著者:村上龍 2010年10月に講談社から出版
歌うクジラの主要登場人物
タナカアキラ(たなかあきら)
主人公の15歳の少年。処刑された父から遺言を託され、重大な機密情報を国の指導者であるヨシマツに届けるべく住んでいる島を後にし、壮大な旅に出る。
ヨシマツ(よしまつ)
物語の舞台である2122年の国の指導者。2022年に発見された不老不死の遺伝子「SW遺伝子」を投与されており、遺伝子を巡る重大な機密を担っていると思われる。
アン(あん)
移民の女性。主人公のアキラに協力し、途中から一緒に旅をするようになる。
サブロウ(さぶろう)
アキラと同じく「新出島」に住む少年で、「クチュチュ」と呼ばれる新人類でもある。アキラの島の脱出に協力後、一緒に旅をする
歌うクジラ の簡単なあらすじ
2022年にクジラから発見された遺伝子には、不老不死の力があることが分かり、国民すべてに衝撃を与えただけでなく、その後の国の未来に大きな変化をもたらしました。
遺伝子発見の100年後、国の犯罪者は「新出島」という地域に集められていました。
そこに暮らすタナカアキラという少年は、処刑された父の遺言で、国の権力者に会うために全国を旅することを決めます。
歌うクジラ の起承転結
【起】歌うクジラ のあらすじ①
歌うクジラの音階から、そのクジラが千年を超す長い年月を生きているのではないかと推測され、研究の結果、不老不死の効力を持つ「SW遺伝子」が発見されました。
その後さらに遺伝子に関する研究は進み、人に投与をしても効力を発揮するということが分かり、優先的に権力者や指導者に投与され始めます。
人類の夢でもある不老不死。
しかし、それが現実のことになったというのに、いつまでたってもその恩恵を受けられるのは権力者など一部の上層階級の人間のみです。
あろうことか、犯罪者などの反社会的行為を行った人間は、強制的に寿命を短くさせられるという措置まで科せられるようになりました。
それだけでなく、犯罪を犯した者は、特定の場所に隔離され自由な思考や趣味が全て奪われる強制的な生活を送らされることとなります。
夢の遺伝子発見後の国や社会は、平和で公平で希望にあふれる理想的なものになるのではなく、恐ろしい格差社会、管理社会へと進んでしまったのです。
【承】歌うクジラ のあらすじ②
遺伝子発見後の100年後の世界は、犯罪者たちは「新出島」と呼ばれる島に隔離されていました。
「新出島」で暮らす、主人公のタナカアキラは15歳の少年です。
アキラは島以外の世界や生活を全く知らない少年でしたが、彼の人生は父が処刑されたことによって激変します。
父は、アキラに国の重要な機密が入っているというデータチップをアキラに託し、これを国の指導者のヨシマツという人に渡すようにと告げました。
アキラが暮らす「新出島」では、自由や文化的な生活は全て奪われていました。
住人たちは学を受けることもろくにできないため、敬語も使えず、それぞれに不思議な話し方をしています。
また、島での食事は常に同じものが支給されており、それ以外の食べ物を口にすることはできませんでした。
食材を棒状に練ったものが基本で、アキラを始め島の人間は全て毎日毎食、それだけを口にして生活していたのです。
このような生活に何の疑問も持っていなかった少年が、父の死をきっかけに壮大で危険な旅を始めることになります。
【転】歌うクジラ のあらすじ③
一人で危険な旅に出ることを心に決めたアキラでしたが、彼にはさまざまな協力者が現れます。
まず島からの脱出を手伝ってくれた同郷の少年サブロウ。
そして旅の途中で出会った移民の女性アン。
彼らとの出会いや交流を通して、アキラは自分を取り巻く環境や社会の異様さに少しずつ気付いて行きます。
これまでは、「新出島」という隔離施設のようなところで強制された生活を送っていることに何の疑問も感じていませんでしたが、広い世界を知ることにより、その異様さ、理不尽さに気づかされるのです。
旅の途中で出会う人たちは、協力者や仲間と思えるような人ばかりではありません。
時にはだまされたり、喧嘩や暴力などのトラブルなども当然あり得ます。
しかし、そのような経験は全てアキラの発見や気付き、成長へとつながるのです。
さまざまなトラブルはありますが、アキラの成長と冒険は留まることを知りません。
やがては、自分の使命を全うすべくついには宇宙へと向かうのです
【結】歌うクジラ のあらすじ④
ある特定の者だけが強制的な生活を強いられているという特殊な環境の「新出島」を出て、移動をするごとに広い世界を知ってきた主人公のアキラ。
さまざまな事が彼の身に降りかかりましたが、最終目標が揺らぐことはありませんでした。
それは、父が処刑される前に残した遺言であり、国の権力者のヨシマツに大切なデータを届けるということでした。
父の遺言通り、ついにヨシマツと対峙する時がアキラに訪れます。
不老不死の遺伝子を投与されていたヨシマツでしたが、アキラの若い肉体を自分の物にするために、アキラの父を使って自分の元に呼び寄せたのでした。
アキラも父もヨシマツに利用されていたのです。
その事実を知って驚愕と落胆を感じるアキラでしたが、自分の肉体がヨシマツに乗っ取られて、自分自身ではなくなってしまうことに憤りを覚えます。
自分のアイデンティティも性格も肉体も人生も全て、誰のためのものでもない自分だけのものであるという事を強く実感するのです。
歌うクジラ を読んだ読書感想
村上龍の作品は、その当時の世相を鋭く反映している以外にも、どこか予言めいたものが感じられる物が多いとかねてから思っていました。
この作品も、SF的な要素が楽しめる作品でもありますが、現在やその先の日本の社会の行く末を暗喩しているように思えて少しゾッとします。
10年前に作られた作品であるのに、今現在の社会情勢やその後の社会にも共通するようなことを提示しているのには驚きです。
その反面、主人公の少年の成長が静かな感動を呼び、読み手が自分自身の体験や内面の記憶などと結び付けて、いろいろな解釈ができる作品なのではないかなと思います。
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