著者:加藤千恵 2016年3月に文藝春秋から出版
アンバランスの主要登場人物
伊東日奈子(いとうひなこ)
三十六歳。専業主婦。旧姓は鈴谷。物語の語り手である〈わたし〉。
伊東由紀雄(いとうゆきお)
四十二歳。日奈子の夫。広告代理店に勤めている。
女(おんな)
五十代くらい。熟女キャバクラで働いていたという、太った醜い女。作中に名前は出てこない。
Shinji(しんじ)
出張ホスト。三十三歳。
みゆき(みゆき)
日奈子の弟の妻。
アンバランス の簡単なあらすじ
ある日突然、日奈子のもとへ、中年の醜い女がやってきます。
女は夫の浮気相手でした。
でも、夫は性的不能者のはず。
帰宅した夫を問いただすと、彼は自分の嫌悪すべき初体験のせいで、太った醜い女としかセックスできなくなったと告白します。
その日から、日奈子の心は激しく揺れ動くのでした……。
アンバランス の起承転結
【起】アンバランス のあらすじ①
ある日、夫が仕事に行っている間に、見知らぬ女が、伊東日奈子のマンションへやってきました。
女は、ときどき日奈子の夫の由紀雄と会ってセックスしている、と言い、証拠の写真を見せます。
女は由紀雄より十歳以上も年上の五十代くらいで、太って、醜い身体で、下品です。
夫はこんな女とだったらセックスできるのか、と日奈子はショックを受けます。
というのも、夫は性的不能者なのですから。
夜、帰宅した夫に問いただすと、彼は浮気の事実を認め、すべてを話します。
こういうことです。
由紀雄の初体験は、小学生のとき、近所のあやしげな、太ったおばさんに犯されたことでした。
それはとても嫌で、しかし快感をともなう行為でした。
それ以来、由紀雄は普通に交際している女性とセックスできなくなりました。
唯一できるのは、あのときのおばさんのような、太った醜い女とするときだけでした。
彼はそのために、風俗店に定期的に行って、太った熟女とセックスしていたのです。
昼間の女は、熟女キャバクラで知り合って、定期的に会うようになった相手でした。
由紀雄は浮気を告白した翌日から家を出て、ホテル暮らしをし、そこから通勤するようにしました。
日奈子は、睡眠導入剤とワインを買い込み、飲んで、眠る、という日をすごします。
日奈子は夫とのこれまでを思いだします。
契約社員をしていたときの上司が由紀雄でした。
これまで、二回だけ挿入にいたったことがあります。
最初は、交際していたとき、映画を見終わって、いつものように由紀雄の部屋で愛撫しあっていると、彼の身体が反応し、挿入にいたったのでした。
【承】アンバランス のあらすじ②
一週間ほどして、由紀雄が着替えを取りにマンションへ来ました。
とても遠慮がちな様子です。
由紀雄は、日奈子とやりなおしたい、と頭を下げます。
日奈子が、「あの女と何回したの?」と尋ねると、「十一回くらい」と答えました。
日奈子は由紀雄に声をかけられません。
彼は着替えを取って、出ていきました。
夫と別れることになったら、このマンションから出なければなりません。
日奈子は久しぶりに実家に帰りました。
電車で一時間半ほどの距離ですが、帰るのは正月以来です。
実家には、弟夫婦が子供をつれてしょっちゅう来るらしく、おもちゃや絵本が増えています。
日奈子は、ここはもうわたしが帰る場所ではないのだ、と悟りました。
日奈子はマンションへ帰り、睡眠導入剤とワインとミネラルウォーターだけを口にする毎日をすごします。
夫と二回目にセックスしたときのことを思いだします。
結婚後、飲み会から帰ってきた夫が、日奈子をベッドに押し倒し、挿入したのでした。
あのときは避妊しませんでした。
もしもあのとき妊娠していたら、今ごろ子供は小学生だろうか、と考えてもしかたのないことを考えます。
それからまた一週間すると、由紀雄が着替えを取りにやってきました。
「あの女とは完全に手を切ったし、そもそも全然好きじゃない」と言います。
でも、「好きでもないあの女とはできて、自分とはできないのだ」と日奈子は思いました。
由紀雄はまたむなしく出ていくのでした。
【転】アンバランス のあらすじ③
日奈子の心はモヤモヤとして晴れることがありません。
独身時代に好きだった歌手のCDを聞いても、もうあの日の感動はもどりません。
そんなある日、服を取りに来た由紀雄に、日奈子は、マンションに戻ってくることを提案します。
マンションも、生活も、夫一人の収入で成り立っているのに、その夫が不自由なホテル暮らしをしているのは不自然だと思ったからです。
しかし、由紀雄は、妻が許してくれたのだと、単純に喜んでいるようです。
夫の存在感に耐えがたいものを感じた日奈子は、今日は実家へ帰る予定だったのだと嘘をついて、外出しました。
少し離れた街の、漫画喫茶へ入ります。
そして、パソコンをいじって、あの女のいたという熟女キャバクラをさがしたりするうちに、出張ホストのページにたどり着いたのでした。
さて、由紀雄とまた暮らすようになり、日が過ぎるうちに、一見平穏な暮らしがもどってきました。
由紀雄は、夏休みを取って、ギリシャあたりへ旅行でもどうかと誘ってきました。
日奈子は、自分が行きたいのか行きたくないのかもよくわかりません。
ある日、日奈子は、自宅のパソコンからホストクラブのホームページへ接続し、入会します。
夫以外のだれかとセックスしたら、セックスなんてなんでもないことなのだ、と納得して、自分の心はおさまるのだろうか、という思いでした。
そしてとうとう、ホストのなかから「やさしさ」を売りにした男性を指名して、デートの申し込みをしたのでした。
【結】アンバランス のあらすじ④
日奈子は、出張ホストに会う当日、美容院へいきました。
美容師にも、夫にも、旧友と会う、と嘘をつきます。
指定のシティホテルで指名したShinjiと会い、セックスしました。
Shinjiとの間に愛はありませんが、彼の愛撫によって日奈子は何度も達したのでした。
「ひなさん、いやらしい」という彼の声が耳に残りました。
それからしばらくして、日奈子は働きに出ることにしました。
七社めにしてようやく弁護士事務所に契約社員として雇われました。
日奈子は離婚を視野に入れています。
いまの生活は、夫の収入によって与えられています。
それは彼が与えてくれなかったものの代償のようでもあります。
いつか貯金を貯め、自分の収入で生きていけたら、と日奈子は考えているのです。
働きはじめてから、仕事帰りに、何度か夫と、外で食事しました。
その夜も、いっしょに外食し、ワインを飲んで帰りました。
夜中、トイレに起きた日奈子は、自慰に耽ります。
行為中に空想している男性が、Shinjiなのか、夫なのか、もはや彼女にもわかりません。
次の週末、休日出勤した由紀雄が帰宅したとき、醤油を切らしていることに気づきます。
急いで買ってくると、途中で小さな子供と母親に出会いました。
日奈子は突然気がついて、マンションに帰りました。
そして夫に打ち明けるのでした、「これまでわたしは子供がほしいと思っていた。
でも違った。
わたしはセックスしたかった。
夫婦でそのことをちゃんと話すべきだった」と。
アンバランス を読んだ読書感想
出だしからぐいぐいと引きつけられて読みました。
夫の浮気相手が乗りこんでくる、というショッキングな出だしです。
その上、その女に、女としての魅力がない、という意外性。
そして、夫が性的不能者であるという意外な事実が読者に明かされます。
続いて、そんな彼が、太った醜い中年女にだけは勃起する理由が明かされます。
次々とカードが読者の前のテーブルに配られていく感じで、とてもスリリングです。
小説の中盤は、主人公日奈子の、やり場のない苦悩が、これでもかこれでもかと描かれていて、読む者に、彼女の苦しみが十分に伝わってきます。
やがて、クライマックスでは、出張ホストとのセックスがあり、ラストは、ついに日奈子の叫びが溢れて終わるのです。
全編、緊張感に満ちた小説でした。
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