【夏夢】第1話「帰郷」

夏夢

東京から新幹線を含め五時間ほどを移動した無人駅「令和駅」

 新年号のブームに乗ろうと安直につけられたこの駅が最寄り駅となるこの我が故郷こそ波野村。ここへ帰って来るのは家を出てからからおよそ一年ぶりとなる。

 田舎の洗礼とも言える牛舎の強烈な臭いに列車を降りてから付きまとってくるショウジョウバエの大群やどこからか聞こえてくるウシガエルの声。その臭さとやかましさと言ったら「引退したら空気のおいしい田舎でゆっくり静かに暮らしたいもんだなぁ」などとのんきに言っていた同僚を連れてきてやりたい場所である。

「さて、次のバスの時刻は……」

 駅から降りてきた黒いスラックスに開襟のカッターシャツを着て、右肩に青いショルダーをしょっているほっそりとした一人の若い男性。彼は駅の横にあるバスの時刻表を見るのだが、次の瞬間には彼は愕然とすることになる。

「げっ……、二時間後かよ」

 東京で暮らすようになったのはおよそ一年前、だがその一年間の濃さは我が故郷での不便さをすっかりと忘れさせてしまうには十分な時間であった。

 当然こんな田舎の駅じゃ通常の駅であれば何台か停まっているタクシーなど望むべくもない。

(仕方ないな、歩いていくわけにもいかないし。あと二時間ここで時間潰すか……)

 そう考えた彼は、どうかネットくらいはつながってくれよと祈りながら暇つぶしにスマホを取り出そうとする。っとそんなとき

「あれ?ちょっともしかしてたく兄?」

 なんだか聞き覚えのある声でそう声をかけられたので思わず前方を見ると、駅の向かいの道路に一台の軽トラックが停まっている。運転席には顔つきの幼いまるで高校生みたいな顔の青年が座っていた。

「やっぱそうだ!たく兄!」

「お前もしかして……聖也か?」

 彼が聖也と読んだこの少年の名は柚木聖也。幼少期からの知り合いで彼とは家が近いということもあり、よく一緒に遊んでいたこともある。二つほど彼が聖也よりも年上ということもあり、学生時代は弟分のようによく付いてきていたものだ。少々絶望的な状況で懐かしい顔に出くわしたことで彼は少し元気を取り戻して思わず軽トラックに駆け寄った。

「いやぁ久しぶりだねたく兄。元気にしてた?」

「あぁ、もちろんだ。そういうお前は車の免許を取ったんだな」

「うん、といってもついこの間の話だからまだこれが付いてるんだけどね」

 聖也はそういって苦笑いしながら前方についている若葉マークを指差す。しっかし軽トラに若葉マークというのはなんともミスマッチである。

「にしてもさっきバスの時刻表見てたけど、まさかバスに乗る気なの?ここの赤字バス三時間に一本しか通んないのに」

「どうやらそうみたいだな。実は俺も今時刻表を確認したんだけど次に来るのが二時間後ってなってた」

「でしょう?俺のトラックの助手席に乗っていきなよ、たく兄んちまでなら通り道だし」

「あ、いや実はだな……」

 ここで彼は少し言葉を濁らせる。

「実は行きたいのは俺の実家じゃないんだ」

「え?そうなの?」

 聖也は少し驚いたような顔をするがすぐまた人懐っこい笑顔に戻って、

「まぁいいや。とにかく助手席に乗りなよ。この村のどこだって俺たちにとっちゃ通り道みたいなもんだし」

「聖也……」

 持つべきものは全く良き弟分である。先ほどバスの時刻表を見たときのテンションとは別人のようになっている彼はウキウキで軽トラの助手席へ乗り込んだ。

「おーっし。んじゃ車動かすよ?」

 そう言ってレバーをローギアに入れ、アクセルを踏み込む聖也。だが、なぜか全く車は動く様子を見せない。

「あれ?おかしいなぁ」

 そう言って更に聖也はアクセルを踏み込むが、ウィンウィンとトラックは音を上げるだけで全く動く様子を見せない。

「聖也……?」

 っと彼が声をかけた瞬間である。急にトラックが前に動き出したかと思うと、ガクガクっと車体を揺らし今度はエンジン音すらもしなくなり静けさが訪れる。

「あははっ!ごめんついこないだ免許取ったから加減がわからなくってさ」

 そう言って笑いながら再びトラックのエンジンをかける聖也。その様子を見ていて思わず不安になった彼は、

「なぁ聖也俺やっぱりここで……」

 っと言葉にするがここで軽トラックが突如猛スピードで動き出し、走り始める。っというか今度はものすごいスピードである。

「せっ、聖也!ちょっと!」

「あぁそうだ!たく兄がどこに行くか聞いてなかったっけ?」

「い、いやその……」

 行くもなにもその運転の乱暴さにすでに逝きそうになっている彼。だがそれでもなんとかやっとの思いで言葉をひねり出す。

「お前の家だ!お前の家!」

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