「メモリー・ラボへようこそ」のネタバレ&あらすじと結末を徹底解説|梶尾真治

「メモリー・ラボへようこそ」

著者:梶尾真治 2010年1月に平凡社から出版

メモリー・ラボへようこその主要登場人物

桐生和郎(きりゅうかずお)
東京に本社を置く大企業で全国を飛び回った。目的に対しては集中するが他のことには興味がない。

田中(たなか)
独自の研究を続ける所長。倫理観がしっかりして口もかたい。

桐生由美(きりゅうゆみ)
和郎の亡き妻。独身時代は学生運動に熱中したが結婚後は落ち着く。

桐生杏里(きりゅうあんり)
由美の娘で現在は落合姓。田中とも高校時代から付き合いがある。

落合弘俊(おちあいひろとし)
杏里の夫。個人でデザインを請け負い趣味で水彩画も描く。

メモリー・ラボへようこそ の簡単なあらすじ

仕事ひと筋だった桐生和郎は定年退職を迎えたのを機に、これまでのがむしゃらな生き方に疑問とむなしさを感じていきます。

ありあまる時間とお金をいかにして消費するかと悩んでいたところ、思いきって訪ねてみた先は不思議な研究所です。

自らの意志で封印していた記憶と本当の人生を取り戻した和郎は、大切な人のもとへと駆け付けるのでした。

メモリー・ラボへようこそ の起承転結

【起】メモリー・ラボへようこそ のあらすじ①

上り詰めた先は行き止まり

熊本県で生まれた桐生和郎は両親からいかにして勝者になるかをたたき込まれていき、第一志望の進学校に進みました。

就職先に選んだのも業界で一流の企業、地方の営業所からスタートして名古屋、福岡、仙台の支店を5年かけて回ります。

本部で部長職まで昇進しましたがそこが行き止まり、取締役待遇の肩書がないために60歳で定年です。

手に入れたのは高級マンションと送別会でもらった花束、恋人も友だちもなく親きょうだいもすでにこの世にいません。

朝早く起きて新聞に目を通して散歩、図書館で正午のチャイムを聞き定食屋でランチ、午後からは近所の公園か映画館… これから死ぬまで同じような1日を過ごすのかと思うと不安になってきた和郎、デパ地下で個食用の総菜を買うのが日課ですがたまには外食でもしてみることに。

陸橋の下に出口にいつもはない赤ちょうちんの屋台を見つけると、おでんとコップ酒を注文しました。

店主が言うにはひどく沈んだ表情をしているようで、1枚のチラシを手渡されます。

【承】メモリー・ラボへようこそ のあらすじ②

思い出を買う男

パソコンで作ったものをカラープリントしたような用紙には「メモリー・ラボ」、楽しいおもいでを得て嫌なものは捨て去ることができるそうです。

住所は駅近くの裏通りにある雑居ビルの2階、受け付けは午前9:00〜午後3:00、定休日は土曜日と日曜日。

白衣の助手がボードと鉛筆をもって現れて、和郎の氏名から連絡先までを書き込んでいきました。

奥の部屋に通されるとこの施設の責任者でネームプレートには「田中」、他人から提供された記憶を貯蔵・移植することを商売にしています。

代金は諸費用込で8万円、アイマスクを装着してヘッドフォンを耳に当てられて1時間ほどで終了です。

2日ほど過ぎたものの特にこれといった変化は訪れないために、巧妙な詐欺に遭ったのではないかと疑い始めた矢先。

年齢22〜3歳ほどで八重歯がかわいい女性の横顔が、和郎の脳裏にフラッシュバックしてきました。

会社員時代は何人かの異性と巡り合ったり紹介もされましたが、いずれも結婚には至っていません。

これほどまでに甘酸っぱい感情になったのは初めてで、日々の生活にもリズムと潤いが出てきます。

【転】メモリー・ラボへようこそ のあらすじ③

記憶の街道をさかのぼる旅

趣味はギターを弾くことで好きな得意な曲は「フランシーヌの場合」、愛読書は大江健三郎の「万延元年のフットボール。」

おもいでの中でボンヤリとしていた彼女は、少しずつ具体的なプロフィールができて輪郭もクッキリとしてきました。

今では「由美」という名前で無意識に呼びかけることもありますが、どこの誰なのかは田中に聞いても教えてもらえません。

記憶の提供者の個人情報を保護するための取り決めだそうで、心臓移植をした医師に課せられる守秘義務のようなものでしょう。

海沿いの道、お城の石垣、電信柱に書かれた町名… ふとした瞬間に浮かんではジグソーパズルのようにバラバラになっていく風景やキーワードを、和郎はポケットの中に入れたメモ帳に書き留めておきます。

営業職で培ったフットワークの良さと勘の鋭さのおかげでたどり着いたのは九州地方の名所、江津湖のほとりです。

20メートルほど先の路肩に停車中の白い乗用車、運転席に座っている男性には見覚えがありませんが助手席の人物は由美で間違いありません。

【結】メモリー・ラボへようこそ のあらすじ④

偽りの人生からの帰還

彼の名前は落合弘俊でグラフィックデザイナー、彼女の名前は落合杏里。

夫婦の自宅に招待された和郎は、由美が1年前に亡くなったことを聞かされます。

由美の死に耐えられないほどショックを受けたのが、夫でもあり杏里の父でもある和郎です。

記憶をリセットして別の人生を選択した和郎、ラボを立ち上げたばかりの田中はその手助けをしたに過ぎません。

高校生の時に同じクラスで仲の良かった杏里に、田中は定期的に施術後の経過を報告していました。

和郎がここまで訪ねてくることも想定内で、杏里は用意してあったアルバムを見せてくれます。

若き日の和郎と由美、結婚式、杏里の誕生、子育て、入学式、成長していく杏里、晩年の由美… ページをめくるごとに家族3人の日々がよみがえっていき、和郎は涙が止まりません。

ようやく由美の死を受け入れることができた和郎は、杏里の案内でお墓参りに行きます。

すべての記憶を取り戻すために飛行機で東京に引き返す和郎、杏里から連絡を受けていた田中は「メモリー・ラボへようこそ」と出迎えてくれるのでした。

メモリー・ラボへようこそ を読んだ読書感想

土日祝日返上でわき目も振らずに働いて、ライバルたちを蹴落としてたどり着いた場所が本部長。

たっぷりの退職金と終のすみかを保障されながらも、主人公の桐生和郎が燃え尽きてしまうのも無理はありません。

いっそのこと気持ちを切り替えてセカンドライフをエンジョイすればいいものの、趣味もなく交友関係もないのは寂しいですね。

幻のような提灯の火に誘われた揚げ句に、怪しげな広告に引っかかってしまうのは孤独なシニア世代の性なのでしょうか。

金にものをいわせて空っぽな老後を満たす物語かと思いきや、中盤以降の急展開と旅の終わりに待つどんでん返しは見事でした。

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