著者:原田マハ 2012年9月に徳間書店から出版
生きるぼくらの主要登場人物
麻生人生(あそうじんせい)
いじめにあって引きこもっている24歳。
中村真麻(なかむらまあさ)
人生の父方の祖母。蓼科の農村で暮らす。
中村つぼみ(なかむらつぼみ)
人生の父の再婚相手の連れ子。対人恐怖症の21歳。
生きるぼくら の簡単なあらすじ
小学生のころ両親が離婚し、以来、母と貧しい生活を送っていた麻生人生は高校の時、壮絶ないじめにあい、引きこもりになります。
ある朝突然、母が置き手紙と年賀状の束、そして5万円を置いて失踪しました。
年賀状のなかに、もうすぐ死ぬと書いてある父方の祖母の名前を見つけ、慌てて蓼科へ向かいます。
そこには父の再婚相手の娘、つぼみもいました。
3人が肩を寄せ合い、生活する中で人生が自分の「人生」を取り戻していきます。
生きるぼくら の起承転結
【起】生きるぼくら のあらすじ①
麻生人生は、小学校で父と離別し、小さなアパートで母と貧しい生活を送ってきました。
高校生の時、陰湿で執拗ないじめにあい、不登校になり、引きこもります。
いじめられても何とか登校しようと頑張りますが、力尽きてしまいます。
就職を試みるも、厳しい結果となってしまいました。
人生の生活は変わらぬまま、自室に閉じこもってケータイゲームばかりしていました。
母は何とかして人生と会話しようと声かけをしますが、人生は心を閉ざしたままでした。
7年経ったある日、母が突然いなくなってしまいました。
疲れたという手紙と5万円、そして今年届いた年賀状の束を置いて出て行きました。
手紙には年賀状の差出人の誰かに助けを求めるよう書いてあり、そのなかに、子供の頃家族で行った、大好きだった祖母の名前を見つけました。
年賀状には余命数ヶ月で、もう一度会いたいと書かれてあり、人生は祖母に会いにいく決心をしました。
それは人生が引きこもり生活に終わりを告げる瞬間でした。
【承】生きるぼくら のあらすじ②
電車に乗り、人生は蓼科へ向かいました。
久しぶりの外の空気です。
最寄駅に着いて、そこからはタクシーしか交通手段はなく、所持金も少ないことから躊躇します。
駅前の蕎麦屋の女将さんと何気なく話していたら、人生の祖母と知り合いだということがわかりました。
女将さん(志乃さん)は車で人生を祖母宅へ連れて行ってくれました。
久しぶりの再会となりましたが、残念なことに祖母は全く人生のことを覚えていませんでした。
祖母は認知症になってしまっていたのでした。
更に、祖母には人生の知らない若い女の子の同居人がいました。
つぼみという名前の21歳の女の子で、どうやら別れた人生の父の再婚相手の連れ子でした。
しかも、人生の父は昨年病死していたことがわかりました。
3人で暮らす生活が始まり、しばらくして祖母のお気に入りの場所、御射鹿池(みしゃかいけ)へ連れて行ってもらいました。
そこは昔、人生が祖母から教えてもらった美しい池で、東山魁夷(ひがしやまかいい)という有名な画家がモチーフにして絵を描いたほど綺麗な場所でした。
そこで祖母が写真を撮ろうと人生の携帯電話を使っていたら、誤って水没してしまい、そこから歯車が狂い始めて、人生は東京へ帰ると言い出します。
しかし、電車に乗り込むことはできず、祖母の家に戻ったのでした。
【転】生きるぼくら のあらすじ③
祖母は人生を涙で再び迎えてくれました。
人生は清掃会社で清掃の仕事をもらうようになりました。
つぼみが車で送迎してくれ、祖母が弁当を作ってくれました。
それまでの人生の生活とはガラリと変わりました。
初給料でケーキを買って、お金も祖母に渡すことができた時、祖母と母の姿が重なりました。
過去、引きこもってばかりいないで、母にも同じようにするべきだったと、人生は後悔しました。
祖母は小さな田んぼを持っていました。
昨年までは人に手伝ってもらいながら何とか米作りができていましたが、今年は体力的に難しいと諦めていました。
そこで、人生とつぼみが米作りをしたいと言い出しました。
祖母の米作りは昔ながらの手法で、ほとんど機会を使いません。
そのため大変そうでしたが、それを聞いても二人はしたいと言うのでした。
しばらくして、祖母の認知症が悪化します。
介護なしでは生活できなくなり、つぼみがつきっきりで祖母の世話をすることになりました。
人生の清掃業務の派遣先に田畑さんというおじさんがいて、その息子は東京の大学で就職活動中ということでした。
彼は、希望の職に就けないので留年したいという甘い考えの子で、しっかり地に足を付けている人生の生き様を見せたいと、人生の田んぼを息子に手伝わせて欲しいと言いました。
手伝いにやって来た息子、純平は想像通りのチャラチャラした子で、こんな田んぼの仕事なんて、と悪態をつき、出て行ってしまいました。
【結】生きるぼくら のあらすじ④
真夏になっても田んぼの農作業は続きました。
炎天下の中、草取りをしたり、祖母の世話も大変になって来たりと、忙しい日々は続きました。
人生は喧嘩別れした純平のことが気になっていたのか、生長した稲の写真を送り続けて1ヶ月くらい経ったある日、純平がついに戻って来ました。
気持ちを入れ替えたようで、大企業でなくてもいいから、就職先を探すと意気込んでいました。
後に、小さいながらも営業職の内定を得ることができました。
稲の生長とともに、時折、祖母も人と意思疎通ができる日が出て来たりしました。
つぼみと人生も少しずつ仲良くなって、お互いを大事な家族の一員と思うことができるようになって来ました。
稲刈りして無事お米ができ、新米を手伝ってくれた人に振る舞うことができ、皆で喜び合いました。
ふとした話から、今年の年賀状は祖母が送ったのではないことが判明しました。
送ったのは亡くなった父でした。
祖母を借りて、父が人生たちに宛てた年賀状だったのでした。
別れて時が経っても、父は人生のことを思っていたのでした。
人生は母に祖母達と写した写真を送信しました。
母からすぐに返事が来て、母の無事と再会を約束しました。
人生は母に会いに東京に戻りました。
母に、一緒に蓼科で暮らさないかと提案するつもりです。
生きるぼくら を読んだ読書感想
原田マハの小説はどれも気持ちが温かくなるものですが、今回の作品も同様でした。
主人公が引きこもっているところから始まったので、最初はどうなるかハラハラしました。
やはり家族の絆は深いです。
人生の両親を思う気持ち、祖母を思う気持ち、祖母が息子の死を悲しんでいる気持ち、両親が人生を思う気持ち、に心を揺さぶられました。
引きこもっていた人生が、家を飛び出し、就職先を見つけ、農作業も手伝い、大事な家族や友達が増えていく様は感動的でした。
米作りにも興味が湧いて来ました。
年賀状の種明かしのところは泣きました。
家族って大事だなとつくづく感じました。
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