著者:芥川龍之介 1989年1月に筑摩書房から出版
アグニの神の主要登場人物
遠藤(えんどう)
書生。自分の仕える主人の娘、妙子を探している。勇猛果敢な性格。
妙子(たえこ)
遠藤の主人の娘。印度人の婆さんに捕らわれており、そこでは恵蓮(えれん)と呼ばれている。
印度人の婆さん(いんどじんのばあさん)
占い者。妙子の身体にアグニの神を取り憑かせて予言を聞き、悪事を働いている。
アグニの神(あぐにのかみ)
印度人の婆さんが呼び出す神。荒々しい男の声で喋る。
アグニの神 の簡単なあらすじ
遠藤はある日、二階の窓から顔を出していた女の子に目をとめます。
それは、去年の春に行方不明になった妙子に間違いありませんでした。
遠藤は彼女のいた部屋へと向かい、そこにいた印度人の婆さんに妙子を返すように詰め寄りますが、婆さんの使う魔法の力によって、追い払われてしまいます。
妙子はアグニの神が降りてきたふりをして、自分を家に返すように婆さんに言おうとしますが、魔法の力に逆らえず眠ってしまいました。
妙子に乗り移ったアグニの神は婆さんの悪事に怒り、罰を下します。
物音を聞いて中に入った遠藤は、無事な妙子と死んでいる婆さんを見つけるのでした。
アグニの神 の起承転結
【起】アグニの神 のあらすじ①
支那の上海のある町に、人相の悪い印度人の婆さんが一人、商人らしい亜米利加人と話をしていました。
占いを頼みに来た商人に、婆さんはもうやっていないと返しますが、商人が小切手を出すと一転して承諾します。
商人は日米戦争がいつ起きるのかを問い、婆さんは明日までに占っておくからと言って商人を帰らせました。
その後婆さんは部屋の奥にいた少女、恵蓮を呼び立て、今日アグニの神にお伺いを立てるからそのつもりでいろと言いました。
しかし恵蓮が窓の外をぼんやりと見ているので、また私を馬鹿にするのかと婆さんは怒り、彼女に向かって箒を振り上げます。
ちょうどその時、窓から顔を出した恵蓮を見ていた男がいました。
遠藤という書生です。
彼は通りすがりの人力車夫から、あそこには魔法を使う占い者の婆さんが住んでいるとの情報を得ました。
遠藤が女の子のいた部屋へと向かい、そこにいた占い者の婆さんに、去年の春から自分の主人の娘である妙子が行方不明になっていると言います。
その子はまさしく、先ほど部屋から顔を出していた女の子でした。
遠藤はピストルを構えて彼女を返せと婆さんを脅しますが、婆さんの使う魔法の力によって、部屋から追い出されてしまいました。
【承】アグニの神 のあらすじ②
その夜の十二時に近い頃、遠藤は婆さんの家の前にいました。
なんとかして妙子を連れ戻したいのですが、警察に行ったところで役に立たないのは知っていましたし、ピストルが使えないことも昼間の一件で分かっています。
すると、二階からひらひらと紙切れが舞い落ちてきました。
そこには妙子の文字が書かれています。
それによると、この家の婆さんは恐ろしい魔法使いで、時々妙子の身体にアグニという印度の神さまを乗り移らせ、いろいろな予言をさせるのだとありました。
ですが、今夜はその魔法にかかったまねをして、私をお父様の元へ返さないとアグニの神が婆さんの命を取ると伝える、そうすればアグニの神を怖がっている婆さんは私を返してくれるだろう、と書かれていました。
そうしているうちに婆さんの部屋の窓が暗くなり、不思議な香の匂いが遠藤の元へと漂ってきました。
その頃部屋の中では、婆さんが魔法の書物を広げながら頻りに呪文を唱えていました。
妙子は遠藤に手紙が届いているかどうかと不安に思いながらも、アグニの神が乗り移ったようにみせる機会をうかがっていました。
婆さんは呪文を唱えてしまうと、妙子を巡りながらいろいろな手振りをします。
そのうちに妙子はいつものように眠くなってきてしまいました。
妙子は心の内で日本の神々様に何度も祈りますが、眠気は強くなるばかりです。
そのうちアグニの神が降りてくる前になると聞こえる、銅鑼を鳴らすような音が伝わり始めました。
妙子はアグニの神さまに、どうか私の申すことをお聞き入れくださいましと願いましたが、やがて婆さんが床の上にひれ伏したまましわがれた声を上げたときには、ぐっすりと寝入っていました。
【転】アグニの神 のあらすじ③
婆さんのアグニの神さまを呼び出す魔法を使っているのを、遠藤は戸の鍵穴から見ていました。
最初は往来で夜明けを待とうと考えたのですが、妙子の身を思うとじっとしてはいられなかったのです。
しかし戸の鍵穴からでは、死人のような妙子の顔がやっと見えるだけの状態でした。
それでも、婆さんのしわがれた声は、遠藤の所まで聞こえてきます。
婆さんがアグニの神に、自分の願いを聞き入れてほしいと言うと、座っていた妙子が口を利き始めました。
しかしその声は少女の声とは思われない、荒々しい男の声です。
声は、悪事ばかりを働く婆さんの言うことは聞かない、今宵罰を下すと伝えます。
あっけにとられる婆さんに、つづけて、妙子を今夜のうちにもとの父親の元へ返すように言いつけました。
婆さんは妙子が騙そうとしているのだと思い、彼女にナイフを突きつけて、正直なことを白状するようにと怒ります。
ですが声はあざ笑うように、おれはただお前に尋ねるのだ、すぐに子の女の子を送り返すか、それともおれの言いつけに背くか、と言いました。
婆さんはちょいとためらいましたが、片手に妙子の襟髪を掴んで引き寄せると、まだ強情を張るのなら命を取ってやる、とナイフを振り上げます。
妙子の命がなくなってしまうと、遠藤は錠のかかった入り口の戸をむりやり開けようとしました。
しかしいくらやっても戸は開きません。
【結】アグニの神 のあらすじ④
そのうちに部屋の中から、誰かの叫び声が聞こえてきました。
遠藤は妙子の名前を呼びかけながら何度も体当たりし、とうとう入り口の戸をこじ開けます。
部屋の中はしんとしていました。
遠藤はわずかな光を頼りに辺りを見廻し、椅子に腰掛けたままの妙子を見つけます。
妙子は頭に後光でもかかっているかのような、厳かな雰囲気でした。
遠藤が何度か呼びかけると、妙子は目を覚まします。
早く逃げようという遠藤に、妙子は、計略はだめだった、私が眠ってしまったから、と言いました。
遠藤が、あなたはちゃんとアグニの神が降りてきたふりをやりおおせたではありませんかと尋ねると、妙子は、私は眠ってしまったからどうなったのかは知らないと返します。
おばあさんがいるから逃げられないでしょう、と妙子に言われ、遠藤がもう一度部屋の中を見廻すと、魔法の書物が置いてある机の下に、婆さんが仰向けに倒れていました。
自分の胸にナイフを突き立てて死んでいます。
婆さんが死んでいることを伝えると、妙子は、遠藤さんがおばあさんを殺したの、と問いかけます。
その言葉に遠藤は、今夜の計略は失敗していたが、結果として婆さんは死に、妙子を無事に取り返すことができたのだという、不思議な運命の力があったことを理解しました。
遠藤は、あの婆さんを殺したのは今夜ここに来たアグニの神です、と妙子に囁きました。
アグニの神 を読んだ読書感想
芥川龍之介の中期頃の作品で、雑誌『赤い鳥』に掲載された童話作品です。
童話であることを意識したからなのか、芥川の書いた数多くの短編の中でも、比較的短めのお話になっています。
悪いことをする人には必ず罰が当たるという、悪を裁く物語として非常にわかりやすい形を取っていますが、一方で童話作品にもかかわらず、婆さんの死に様に関する描写がしっかりとなされています。
人の醜い様を隠すことなく書く、芥川らしい文章です。
童話作品でありながらどこか重々しいテーマを感じさせる内容は、大人になってから読んでもずっしりと胸に響きます。
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