「オービタル・クラウド」のネタバレ&あらすじと結末を徹底解説|藤井太洋

オービタル・クラウド 藤井太洋

著者:藤井太洋 2014年2月に早川書房から出版

オービタル・クラウドの主要登場人物

木村和海(きむらかずみ)
本作の主人公。流星予測サービスを運営するweb製作者。

オジー・カニンガム(おじー・かにんがむ)
セーシェルの大富豪。アマチュア天文写真家として趣味に勤しむ。

ジャムシェド・ジャハンシャ(じゃむしぇど・じゃはんしゃ)
テヘラン工科大学所属の宇宙工学者。スペース・テザーを考案した。

ロニー・スマーク(ろにー・すまーく)
起業家。娘とともに民間宇宙軌道ホテルに滞在し、テロの標的になる。

白石蝶羽(しらいしあげは)
元JAXA職員。宇宙開発の未来を憂い、北朝鮮の工作員とともにスペース・テロを実行する。

オービタル・クラウド の簡単なあらすじ

流星予測サービスを運営する木村和海が気づいた衛星軌道上の宇宙ゴミ(デブリ)の奇妙な動き、それはテザー推進宇宙機を悪用した前代未聞のスペース・テロの始まりでした。

標的となった宇宙軌道ホテル滞在中の起業家親子を救うべく、和海はJAXAやNORAD、CIAに協力してテロを阻止します。

軌道兵器の残骸が生み出す流星雨を眺めながら、和海は宇宙開発の明るい未来を願うのでした。

オービタル・クラウド の起承転結

【起】オービタル・クラウド のあらすじ①

謎のデブリと陰謀論

流星予測サービス〈メテオ・ニュース〉を運営するフリーランスのweb制作者・木村和海は、イランが打ち上げたロケットブースターの2段目〈サフィール3〉が異常な動きをしていることに気づきます。

やがて大気圏内に落下して流れ星になるはずのそれは、なぜか逆に高度を上げていたのです。

〈メテオ・ニュース〉を参考に自慢の巨大な電波望遠鏡で天体観測していたアマチュア天文家・オジーは、〈サフィール3〉の異変と周囲で瞬く光を見て、これは軌道兵器ではないかという法螺話をブログに掲載し、観測結果を和海に送り付けます。

そのデータを同僚のITエンジニアに解析してもらった結果、周囲のデブリのようなものが異変の原因だと推測した和海は、同時にとんでもない危険性に気づきます。

もしも軌道上に現在の監視体制をくぐりぬけるデブリが存在するとしたら、人工衛星や宇宙ステーションと衝突事故を起こしてもおかしくありません。

このデブリのようなものは一体何なのか、和海は情報収集を続けます。

【承】オービタル・クラウド のあらすじ②

デブリの正体と〈オービタル・クラウド〉

時を同じくして〈サフィール3〉の異変を察知していた北米航空宇宙防衛軍(NORAD)、和海たちに協力するJAXA、オジーのブログから拡散した陰謀論に反応したCIAなど、様々な組織が調査に乗り出した頃、イランの宇宙工学者・ジャムシェドがデブリの正体に辿り着きます。

それは彼自身が考案したテザー推進機〈スペース・テザー〉でした。

実用化前のそれがなぜ大量に衛星軌道上にあるのか、真実を知りたいシャムシェドは情報提供を求めていた和海にデータを送り、調査協力を依頼します。

データ解析を進めていた和海たちは、不審者に追われて身の危険を感じはじめます。

やがて接触してきたCIAから、敵は北朝鮮の工作員であり、スペース・テザーはテロ利用を目的に打ち上げたものと聞いた和海たちは、テロ阻止に協力することにしました。

〈サフィール3〉の周囲を取り巻き、テザーで弾きながら位置を調整する数万機のスペース・テザーの姿は、まるで軌道上の雲——〈オービタル・クラウド〉です。

このままではオジーの法螺話のごとく、〈サフィール3〉を質量兵器として使用されるかもしれないと考えたNORADは、これを排除せんと動き出します。

【転】オービタル・クラウド のあらすじ③

狙われた軌道ホテルとテロの目的

折しもその時、民間宇宙船が国際宇宙ステーション(ISS)にドッキングするプロジェクトが進行中でした。

宇宙船はドッキング前のミッションで軌道ホテルとして利用されており、起業家であるロニーとその娘のジュディが民間宇宙ツアーPRのために滞在していました。

そこへオービタル・クラウドが衝突コースをとっていることが明らかになります。

やむを得ずNORADが〈サフィール3〉を撃墜しましたが、その余波でホテルは生命維持以外の機能を失ってしまい、残る大量のスペース・テザーを排除しなければ救助活動ができません。

実のところ、テロの実行犯である白石にしてみれば〈サフィール3〉はただの陽動であり、本来の目的は衛星軌道の占拠にありました。

先進国が打ち上げた人工衛星にスペース・テザーをぶつけて軒並み破壊し、そのデブリで軌道を封鎖している間に、北朝鮮やイランのような技術や資金力に劣る国や小規模組織が追い上げ、宇宙技術全体を大躍進させる計画です。

ロニー達はそのための必要な犠牲だと嘯く白石でしたが、絶望の淵にあってもあきらめずに明るく軌道ホテルと宇宙の様子を実況するロニー達の姿を見て、和海たちはなんとしてでも2人を救う決意を新たにするのでした。

【結】オービタル・クラウド のあらすじ④

流星雨と宇宙開発の未来

スペース・テザーを破壊する方法として、和海はオジーの持つ巨大電波望遠鏡を利用することを思いつきます。

極めて高出力なレーダーが搭載されているため、調整して照射すればテザーを焼き切ることができ、残った終端装置もいずれは大気圏内に落下して消滅するはずです。

しかし、このままオービタル・クラウドがセーシェル上空に差し掛かるのを待っていてはロニー親子救助のタイムリミットに間に合いません。

そこでアメリカ政府に協力を要請し、スペース・テザーが利用しているGPSの位置情報を捻じ曲げ、レーダー波の射程圏内まで誘導することにします。

その試みはなんとか成功して4万機のテザーは焼き切られ、軌道ホテルは無事ISSにドッキングしました。

ロニー達の救助成功とテロの阻止に沸く中で、和海は〈メテオ・ニュース〉を更新します。

その後、スペース・テザーの残骸は次々と大気圏内に突入し、美しい流星雨となりました。

その様子を眺めながら、日本に失望し北朝鮮に拾われてテロを起こした白石や、内戦に揺れるテヘランで地道に研究を続けてきたシャムシェドの言葉を思い出し、和海は宇宙開発の未来について思いを馳せるのでした。

オービタル・クラウド を読んだ読書感想

日本SF大賞を受賞した藤井太洋の長編小説です。

壮大なスケールと美しい情景で描かれるハリウッド映画のような一作です。

宇宙やIT関係の用語はたくさん出てきますが、星空のちょっとした異変に気づいたことをきっかけに世界を揺るがすテロに巻き込まれた人々が、その能力を遺憾なく発揮して鮮やかな解決につなげていく展開には爽快感があります。

登場人物すべてに確固たる信念があり、脇役や悪役でさえ魅力的な部分を携えているので読みやすいです。

大団円の裏側に潜む科学技術の功罪や貧富の差が引き起こす問題について警鐘を鳴らしつつ、希望への一歩を描くエピローグには考えさせられます。

SFにあまり馴染みがない方にもおすすめしたい作品です。

コメント