「その日東京駅五時二十五分発」のネタバレ&あらすじと結末を徹底解説|西川美和

「その日東京駅五時二十五分発」

著者:西川美和 2012年7月に新潮社から出版

その日東京駅五時二十五分発の主要登場人物

吉井(よしい)
主人公。19歳の初年兵組。模型を組み立てるのが得意でパイロットになるのが夢だった。

益岡(ますおか)
吉井とは同期入隊。親類の昆布問屋で修行中。口が達者で危険をいち早く察知する。

掛井智常(かけいともつね)
吉井の上官。重要な軍事機密を扱う。人徳者でプライベートでは子煩悩。

その日東京駅五時二十五分発 の簡単なあらすじ

少年兵として各地を転々としていた吉井でしたが、戦局が危うくなったために所属していた隊に解散命令が出されます。

日本が無条件で降伏を受け入れたその日、苦楽をともにしてきた益岡と東京駅で東海道線に乗り込みましたが大阪でお別れに。

ひとりで故郷の町へと降り立った吉井は、新型爆弾の投下で変わり果てた街並みを目の当たりにするのでした。

その日東京駅五時二十五分発 の起承転結

【起】その日東京駅五時二十五分発 のあらすじ①

飛べない少年が旅立つ時

1936年、イギリス国王の祝賀訪問にあわせて朝日新聞社が飛ばした純国産の飛行機が東京〜ロンドン間を94時間という世界最速を記録しました。

日本中が熱狂の渦に巻き込まれていく中で、吉井はこの国の航空技術の高さ・物作りの精密さに感心します。

1度でいいからコックピットに座って操縦かんを握ってみたかったために、15歳で少年飛行兵に志願しますが身長が152センチしかありません。

徴兵検査では甲乙丙の真ん中で第2乙種、即入隊とはいかずに取りあえずは待機で三軍のようなものでしょう。

中学校を出るまでは朝早くに父親が育てたグラジオラスの花を市場まで届けて代金を受け取ったり、農作業に明け暮れたりする日々です。

1944年の秋、ついに徴用の知らせが舞い込んできましたが配属された先は軍の航空機用エンジンの生産工場。

手先が器用な吉井はすぐに熟練工員が集まる作業場へと移されて、年が明けるといよいよ生まれ育った広島県を離れる時がやってきました。

【承】その日東京駅五時二十五分発 のあらすじ②

お隣さんのおかげで安全地帯を確保

おじのひとりは南方戦線ですでに戦死していましたが、吉井自身は死を直結して意識したことはありません。

中学時代に大会で優秀賞もらった模型飛行機を、「形見」という名目で弟に譲りました。

祖父・両親に近所のおばさんまでが涙ながらに握手を求めてきたために、「立派に死んでまいります」という決まり文句で出征します。

汽車を乗り継いでたどり着いた大阪は、吉井の頭の中でイメージしていた大都市とは程遠いです。

赤土にまみれながら野山を駆け回る強行軍、四方八方から浴びせられる罵声、特に思いあたる理由もなくお見舞いされる鉄拳制裁… 幾度となく音を上げそうになっていた吉井が内務班生活を乗り切れたのは、たまたま隣同士だった益岡のおかげです。

何事にも要領がよくてうまい具合に他人の懐に入っていくのは、農家の三男で8歳の頃から大阪市内で丁稚奉公をしていたからでしょう。

一緒にいるだけで殴られる確率は低くなり、時にはのんきに昼寝をしたり浪花節を歌ったりしていました。

【転】その日東京駅五時二十五分発 のあらすじ③

インテリジェンス部隊の青年将校

東京の通信隊本部へ転属となった吉井と益岡、同じ年頃の初年兵20人あまりが集められた前に立つのは掛井智常小隊長。

掛井は階級こそ中尉ですがその横顔にはあどけない面影を残していて、はにかむような笑みと弾むような声で出迎えてくれました。

壁一面に暗号書が並べられた一室に押し込められた吉井たちは、朝から晩までレシーバーを耳に当てたり送受信の練習をさせられます。

内務班の時とは違って大声でどなられたり痛い思いをしなくて済むのは、徹底した軍紀と掛井の指導が行き届いていたからです。

都内で生まれたためにふるさとと言える場所がないこと、妻とのあいだに1歳半の子供がいること、とてもかわいいが心臓が悪くて長くは生きられないこと。

訓練の合間に個人的な身の上話まで打ち明けられるようになった吉井でしたが、8月7日に傍受した無線には相当なショックを受けました。

アメリカのトルーマン大統領が「ギャンブルに勝った」と演説、そのターゲットに選ばれたのは吉井の郷里である広島です。

【結】その日東京駅五時二十五分発 のあらすじ④

戦友のラストメッセージと終着駅から再出発

貯蔵庫の物資が底をつきかけて兵舎の規律も維持できなくなった8月14日、書類や機材の一切を焼却せよとのお達しがありました。

夕暮れ時に下級兵はその場で解散、戦犯として責任を問われるおそれがある掛井はしばらく偽名で東北あたりでも身を隠すとのこと。

日付が変わった15日、北口から東京駅の構内へと駆け込んだ吉井と益岡は5時25分発の始発電車に間に合います。

改札口では憲兵に呼び止められて脱走兵ではないかと疑われますが、例によって益岡が機転を利かせてくれたために問題はありません。

その益岡は大阪駅で降りると、プラットホームから窓ガラスを指先でたたき出します。

トトン、トトト、トン、トントントン… 嫌というほど練習されたモールス信号に解読してみると、「オオサカ、ヨイトコ、イチドハ、オイデ」です。

列車が広島駅に到着したのは東京を出発してから24時間後、吉井は駅舎の周囲を歩き回りましたが黒焦げのガレキの他は何も見当たりません。

この風景がとこまで続くのかは分かりませんが、吉井は家族に会いたい一心でひたすらに地の果てを目指して歩き続けるのでした。

その日東京駅五時二十五分発 を読んだ読書感想

日本国内に戦争の不吉な影が刻一刻と射し込んでくるような時代に、竹ひごを削ってプロペラ機を作っている吉井は相当にのんきな主人公ですね。

オモチャの飛行機の飛距離はグングンと増していく中でも、本人が早々と操縦士失格の判定を下されてしまうのがほろ苦いです。

今の時代であればキャンパスライフを満喫しているようなティーンエイジャーが、軍隊内部で過酷な日々を過ごしている姿には胸が痛みました。

一方では良き友であり戦時下における相棒のような存在、益岡のようなキャラクターにはホッとひと息つけます。

知的で人格者、おまけにマイホームパパと完璧な掛井中尉は愛する妻子のもとへ帰れたのでしょうか。

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