著者：羽田圭介 2010年7月に集英社から出版
御不浄バトルの主要登場人物
渡辺丈史(わたなべじょうじ)
主人公。教材販売会社の入社2年目。物事を深く考えず流されやすい。
直樹(なおき)
渡辺の大学時代の友人｡ 人材派遣会社を退職して無職。スイーツとおしゃれに情熱を傾ける。
山城一樹(やましろかずき)
渡辺の元同僚。出版社の営業担当。うらみを根に持つ性格。
サカタ(さかた)
ファッション雑誌の編集者｡ 野性的な外見にこだわる。
アキオ(あきお)
サカタの後輩｡入社1年目のゆとり世代。
御不浄バトル の簡単なあらすじ
朝の出社前に駅のトイレで渡辺丈史とサカタは毎日のように顔を合わせていますが、会話をすることはありません。
渡辺は被害者のためと自分自身の再就職のために、1年半近く働いてきた教材会社を営業停止に追い込みます。
ファッション関係の仕事をしているサカタは転職を考えている新入社員にアドバイスを送り、編集部に引き留めるのでした。
御不浄バトル の起承転結
【起】御不浄バトル のあらすじ①
就職活動中に息苦しさを感じていた渡辺丈史は、なんとなくの判断基準で企業をセレクトしてフォーマット通りの採用選考を受けていました。
学校法人向けの広告代理店だという説明を疑うこともなく、電信教育センターに入社してしまったのは大学を卒業した1年半前のことです。
その実態は普通の書店に行けば1000円くらいで購入できる教材を、指導料込みという名目で100万円以上で売り付ける悪徳な企業でした。
渡辺は直接的にはセールスには加担していませんが、マニュアル通りに電話で対応しているうちに罪悪感を覚えていきます。
午前8時前に最寄り駅に到着する渡辺にとって、駅ビルの地下にあるきれいなトイレの個室で過ごす数分間は何物にも代えがたい朝の儀式です。
この時間帯には白いシャツの上に黒のジャケットを羽織ったホストのような男性が、洗面台の鏡の前で髪形を整えています。
個室を出る時にすれ違うのはほぼ毎朝のことですが、1度も言葉を交わしたこともなく名前も職業も知りません。
【承】御不浄バトル のあらすじ②
昼休みに会社を抜け出した渡辺は、大学の入学当初に軽音サークルで知り合った直樹に相談してみました。
自己都合で辞めれば失業保険の給付は3カ月待って最長で90日、会社都合の場合は即支給で最大150日。
ふたりの会話を向かいの席から聞いていたのは以前に電信教育センターに勤めていた山城一樹で、消費者庁に知り合いの職員がいるそうです。
会社の不正を示す証拠書類や音声データが手に入れば、電信は営業停止処分に追い込まれて渡辺は会社都合による退職として扱われるでしょう。
その日から渡辺は勤務時間中にトイレの中に隠れて、携帯電話から電信の被害者が作ったサイトにアクセスして会社の内部情報を書き込んでいきます。
トイレを出る際にはポケットの中にマイクロテープレコーダーを忍ばせて、社内での音による証拠収集も忘れません。
消費者庁の立ち入り調査が電信の本社に入ったのは、渡辺が山城に社外秘書類を手渡した6日後のことです。
残りの書類や使えそうな録音テープを持って労働基準局に行った帰りに、渡辺は直樹に「会社都合を勝ち取った」とメールを送信しました。
【転】御不浄バトル のあらすじ③
高校を卒業したサカタはスーツケースひとつを抱えて地元の岩手県を飛び出しましたが、特に資格を持っていたわけでも就職の当てがあったわけでもありません。
上野のキャバクラでボーイとして5年のあいだ低賃金と重労働に耐えながら、小さな出版社でアルバイトを始めました。
若い男性向けのファッション雑誌「メンズアウトロー」で、編集部員として上から3番目のポストにつく頃には30歳を迎えようとしています。
雑誌の校了日が近づくと連日のように終電で帰宅していましたが、次の日の出社時刻は午前8時過ぎです。
改札口を出て編集部のあるビルの4階に向かう前に、サカタは駅の地下にあるトイレに入って洗面台の前を占領しました。
ワックスと小型ドライヤーでヘアスタイルを決めていると、毎朝のように個室の中に入っていくスーツ姿の青年を目撃します。
半年前に大学を卒業してメンズアウトローに配属されたアキオに似ていますが、声をかけるつもりはありません。
【結】御不浄バトル のあらすじ④
一緒に昼食を取った後に立ち寄った大通りにあるカフェで、サカタはアキオから退職を考えていることを打ち明けられました。
アキオにはギタリストになるという子供の頃からの夢があって、先日もオーディションを受けて4000人の中から100人に絞られる1次選考を突破するほどの腕前です。
毎日9時過ぎまで残業しなければならない今の職場では、デモテープの作成はおろかギターの練習もできません。
13日後の誕生日までに決意が変わっていなかったらプレゼントとして退職届けを受け取ることを、サカタはその場で約束します。
当日は真冬の海で撮影を終えた後に、カメラマンや読者モデルがサカタの30歳を祝ってくれました。
モデルのひとりは先々月号のモーターショーの特集を褒めてくれて、企画の発案者であるアキオも嬉しそうです。
同僚たちからプレゼントを受け取った後で、サカタはアキオのポケットから退職届けの入った封筒を奪い取り海に向かって放り込むのでした。
御不浄バトル を読んだ読書感想
就職活動にあまり真面目に取り組むことがなかった主人公・渡辺丈史が、ブラック企業から抜け出せなくなっていく様子にはリアリティーがありました。
勤め先の会社の悪行を明るみにしつつ、ちゃっかり自分は会社都合で退職してステップアップを狙う要領のよさも憎めません。
朝早くにトイレの鏡の前で目線を交錯させるだけで直接的なつながりはない、サカタとの不思議な縁も伝わってきます。
リクルートスーツに身を固めた渡辺よりも、ホストのような外見のサカタの方が仕事に対する姿勢が真面目なのが皮肉です。
社会人として苦労を重ねてきたサカタが、夢見がちな今時の若者・アキオの背中を押すラストに励まされました。
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