋にぎっしりと並んでいるのは単行本と文庫本、床から天井にかけて積み上げているのは全集。

明治時代から文化の中心として小説家や研究者から愛されてきたというこの街を、休憩時間にぶらりと散策してみました。

サトルの留守中に志賀直哉が大好きたという常連客・サブが来店しましたが、貴子ではどこに置いてあるのか分かりません。

パソコンだのケータイ小説だの薄っぺらいものばかりに触れていると、この世界の上辺だけしか見ることができないとお説教されてしまいます。

サトルのアドバイスに従ってお茶を出してニコニコと相づちを打ってあげると、次からは貴子を目当てにして来店してくるほどの変わり身の早さです。

朝早くにシャッターを開けてカウンターで接客、お昼すぎにはサトルが出勤してくるので交代。

相変わらず1日の半分は布団の中にくるまってボンヤリとしている貴子のために、サトルはなじみの古本市やセリの現場に連れ出して知識・経験を広げてくれます。

【転】森崎書店の日々 のあらすじ③

眠り姫を目覚めさせる名著

タイ、ラオス、インド、ネパール、ヨーロッパ… サトルが今の貴子くらいの年齢の時には、バックパックを背負って世界中を旅していたことを打ち明けました。

時間を無駄にしているような罪悪感に囚われていた貴子のために、サトルは 「或る少女の死まで」をそっと差し出してくれます。

著者は室生犀星、主人公は詩人になるために金沢から出てきた青年、テーマは腹違いの姉や友人の恋人との葛藤。

貴子が作中でもっとも心を引かれたのは、仕事も見つからないままで貧困に苦しんでいた主人公の心の傷を癒やすある少女との交流です。

いったん物語の中に入ると時間を忘れてしまい、夜が白々と明け始めましたがページをめくる手を止められません。

この日を境にして貴子がとにかく面白そうな本を手当たり次第に探すようになったのは、胸の奥底で眠っていた読書欲が弾けたのでしょう。

惰眠をむさぼることをやめて行き着けの喫茶店やお気に入りの本屋さんを開拓していた貴子に、突如として英明が「ちょっと会わない?」とメールを送ってきたのは新年を森崎書店で迎えた頃です。

【結】森崎書店の日々 のあらすじ④

古本街に舞い降りた天使

マンションにまで乗り込んでいったサトルは、高校・大学とラグビーをやっていた屈強な体格の英明に対しても一歩も引きません。

10代の後半に人生の価値を見出だせなかったこと、学校や家庭も居場所がなかったこと、姉の出産に立ち会った時に涙を流して喜んだこと。

その赤ちゃんこそが自分の恩人であり天使だというサトルの言葉のおかげで、ようやく貴子は英明に「さよなら」を言うことができました。

昔の仕事のつてで小さなデザイン事務所でのアルバイトとして雇ってくれることになった貴子ですが、遠いところにあるために神保町からでは通勤できません。

新しい部屋を見つけて3月からそこに引っ越すことになり、いよいよここを出ていく日が近づいてきます。

お店で過ごした最後の一夜、サブや地元の人たちが開いてくれた送別会で人目もはばからず泣きさけんだのはサトルです。

出発の朝にやわらかな陽光に包まれた森崎書店に向かって一礼をした貴子は、ひたすらまっすぐを目指して進んでいくのでした。

森崎書店の日々 を読んだ読書感想

古本の聖地としてはもちろん、美術館やミニシアターが立ち並んでいる神田神保町のノスタルジックな風景が思い浮かんできました。

普段はテレビCMで有名な某中古書チェーン店を利用しているという、いかにも今どきの子・貴子が主役。

戸惑いながらも未体験のジャンルの古書に手を伸ばして、心から1冊1冊を大切にするようになっていく姿が印象的です。

久しぶりに再会しためいを我が子のようにかわいがる、おじ・サトルの胸のうちにも感情を移入してしまいました。

モラトリアム女子の爽やかな成長物語でもあり、働く女性への応援ストーリーとも言えるでしょう。

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