社畜という言葉がある。
会社に飼い馴らされた家畜のような存在、縮めて社畜。
半年ほど前までブラック企業で社畜と化していた私は、ついに今日、奴隷にまで身を堕としてしまいました。
……いや、なにそれ。
奴隷ってあれでしょ、鞭打たれながら馬車馬のように働くあれでしょ。
着るものも碌に貰えず、一日一食、硬く味のないパンと薄いスープだけ。
一日十六時間労働休みなし、給料なしの地獄の待遇。
その先に見えるのは死のみ。
まるで西部開拓時代。
ここは一体どこですか、現代日本でした。
「ふざけないでください!なんで私が!」
「黙れ!」
「っっmmm」
突然声が出なくなって私の頭はパニックに陥った!
なんで叫ぼうとしているのに口がきつく閉じられているのか、
肺が空気を吐き出すのをやめたのか、
考えても理解できない、いやわかっている。本当は理解したく無いだけだ。
なぜなら、男が言葉を発した瞬間私の体が、私の言うことをきかなくなったのがわかったから。
逆らおうとすればするほど、指輪に締め付けられる痛みを感じたから。
「これが奴隷魔法の力だ、理解したか?」
「mんmmん」
魔法なんてあるわけない、あるわけないのに、、、
なのに、私には目の前で起こっていることを説明できない。
「ついてこい」
そう言うと、男はすたすたと歩いて行った。
そして私の両足は勝手にそのあとに着いて歩き始めた。
なんで?どうして?魔法?
どんなに否定しようとしても、私の足は歩みを止めない。
止まろうとするたび、逃げようとするたび指輪の鈍い痛みが襲うだけ。
どれだけ歩いた頃だろう、
私はとうとう思い知ってしまった。
この世界に魔法はあるんだと、
私は本当に奴隷になってしまったんだと
着るものも碌に貰えず、一日一食、硬く味のないパンと薄いスープだけ?
一日十六時間労働休みなし、給料なしの地獄の待遇?
その先に見えるのは死のみ?
数分前まで軽く考えていた冗談が今になって私を追い詰める。
どこか自暴自棄になりながらも私はこれからのことに頭を巡らせるのだった。
流石にこの超人ストーカー男もそこまで外道ではない……はず、
きっとそう、
たぶんそうなんじゃないかな。
そうだといいな。
とりあえず言うことは聞いておこう。
余計なこと言うと不興を買ってそのままさっくり殺されるかもしれない。
唐突に現れて私を奴隷に堕とした謎の男は、ビルの谷間を縫うように歩いていって、そのうちの一つに入った。
入り口の照明はチカチカと点滅しており、ところどころ黒いシミが壁に染み付いていた。
……これ、血とかじゃないよね。
そういう類の物騒なものじゃないよね。
戦々恐々としながらも階段を上る男の後をついていく。
カンカンと鉄の音を鳴らしながら、少しサビ臭い階段を登りきり、3階へ。
鉄の扉をギィと重たい音を立てて開けると。
「おかえりなさいませご主人さまー!ご飯にしますか?お風呂にしますか?それともー」
「今月の給料だ。無くさないようにとっておけ」
「いやーんご主人さま愛してるーっ」
無機質な室内に咲く一輪の花といったところ。
メイド服姿の小学校高学年くらいの少女が男から渡された封筒を大事そうに抱きしめて、くるくると回りながら踊っている。
長い髪が流麗な線を描いていた。
……いや、おかしいでしょ色々。
ご主人さまって何さ一体。
というか幼い子にご主人さまって言わせるとか、まさかこの男、ロリコン……?
「およ?ご主人さま、後ろの方は例の?」
「ああ。こき使ってやれ」
「ほいさー!朝倉ゆいさん、とりあえずコチラの部屋に来てくださいなー」
え、なんで私の名前を……?頭の整理が追いつかない。
そういえばこのロリコン男も私の名前を知っていたし……。
首を傾げながら大人しくメイド服姿の少女についていく。
「わ……」
その部屋は衣装部屋だった。
メイド服、執事服、高校の制服、スーツ、警官の服……わ、スク水まである。
これ旧型のスク水じゃん、珍しい……。
「動きやすい服を自由に選んで着替えてくださいな」
「あ、えと……」
「着替えてから、朝倉さんのおかれている状況を説明しますので」
年齢に見合わない、真摯な眼差しだった。
この訳の分からない状況の中で、私だけは信じてください。
信じられるんですよと言っているような、そんな眼差し。
「服は……このままで、いいです。スーツ姿が一番動きやすいから」
「分かりました。」
それから私は彼女の話を聞いた。
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