「ヒッキー・カンクーントルネード」のネタバレ&あらすじと結末を徹底解説|岩井秀人

「ヒッキー・カンクーントルネード」

著者:岩井秀人 2014年7月に河出書房新社から出版

ヒッキー・カンクーントルネードの主要登場人物

森田登美男(もりたとみお)
主人公。10年近く就学も就職もしていない。プロレスラーに漠然とした憧れを抱く。

森田綾(もりたあや)
登美男の妹。演劇と恋に夢中な女子高生。

斎藤圭一(さいとうけいいち)
自称「出張お兄さん」。適応力がありどんな家庭にも溶け込める。

黒木(くろき)
「出張お兄さん」を監督。若者たちの社会復帰を手助けする。

ヒッキー・カンクーントルネード の簡単なあらすじ

15歳の時から家から出なくなった息子の登美男を心配した母親は、「出張お兄さん」だという斎藤圭一を家に連れてきます。

圭一の正体は出張お兄さんではなく、よその家に勝手に上がり込んで居着いてしまう特異体質の持ち主です。

思いきってチャレンジした外出で登美男は失敗してしまいますが、圭一や妹の綾のおかげで少しずつ心を開いていくのでした。

ヒッキー・カンクーントルネード の起承転結

【起】ヒッキー・カンクーントルネード のあらすじ①

自分だけのリングに閉じこもる

森田一家の父親はずいぶんと長いあいだ遠くに働きに行っていて、妻とふたりの子どもたちへの送金を続けていました。

中学3年生の頃から学校に行かなくなった長男の登美男は、25歳になった今でもアルバイトさえしてていません。

「出張お兄さん」というキーワードを入力してインターネットで検索をした父は、詳細を母親に電話で伝えます。

不登校の児童や無職の成人をサポートするプロフェッショナル集団で、ひとりひとり自宅まで訪ねていき会話を重ねて外の世界に連れ出すのが最終的な目標です。

事務所から派遣されてきたのは斎藤圭一と名乗る清潔そうなワイシャツを着た若い男性で、年齢は登美男と変わらないでしょう。

世の中のすべてに無関心な登美男が熱中しているのはプロレスくらいで、今のところは妹の綾が話し相手になっていました。

この春に高校1年生になった綾には彼氏ができて演劇部の活動も忙しくなってきたために、いつまでも兄の側にいる訳にはいきません。

圭一が登美男にとって同世代の友だちのような存在になること、何年か後には実家を出てプロレス団体にでも就職してくれることが母の願いです。

【承】ヒッキー・カンクーントルネード のあらすじ②

3人が描く3つの三角形

いつもより早めに帰宅した綾は、登美男がマスクとコスチュームを身に付けた見知らぬ男とプロレス技を掛け合っている光景を目撃しました。

郵便の配達人と対応するだけで緊張してしまう登美男でしたが、圭一とは初対面ですっかり打ち解けたようです。

出張お兄さんが登美男を治しに来てくれたと母は嬉しそうでしが、綾は「治す」という言葉に違和感を覚えます。

登美男の行動範囲は自室・バスルーム・リビングの3点、母は家・スーパー・ボーリング場の3点、綾も家・学校・駅前の3点。

3つの地点を延々と回り続けているという点では3人とも同じで、綾からすると兄はおかしくもないし治す必要もありません。

それから3日間ほど圭一が森田家に泊まり続けていると、事務所から黒木という女性が様子を見にきます。

黒木の話によると圭一は正式な出張お兄さんではなく、研究対象者として事務所に出入りしているだけです。

幼い頃から家出を繰り返していた圭一は、よそのお宅をいきなり訪れて家族として振る舞うことができる「飛びこもり」でした。

【転】ヒッキー・カンクーントルネード のあらすじ③

おつかいミッションで場外乱闘

お騒がせしたことを謝りつつ黒木は圭一を連れて帰ろうとしますが、登美男としてはせっかくできたタッグパートナーを手放したくありません。

今の事務所から森田家に「移籍」したと言い張る登美男、契約期間が残っているために違約金を要求してくる黒木。

両者の主張がいつまでたっても平行線なために、黒木はひとつの妥協案を提示してきました。

みんなから頼まれたものを登美男がひとりで買ってくることができれば、毎週何曜日かに圭一がこの家に来ることを認めてくれるそうです。

圭一は秋葉原で売っている同人誌、綾は新宿のプロレスショップの携帯ストラップ、母は京成線青砥駅のボーリング用グローブ。

勇気を振り絞って街中に出た登美男でしたが、自分のヘアスタイルや服装が周りからどう見られているのか気になって仕方がありません。

何とかリストアップしてきた商品を買い集めましたが、帰りの満員電車の中でリュックサックの中身をぶちまけてしまいます。

心配になった黒木が駅のホームまでやって来た時には、パニックになった登美男を学生たちが取り囲んで痛め付けていたところです。

【結】ヒッキー・カンクーントルネード のあらすじ④

人生の10カウントゴングはまだまだ先

左目とこめかみの辺りにはピンポン球くらいの大きさのたんこぶ、口の周りには暗い色の血、一張羅のシャツはボタンが取れてボロボロ。

何とも悲惨な有り様で帰ってきた登美男でしたが、「お買い物療法」といって一定の効果があると黒木は種明かしをしました。

登美男のような人たちは誰かを傷つけてしまうことを恐れる半面、誰かを喜ばせることにも人一倍飢えています。

家族や友人のほしがっているものを代わりに買ってくることは、自分の行動が他人に幸せをもたらしたことの証明です。

母がお願いしたグローブも綾のストラップも土だか血だか分からない汚れがこびりついていましたが、せっかくなのできれいに拭いてテーブルの上に置いておきます。

久しぶりにお出かけした反動からか、数日のあいだ登美男は自室で寝てばかりでトレーニングもしていません。

今のところは両親のおかげで生活には困っていませんが、いつかは綾が働いて何とかしなければならない日が来るでしょう。

将来の不安でいっぱいな綾が窓から外を眺めていると、公園の中央に巡業中のみちのくプロレスののぼりが立っています。

登美男の腕を強くつかんだ綾は、全身をつかって万歳をしながら玄関へと駆け出すのでした。

ヒッキー・カンクーントルネード を読んだ読書感想

一日中家にいながらにただただプロレスに情熱を傾けている何とも風変わりな若者、森田登美男が主人公であるために展開が読めません。

家から1歩も出ない登美男に対して「異常」のレッテルを貼る母と、兄を必死で理解しようとする綾との違いが鮮明に浮かび上がっていて面白いです。

家庭内を舞台にしたバトルが繰り広げられているようでもあり、家族がお互いの主張をぶつけ合っているようでもあります。

さらには場外から斎藤圭一や黒木などのぶっ飛んだキャラクターまで参戦してきて、バトル・ロイヤルのような盛り上がりがありました。

ロープに囲まれた小さな居場所で満足していた登美男が、本当の敵と向き合う日が来ることを信じたいですね。

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