【ブラックのむこうがわ】第1話「人生ナイトメアモード」

ブラックの向こう側第1話
第1話「人生ナイトメアモード」

 
予想以上に、人生がハードモードでした。

 小学生になってすぐ両親を交通事故で亡くしたし、中学生のときには私を引き取ってくれたお婆ちゃんが詐欺被害にあってほぼ全財産が消えたりしていた。高校時代には受験当日にインフルエンザにかかって浪人するハメになったし、大学生時代に苦労して内定を貰った会社はブラック企業だった。

もしも神様がいるのなら、数年に一回か二回のペースで大きな不幸に見舞われるとかどういう人生なんですかこれと一言言ってやりたい。いやね、もっと不幸な人も世の中にはいるとは思うけど、もうちょっと幸と不幸のバランスを取るべきだとは思うよ、うん。

 いつだったか、「一生で使える幸運の量は決まっている」みたいな話を聞いたことあるけど、仮にそれを信じるなら私の使える幸運はかなり少なかったりするのかもしれない。要は生まれながらの不運体質というべきか。
「はぁ……」

 ブラック企業に勤めて一年と半年で体調を崩し、そのまま退職した私は今日も今日とて職を探していた。が、これがなかなか決まらない。オフィスワークや事務など私が出来る仕事はあるにはあるけれど、大抵が最終選考までに落ちたり例え最終選考まで残ったとしても、その当日に食中毒になって病院に担ぎ込まれたりしてなんだかんだで今まで一社も内定を手に入れることが出来ていなかった。

 そんな生活が半年続いて、大学生とブラック企業勤務時代の貯金に底が見え始めていた頃。

「どうしようかなぁ……」

 就活帰り、コンビニに立ち寄った私は重大な選択を強いられていた。右にするのか、左にするのか……うむむ、どうしよう。

「ふわとろぷりんにしよ……」

 季節限定の桜プリンはまた別の機会に。今日の私はふわとろな気分なのだ。最後一つのふわとろぷりんに手を伸ばそうとしたところで、

「む」

 黒いグローブをはめた手とぶつかってしまった。

「あ、ごめんなさい……」

 誰の手だろうと思ってその腕を辿ると、そこにいたのは私より頭2つ分ほど高い男性だった。目つきは鋭く、服装はもう随分と暖かくなったというのに黒のロングコート。一目で理解した。これは関わったらヤバイ人だ……!

「私はいらないのでそちらにお譲りしますはい、では」

「おい、まて」

 くるりと背を向けて逃げようとした私の腕をがっしりと掴んだヤバイ人。背筋が凍りそうになる。嘘でしょ、手が触れただけなのに因縁つけられるってそんなこと……。

「浅倉ゆい、これはお前に譲ろう」

「え……なんで、私の名前……」

「お前をスカウトしにきたのだ」

 ……ぱーどぅん?

「聞こえなかったか?俺はお前をスカウトしにきたと言ったのだ」

「あっはい、せっかくのお誘いですが私には大切な職場があるので辞退させて」

「氏名、浅倉ゆい。職業無職。趣味、料理。親を早くに亡くし、その後母方の祖母に引き取られる。その後……」

「え、ちょっ、あの」

 なんなんだこの人。ヤバイ人だ。ヤのつく職業方面のヤバイ人とはまた別ベクトルのヤバイ人だ。いわゆるストーカーとか呼ばれてる類のヤバイ人だ……!

「お前の個人情報は一通り調べさせてもらった。その上でのスカウトだ。何か問題か?」

「いえ、それは、その、はい、えっと……」

 色々問題はあるけど!常識的に考えてコンビニの中でそういうことする?あとスカウトって何のスカウト?なんで私が?あとなんでそんな暑苦しい恰好なの。それと目つき怖い。

「と、とりあえず話を聞くので先にコンビニの外で待っていてください。えと……ふわとろぷりん、買ってくるので」

 なんにせよ、この男からまずは距離を取らねば。そうしないと逃げることも叶わない。

「了解した。ではコンビニの外で待っている」

 そう言うと目つきの悪いストーカー男はコンビニから出ていった。するとすぐにコートの内ポケットからスマホを取り出し、道路側を向い誰かと連絡を取り始めた。これは……不幸中の幸いとしか言いようがない。私はレジまで向かい店員さんに裏手の通用口を通してもらうお願いをした。

ストーカーがコンビニ前にいるんですと事情を説明したら、すぐに通用口まで案内してくれた。ナイス店員さん、一生感謝します。

 そういうわけでそっと私は通用口からコンビニの裏手、人気のないビルの谷間に出る。よし、誰もいない。

このまま逃げよう――そう思って歩き出そうとした瞬間、上から何か私の目の前に降ってきた。

「ひゃっ!?」

 ……訂正します。黒いコートの人が私の目の前に着地しました。ええ、さっきの目つきの怖いストーカーです。えっ。ビルの屋上からですか、そうですか。えっ。

「逃げるとはいい度胸だな」

「あっ」

 殺意の籠もった視線。これは私、終わったかもしれない。浅倉ゆい、享年25歳。短い人生でした。少しくらい幸運が訪れても良かったんじゃないかなって思いました、はい。

「まあまり強引な手は使いたくなかったが……これはお前のためでもある。許せ」

 そう言ってその超人ストーカー男は私の右手を強引に掴んで引き寄せると、人差し指にすぽっと指輪を嵌めた。

「え、え、なんですかいったい」

 半分涙目になりながらおっかなびっくりストーカー男の手を振り払って、嵌められた指輪を抜こうとする……けど。

「いった、痛い痛い……!」

 ぜんっぜん抜けない。すっと詰まることなく嵌められた指輪は不思議なことにぴったりと人差し指に嵌って抜けなくなっていた。え、なんで、なにこれ……!

「それは奴隷の証だ。無理に外そうとすると死ぬぞ」

「は……?」

 ど、れい……?この人は何を言って……?

「今日からお前は俺の奴隷だ。しっかり働いてもらうからな」

 ……拝啓、天国のお母様。人生がナイトメアモードに突入したようです。

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