著者:戌井昭人 2013年8月に新潮社から出版
すっぽん心中の主要登場人物
田野正平(たのしょうへい)
主人公。無事故・無違反を心がけるトラックドライバー。将来の夢もなく日々の暮らしに変化を求めない。
百々(もも)
愛称は「モモ」でフルネームは内緒。パチンコ店の従業員からキャバ嬢まで職を転々とする。ひどい目に遭うことが多いが立ち直りが早い。
すっぽん心中 の簡単なあらすじ
もらい事故が原因で休職中だった田野正平が上野で出会ったのは、九州から上京してきたという「モモ」と名乗る少女です。
楽にお金もうけができるとふたりで茨城県の霞ヶ浦まですっぽんを採りにいきますが、誰にも買い取ってもらえません。
新しい仕事を見つけたモモと別れた田野は、これまでのことなかれ主義や無気力な生き方を改め始めるのでした。
すっぽん心中 の起承転結
【起】すっぽん心中 のあらすじ①
軽トラックで漬け物のルート配送をしていた田野正平が交差点で一時停止をしていると、赤いBMWに乗った女性が突っ込んできました。
警察の現場検証によって女性のよそ見運転が原因と決まりましたが、彼女はテレビやコマーシャルの仕事をしています。
見舞いにきた黒いスーツの男が田野に手渡したのはわずか3万円の見舞金で、「くれぐれも口外しないように」とは脅し文句のようなものでしょう。
追突の衝撃で首がむち打ち症になった田野は西日暮里の病院まで通っていて、完治するまで配達も休まなければなりません。
はり治療とリハビリが終わると上野まで散歩、アメ横で買い物と昼食、博物館や美術館でアート鑑賞。
不忍池を眺めながらベンチでハトにエサをあげていた田野に、何か食べさせてほしいと話しかけてきたのが百々です。
「百々」は名字ですが親から付けてもらった名前はあまり気に入っていないようで、「モモ」と呼ぶことにしましました。
春日通りにあるとんかつ屋でごちそうしてあげると、モモはお礼に湯島のホテルでマッサージをしてくれます。
【承】すっぽん心中 のあらすじ②
出身は福岡県、早くに離婚した母親とは疎遠、母の妹が経営するスナックに転がり込むものの客同士のケンカで炎上。
母やおばの男運悪さをモモもしっかりと受け継いでいて、交際相手の借金やDVから逃げてきたところでした。
若干19歳ながらも濃密な時間を過ごしてきたモモを見ていると、田野はこれまでの24年間をとても薄っぺらいものに感じてしまいます。
ベッドの上にうつぶせになった田野の首すじから全身にかけてを、モモが丹念にもみほぐしてくれたおかげでだいぶ症状は楽です。
客室のテレビを付けっぱなしにしていると、例のBMWの女が新作ヨーグルトのキャンペーンガールとして映っていました。
ニコニコ笑いながらインタビューに答えるだけでギャラがもらえる彼女とは違って、田野やモモは必死になってお金を稼がなければなりません。
おばの家があった土浦市霞ヶ浦にはすっぽんがいて、1匹5000円ほどで売れるそうです。
1泊したふたりは午前6時にはチェックアウトを済ませて、7時3分発の常磐線に乗り込みます。
【転】すっぽん心中 のあらすじ③
三河島、亀有、金町、馬橋、北松戸、天王台、取手、牛久… 駅名のアナウンスを聞いただけではどんな場所か想像もつかず、哀愁の漂うような景色ばかりが車窓から流れていました。
1時間ほどで着いた土浦駅は西口に大きなショッピングセンターが最近になって完成したばかりで、すっぽんを入れるためのトートバッグを購入します。
東口を出ると県道の向こう側に霞ヶ浦が広がり、青い鉄橋の下の桜川が絶好の釣りスポットです。
20センチくらいはありそうなすっぽんを捕まえようとしましたが、田野の指先に食らいついたかと思うと離れません。
石を拾ってきたモモが甲羅をたたき割り、何とかトートバッグの中に押し込みました。
帰りの車内では田野の右手は包帯でグルグル巻き、足元にはすっぽんの生き血で汚れた白いトートバッグ、モモは千葉県の柏市を過ぎる頃に熟睡。
事情がまったく分からない乗客からすると、ふたりは心中に失敗したカップルのように見えるでしょう。
浅草寺の裏に有名なすっぽん料理の専門店があることを思い出して、南千住で途中下車をします。
【結】すっぽん心中 のあらすじ④
調理室にいたベテランの板前の話によると、いま現在ではほとんどの日本料理屋は天然のすっぽんを使いません。
養殖の方が肉質が柔らかでおいしく、天然ものは独特のにおいが強くて泥をはかせるなど手間暇もかかるからです。
開店の準備や予約の下ごしらえで忙しい板前に追っ払われたモモは、すっぽんを無駄死にさせてしまったと目に涙を浮かべて悔しがりました。
田野が言問通りの先にある食堂に連れていくと、ビールを飲みながらサバの塩焼きを笑顔で完食したので先ほどの出来事など忘れてしまったのでしょう。
八王子に住んでいるいとこから住むところとキャバクラの仕事を紹介してもらったモモとは、上野の改札口で別れます。
田野にとっては目の前に起きたことをやり過ごすのが人生、モモにとってはあえて荒々しく野性的な道を行くのが人生。
昨日までは世界の端っこのつまらないところにいるような気がした田野ですが、少しだけ自分の内面が変化していることを確信するのでした。
すっぽん心中 を読んだ読書感想
軽トラで漬け物を運ぶ青年と、ドイツの高級車を乗り回すセレブリティがぶつかり合うコミカルなオープニングです。
茶封筒に入った1万円札を3枚押し付けられただけで、すごすごと退散してしまう田野正平は何ともさえない主人公ですね。
労災の保険金で昼間から上野をブラブラと散策したりと、それほど悲壮感はありません。
およそ激動とは縁のなかった田野と、10代にしてドラマチックな半生を送ってきたモモとのコントラストも鮮やかです。
すっぽんで一発逆転とはいかなかったものの、ふたりの前に新しい道のりが開けていくかのようなラストにスカッとしました。
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