著者:千葉雅也 2021年7月に新潮社から出版
オーバーヒートの主要登場人物
僕(ぼく)
物語の語り手。教壇に立ちつつ哲学と言語の本質を探求中。同性愛者であることを公言している。
晴人(はると)
僕のパートナー。ネット関連の請け負いからゲイバーの呼び子までを掛け持ちする。
柏木(かしわぎ)
僕の同僚。大規模な社会調査が専門でチームワークを大切にする。
田口(たぐち)
僕の高校時代のクラスメート。20代で財をなし30代から隠居に入る。
オーバーヒート の簡単なあらすじ
東京から関西地方へと移り住んだ「僕」は京都の大学で講義を受け持ちつつ、自身の研究を推し進めている日々です。
恋人・晴人との関係性や将来性に不安を覚えながらも、性的マイノリティの立場から積極的にメディアに意見を発信していきます。
哲学者としては同じ研究室の柏木に一歩先を行かれながらも、戦友のような親近感を抱いていくのでした。
オーバーヒート の起承転結
【起】オーバーヒート のあらすじ①
栃木県宇都宮市で生まれた僕は東京の大学に進学しましたが、実家が破産したため学業を続けられるかの瀬戸際に立たされました。
フランス政府の奨学金に合格して留学した先のパリでなんとか博士論文を完成させてから、15年にもおよぶ学生生活を終えます。
京都の私立大学に准教授として採用が決まりますが、中間発表会に出席したり若者たちの指導をするのは週に3日ほどしかありません。
午前中はキタ周辺の喫茶店で原稿の執筆、午後からはキャンパスで事務処理、夜は伊丹空港の見えるマンションで読書。
一定のペースを乱されることに弱い僕は、おびただしい量の言葉に囲まれているとシロアリが体にまとわりついてくるような不快感が湧いてきます。
そんな時に晴人から受け取るLINEのメッセージは、生活に彩りを与えてくれているかのようです。
数年前にツイッターで年下の青年と交際中であることをカミングアウトをした時には反響があり、「いいね」と批判の声がちょうど半々といったところでしょう。
【承】オーバーヒート のあらすじ②
哲学科には個人の郵便物も送られてくるために、僕のすぐ隣にポストがある柏木先生とはしばしば荷物が入れ違いになってしまいます。
いつものように配達物を振り分けていると、コチョウランの立派な鉢植えが出てきましたが身に覚えがありません。
昨年に出版した研究書で賞をもらった柏木のために、恩師がお祝いで贈ってきたそうです。
学者の名に恥じない硬派な文章を着実に書き続けている柏木、軽めのエッセイを男性誌のウェブ版に載せている僕。
大勢の学生たちを巻き込んで行う「柏木ゼミ」なども、なるべく個人的な関わりを持たないようにしている僕には到底まねできません。
彼女の人柄がいいために嫉妬するようなマイナスの気持ちはありませんが、引け目を感じているのは本音でした。
その柏木から1件の新着メールが、来月に東京で行われる授賞式に招待したいとのこと。
ちょうど僕も代官山の書店でトークショーとサイン会の予定が入っていたために、パーティーに合流してスパークリングワインで乾杯をします。
【転】オーバーヒート のあらすじ③
付き合って最初の夏から決まって沖縄にいっていた僕と晴人、民宿から豪華なホテルへと宿泊先は年々と豪華にになっていました。
僕の年収は順調にアップしていましたが、最初に就職した会社を辞めてから転々としている晴人は収入が安定しません。
旅費のほぼ全額を負担してもらっているのが申し訳ないと、今年は弁護士事務所から依頼されたウェブサイトの制作に集中するとのこと。
オーバーヒートしそうなほど暑い8月をひとりで過ごすのは耐えられないために、帰省して高校生の頃の友だちに会いに行きます。
1番の変わり者は「デンちゃん」こと田口、経済学部を出て証券会社に勤めていた数年で一生を遊んで暮らせる額を稼ぎ出したそうです。
男の友だちだけで老後を支え合う「自社ビル」を作る話も出ていましたが、メンバーに既婚者が増えてからは計画は進んでいません。
ずっと独身で高齢の母親の面倒をみている田口は、太陽光発電に熱中したり昔のマンガを読み返したりと時間を持て余しているそうです。
結婚というゴールがない僕と晴人は、あと何年この関係を続けられるのかは検討もつきません。
【結】オーバーヒート のあらすじ④
2010年代の新しい思想動向を解説する連載を始めた僕、途中で行き詰まってしまい単行本化の話も自然に流れてしまいました。
ネットの世界ではそこそこ名前が知られてきたために、ツイート集を出さないかという話は舞い込んでいます。
尊敬する哲学者ドゥルーズ、大好きなプロレスの観戦記、行き着けのとんかつ屋… 「論集」では堅苦しすぎるために、タイトルは「雑文集」に落ち着きそうです。
相変わらず柏木のポストには大量の献本や礼状でぎっしり、僕のポストはきれいに空っぽ。
誰が敵で誰が味方か分からないほど複雑怪奇な学会でしたが、これからも柏木とは付かず離れずの距離感を保っていけるでしょう。
久しぶりにお互いのスケジュールが空いたのは台風が大阪を直撃していった9月、梅田駅前の安い居酒屋で晴人と待ち合わせをします。
夏場は琵琶湖の小鮎がおすすめで、そろそろわかさぎの天ぷらが美味しくなる季節だそうです。
今年40歳を迎える僕とは比べものにならないほど食欲が旺盛な晴人を見て、思わず「今夜は泊まっていけば」と誘うのでした。
オーバーヒート を読んだ読書感想
裕福な実家を支えていた家業の倒産によって、荒波へと放り出された経験のある主人公。
早々と学問をあきらめるのかと思いきや、海の向こうへ可能性を見出だすところは打たれ強くしたたかですね。
宇都宮、東京、パリとどこへ行っても自分の意志を貫き通すところは、大学の先生というよりも流れ者のような孤高さを感じました。
自らの性的指向にもオープンで、自由な恋愛とジェンダー・フリーを第一にする生き方にも共感できます。
柏木とは良きライバルとして、田口とは良き理解者として。
晴人とは生涯のパートナーとして、それぞれの幸せが続くことを祈るばかりです。
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