著者:綾辻行人 1990年9月に新潮社から出版
霧越邸殺人事件の主要登場人物
鈴籐稜一(りんどうりょういち)
本作の主人公。小説家。本名佐々木直史。
槍中秋清(やりなかあきさや)
鈴籐の友人。劇団「暗色天幕」の主催で演出家。独特の美学をもつ。
芦野深月(あしのみづき)
劇団「暗色天幕」の女優。美しく優しい、鈴籐の想い人。
忍冬準之介(にんどうじゅんのすけ)
開業医。面倒見の良い好々爺。
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霧越邸殺人事件 の簡単なあらすじ
信州の山深く、猛吹雪に遭遇した劇団「暗色天幕」のメンバー8名は、霧越邸と呼ばれる風変わりな洋館にたどり着き、同じく遭難した老医師と共に雪が止むのを待つことになります。
膨大なコレクションに囲まれた豪奢な館で、ある夜劇団員の1人が奇妙に飾られて死んでいるのが見つかります。
犯人は知れないまま次々に不可思議な見立て殺人が起こり、館にはさまざまな予兆が現れます。
最後にとうとう突き止められた犯人は意外な人物でした。
霧越邸殺人事件 の起承転結
【起】霧越邸殺人事件 のあらすじ①
鈴籐稜一は4年前のことを思い出します。
劇団「暗色天幕」のメンバーである鈴藤稜一、槍中秋清、名望奈志、甲斐倖比古、榊由高、芦野深月、希美崎蘭、乃本彩夏は、信州の御馬原へ慰安旅行に行きました。
帰りの山中で送迎バスが故障してしまい、歩いて山を下りることにしましたが道に迷い、さらに大雪が降り出します。
遭難してしまった彼らの前に現れたのは山奥に似つかわしくない巨大な洋館でした。
中に入れてもらった彼らは食事や部屋の用意など厚遇を受けますが、屋敷の使用人はどこか突き放すような態度で、主人に礼を言いたいと頼んでも会わせてはもらえません。
8人と同じく雪に降られて逃げ込んだという地元民の忍冬医師は、この霧越邸の人間は付き合いをしない変わった人々であることを教えてくれます。
劇団の8人と忍冬医師は天候が落ち着くまで霧越邸にやっかいになることになりました。
翌日に大事なオーディションを控えていた蘭は不満そうでしたがどうすることもできません。
邸内には骨董品などのコレクションが大量にあり、不思議なことに、9脚の椅子、深月にそっくりな肖像画、忍冬模様の絨毯、賢木の煙草盆など遭難者たちの人数や名前を示すような符牒が隠れていました。
翌日も天候は回復せず、邸内を見て回っていると家の中をうろつくなと注意されてしまいます。
その夜、サロンで賢木の煙草盆がひとりでに落ちて割れました。
【承】霧越邸殺人事件 のあらすじ②
3日目の朝、客人たちは執事に起こされ、正餐室に集められます。
そこに待っていた屋敷の主人である白須賀氏は、温室で榊が殺されていたことを知らせました。
見に行ってみると、遺体には如雨露の水がかけられ、傍らには赤い木履と北原白秋の詩集が置かれていました。
これは白秋の「雨」にちなんだ見立て殺人であると考えられます。
白須賀は客人たちの中にいるであろう殺人犯を見つけ出せと、槍中を探偵役に指名しました。
白須賀の主治医である的場と忍冬が死亡推定時刻を割り出し、アリバイを検証していくと、槍中、鈴藤、甲斐の3人にはアリバイがありました。
さらに動機について考えていた時、テレビのニュースで、榊が強盗殺人の容疑者として警察に追われていることが報じられます。
その事件の被害者は鳴瀬という名前で、この霧越邸に同じ名前の使用人がいます。
もし彼が被害者の血縁であれば動機になりうるのではないかと考えられました。
事件のあった夜、榊から電話を受けた深月は、榊と一緒に蘭ともうひとり誰かがいたようだと思ったようです。
鈴籐が深月とその話をしていると、激しく錯乱した蘭がやってきます。
忍冬が鎮静剤を与えてどうにか落ち着かせたものの、その錯乱ぶりはどうやらなにか薬をやっているのではないかと思われました。
夕刻、鈴籐は温室の蘭によく似たカトレヤが萎れているのを発見し、不吉な予感を覚えます。
さらに、白須賀や使用人たちが隠している何者かが屋敷にいるのではないかと疑念を抱きました。
【転】霧越邸殺人事件 のあらすじ③
4日目の朝、中庭のテラスの上で希美崎蘭の遺体が発見されました。
その遺体には折り鶴が挟まれていました。
「雨」の2番は家で千代紙を折るという内容なので、この殺人もまた「雨」の見立てではないかと思われました。
4年前に白須賀氏の妻や使用人の身内が亡くなった火事のことを聞き、その火災の原因は榊の実家にあったかもしれない、だとしたらやはり家人たちが犯人なのではないかと疑いますが、的場はこの家の者達はそういうことは考えないと言います。
そして深月によく似た肖像画が突然落下したあと、食堂に集まっていた客人たちは眠り込んでしまいます。
目が覚めると深月が殺されていました。
その傍らには「雨」の3番に出てくる雉の剥製が置かれていました。
美しく優しく誰からも恨まれることなどなかったような深月が殺されたことに、誰もがショックを受けます。
どうやらコーヒーに睡眠薬が仕込まれていて、眠らされた間に犯行が行われたようで、屋敷の人間たちにはアリバイがありました。
そして今度は礼拝堂のステンドグラスの丁度カインの頭の部分が突然ひび割れます。
直後に甲斐が錯乱して雪の中に飛び出して行ってしまいますが、幸い命にかかわるようなことはなく助け出されました。
誰が犯人たりうるかとひとり考えていた鈴籐は、今知っている人物には3つの殺人を行うことはできなかったと結論を出し、いよいよ隠れた何者かの存在について考えるようになります。
その夜、鈴籐と甲斐はチェンバロを弾く何者かを目撃しますが、その正体を突き止めることはできませんでした。
【結】霧越邸殺人事件 のあらすじ④
次の朝、ホールの踊り場で、甲斐が首を吊って死んでいるのが見つかりました。
その状態から自殺ではないかとも考えられましたが、踊り場の芥子雛が倒されており、これは「雨」の4番のようにも思われます。
ここに至って、槍中は犯人が分かったと白須賀に告げます。
犯人は甲斐で最後に自殺した、芥子雛はそのとき衝撃で偶然倒れたというのが槍中の考えでした。
榊殺しについて甲斐にはアリバイがあると思われていましたが、温室と外の温度差を利用したトリックを使えば彼にも犯行は可能でした。
動機は榊が起こした強盗殺人に蘭と共に甲斐が関わっていて、東京に帰る前に口を封じなければならなかったこと。
深月も自分の存在に気づいていたかもしれなかったために殺されたのだと槍中は結論づけます。
槍中が自分の推理を語り終えたとき、どこからかピアノの音色が聞こえてきます。
演奏していたのは今まで姿を隠し続けていた白須賀の息子、彰でした。
彰は、芥子雛は告発のために自分が倒したと言います。
彰の推理は、榊と蘭を殺したのは甲斐だが、蘭の見立てを行ったのは別の人物であり、その人物が深月と甲斐を殺したというものでした。
そしてその人物に該当する人間とは、槍中秋清です。
彼が犯人であるという証拠もありました。
槍中は霧越邸に魅力を感じ、同じく魅力的に思っていた深月はここで死ぬべきだと、屈折した美学に基づいて犯行を重ねたのでした。
全てを語った槍中は自ら命を絶ち、霧越邸の惨劇は幕を下ろしました。
霧越邸殺人事件 を読んだ読書感想
芸術や文学の情報がとても濃厚で読みごたえがありました。
重厚な空間づくりに、吹雪の山荘や見立て殺人など典型的な要素に引きずり込まれていく空気感が良かったです。
推理小説のロジカルなところとは少し離れたスピリチュアル的な部分のある作品なので、人によって好みがわかれるかもしれません。
真犯人の動機がとても好みでした。
ここまで丁寧に描かれてきた思想やその人の生き方といったものがよく表れていて、確かにこうするだろうなと強く納得できました。
決して褒められた美学ではありませんが、こんな強い意志、自分にとっての美しいものを探してみたいと思わされました。
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