「世界一ありふれた答え」のネタバレ&あらすじと結末を徹底解説|谷川直子

世界一ありふれた答え

著者:谷川直子 2016年10月に河出書房新社から出版

世界一ありふれた答えの主要登場人物

積木まゆこ(つみきまゆこ)
ヒロイン。以前は化粧品の販売をしていたが現在は無職。他人の世話を焼くのが好き。

雨宮トキオ(あまみやときお)
新進気鋭のピアニスト。完全主義者で音楽以外に興味がない。

頼子(よりこ)
まゆこの主治医。患者に遠慮がなく鋭い質問を突きつける。

山田まさお(やまだまさお)
まゆこの元夫。教育者から政治家に転身。出世願望が強い。

セリナ(せりな)
キャバ嬢をしながら女手ひとつで娘のカノンを養う。

世界一ありふれた答え の簡単なあらすじ

夫と離婚してから精神的なバランスを崩していた積木まゆこが知り合ったのは、右手が動かなくなってしまったピアニスト・雨宮トキオです。

苦しみながらも再起を目指すトキオと心を通わせていくうちに、少しずつまゆこも前を向き始めていきます。

まゆこはパートナーの暴力や経済的に困窮する女性たちを支援する活動を携わるようになり、トキオは持病を受け入れてカミングアウトするのでした。

世界一ありふれた答え の起承転結

【起】世界一ありふれた答え のあらすじ①

寄る辺のないふたりのめぐり合い

大学の先輩・山田まさおと結婚した積木まゆこは、夫が一介の塾講師で終わるのはもったいないと考えていました。

地元の市議会議員に立候補するように勧めると、まゆこ自身も勤めていた化粧品会社を辞めて当選のために走り回ります。

まゆこが突如として別れを切り出されたのは、若手議員として着実に基礎を固めて市長選も見えてきた矢先のことです。

慰謝料300万円を受け取って駅に近いマンションもあり生活には困りませんが、めっきり食欲が落ちて眠れません。

心療クリニックで受診をしてみるとうつ病と診断されたために、カウンセラーの頼子の指導のもとで治療を続けていました。

冷たい雨が降る冬のある日、まゆこはクリニックの待ち合い室で一緒になった雨宮トキオという男性に誘われてカフェに入ってコーヒを飲みながら雑談をします。

国立の芸大を卒業してフランスに留学して数々のピアノコンクールで優勝したトキオですが、いま現在では右手の指が動きません。

【承】世界一ありふれた答え のあらすじ②

失われた天使のメロディー

トキオがかかったフォーカルジストニアという病気について、まゆこは専門書を読んだりインターネットで調べてみました。

1日4時間以上練習をするプロの演奏会に多く、同じ曲の同じパートで指がうまく動かなくなるのが主な症状でこれといった治療の手段はありません。

予定されていたリサイタルを中止したトキオは週に1度テレビに出てクラシック音楽の解説をしたり、FMラジオのパーソナリティーをしていますがジストニアのことは隠しています。

音楽こそが完璧な世界でそれだけを愛してきたトキオ、まさおが政界に進出して以来自分の時間のすべてを彼のサポートに当ててきたまゆこ。

生きがいを奪われたふたりのあいだには不思議な一体感が芽生え始めていき、お互いのマンションを行き来しながら交流を深めていきます。

幼い頃に少しだけピアノ教室に通っていたまゆこに、トキオが手取り足取り教えてくれて曲はドビュッシーの「月の光」です。

かつては雨宮トキオが奏でるドビュッシーは、評論家からは「天使の足音」とまで称賛されていました。

【転】世界一ありふれた答え のあらすじ③

相談する側からされる側へ

深夜のコンビニで途方にくれていたのは、同居する男性の暴力から逃げてきたセリナとカノンという若い親子です。

駅の裏にある託児施設の用意されたキャバクラで働いているセリナを、まゆこは自宅に招いて一時的に保護しました。

市議会議員の妻として走り回っていた頃には市の婦人団体やPTAとこまめに連携をとっていて、今でもつながりは途絶えていません。

DVの被害者を受け入れるシェルターに通報して、空き部屋が出るまでまゆこはセリナのお店を会計係として手伝います。

店で働いている女の子たちから悩み事や愚痴を打ち明けられるほど親しまれたまゆこは、あっという間にカウンセラーのような役回りです。

ようやくシェルターに空きが出たという連絡が届いたのは夏が終わって青い空の下を乾いた風が吹くようになった頃で、カノンもすっかり元気になりました。

高校3年生までピアノを習っていたというセリナは、お礼にまゆこの部屋にあった電子ピアノでレッスンをしてくれます。

【結】世界一ありふれた答え のあらすじ④

プライベートリサイタル

長らく向き合えなかったグランドピアノの前に、トキオはまゆこと一緒に座って鍵盤の上で手のひらを重ねました。

相変わらず思うように右手が動かないトキオは、口でまゆこの指に合図を送りながらふたりだけの演奏会の幕開けです。

最初はゴツゴツとしてたどたどしい音色が、やがては滑らかに流れるような旋律へと変わっていきます。

これまで音楽を完全に支配してきたと思い込んでいたトキオは、自分が楽譜や常識に支配されていたことに初めて気が付きました。

間もなく雨宮トキオのブログが更新されて、音楽活動の無期限休止が公式に発表されます。

ジストニアというやっかいな病気にかかっていること、両手でピアノが弾けないこと、これから先も治らない可能性もあること、演奏家はだめでも作曲家として再起できるかもしれないこと。

ブログの最後には添えられているのは自分の右手の代わりをしてくれたある人への感謝のメッセージです。

遠い世界へ行ってしまったトキオのことを思いまゆこは涙を流しますが、不思議な充足感と誇りが胸の内に湧いてくるのでした。

世界一ありふれた答え を読んだ読書感想

離婚によって自分の価値が見出だせなくなってしまった主人公の積木まゆこ、ピアノが弾けずに絶望のどん底にいる雨宮トキオ。

お互いに足りないものを埋め合うかのような、孤独な男女のつかの間の触れ合いが繊細なタッチで描かれていました。

テーマソングのように登場するドビュッシーの名曲の数々も、ふたりの距離感と物語の静ひつさを際立たせる効果はバッチリです。

市長の妻という世間からの評価だけを追い求めてきたまゆこが、始めて誰かに手を差し伸べることの大切に気づく瞬間をうまく捉えています。

ありきたりなメロドラマに仕上げることもなく、それぞれの道を歩んでいくクライマックスも清々しかったです。

コメント