著者:小林信彦 2015年3月に文藝春秋から出版
つなわたりの主要登場人物
わたし(わたし)
物語の語り手。PR誌や新聞でコラムを掲載中。女性経験がなく性的に潔癖。
由夏(ゆか)
わたしとは付かず離れず。語学力があり海外にもよく行く。家を出て自活しているが親には逆らえない。
宮里(みやざと)
わたしの仕事仲間。洋画の配給や試写会を幅広く手掛ける。上司にも他社にも遠慮なく物を言う。
つなわたり の簡単なあらすじ
コラムニストとしてそれなりに順調な「わたし」でしたが、プライベートでは異性と深い関係になったことがありません。
間もなく40代の半ばに差し掛かることもあり言い知れない不安に襲われていると、疎遠になっていた由夏と急接近します。
試行錯誤の末に何とか彼女と結ばれましたが、仕事面では相変わらずの多忙が続いていくのでした。
つなわたり の起承転結
【起】つなわたり のあらすじ①
わたしがテレビ局やラジオの仕事を手伝うことに疲れを感じていたのは、30代の後半に差し掛かってきた頃です。
一時期はスケジュールの調整や渉外を担当する代理人が付いていましたが、性格が合わないために別れてしまいました。
短い原稿を書く仕事は誰かと合作する必要がないために、不器用なわたしでも気を遣わずに済みます。
人気の芸能人へのインタビュー、話題の文化人の人物評、吹き替え映画の解説、若い人向きの劇紹介… 「短文」ではなく「コラム」と称されるようになったのは、大阪で万国博覧会が大々的に終わった数年後あたりからです。
ひとつひとつの礼金はそれほど高い訳ではなく、とにかくえり好みせずに数を多くこなさなければなりません。
自分の趣味を全面的に押し出すようにしつつも、一歩引いたように見える文章が読者には好印象だったのでしょう。
原稿料は1本で3万円ほどにまで割りが良くなり、赤坂の方に取り次ぎのオフィスを借りることができました。
【承】つなわたり のあらすじ②
関西に本社を置く映画会社の企画室にいる宮里は口のきき方は乱暴でも、常に新しい題材を探しながら若手の作家を育てていました。
B級アクション物の脚本を執筆したのがきっかけで、試写の前にはお互いにあいさつを交わすようにしています。
観客動員数は万博の2〜3年前にピークを迎えていて、それ以降は下降線のようです。
ある時に宮里から電話がかかってきましたが、その声には以前のようなエネルギーがありません。
新幹線のチケットと一緒に速達で届いたのは今回が最後の作品だという鑑賞券で、いよいよ経営が危ないのでしょう。
ミナミのビルの前にあるカフェで待ち合わせをして軽食を取っていると、由夏という女性のことが話題に上がりました。
彼女との交際については宮里にいろいろと相談にのってもらっていて、3人で銀座の地下にあるフランス料理店で食事をしたこともあります。
あちらの両親に結婚を反対されたこと、ずいぶんと会っていないこと、それでも好きだから別れたくないこと。
由夏とは30代の初めにキスをしただけで、その先に進めていないことだけは宮里にも打ち明けていません。
【転】つなわたり のあらすじ③
中東に端を発したオイルショック、太平洋沖で放射能事故を起こした原子力船、ノストラダムスの大予言、「日本沈没」がベストセラー… 世の中全体が暗たんとしていく中でも、わたしはマリリン・モンローの謎めいた死だけは忘れることができません。
没後10年を記念して新宿のデパートでは伝記展が開かれていたために、記念の写真集を購入して向かいのフロアのコーヒーショップに入りました。
「モンローは嫌い」とからかい気味に声をかけられたために振り向くと、隣の席には丸いメガネをかけた由夏が座っています。
母校で英語を教えたり翻訳業にも手を出したりと経済的にも余裕ができた彼女は、半年ほどアイルランドに滞在していたそうです。
イタリアンレストランに場所を移してビールで乾杯をした後に、日帰り旅行に誘ってみました。
クリスマスが近いためにどこも満室、ひたすら海沿いを進んでいるうちにようやく空きがあったのは葉山のホテル。
署名を求められたためにわたしは42歳、由夏は37歳と時の流れを痛感しながらサインペンを走らせます。
【結】つなわたり のあらすじ④
ツインの部屋にチェックインをして交代でシャワーを浴びていると、フロントの交換台を通じて電話がかかってきました。
由夏の父親が急に倒れたと連絡があっために、すぐに南青山の実家へ引き返します。
訃報がもらされたのは1日置いてから、日頃から頭が重いといっていたのでくも膜下出血でしょう。
生前に神宮前で商人をしていたわたしの父、同じ中学校の出身で一緒にゴルフをする仲だった由夏の父。
昔から付き合いがあった両家が気まずくなったのは、大学を卒業したわたしが一向に定職に就かなかったからです。
認知症で入院中の由夏の母親に代わってわたしは葬儀の手伝いをこなしつつ、遠方からやってきた親戚たちにふたりの結婚を報告します。
式は挙げずに顔なじみだけで食事会、新婚旅行は戦時中に由夏が疎開していたという広島県。
原爆ドームを見下ろす高層ホテルのスイートルームでようやく「義務」を果たすことができたわたしでしたが、次の日には広島を舞台にした極道映画を見て書評を東京に送らなければなりません。
しばらくは綱渡りの新婚生活が続きそうなわたしの背中に、由夏は「気をつけて」と声をかけてくれるのでした。
つなわたり を読んだ読書感想
関西人にとっては夢のようなお祭り騒ぎだったという、万博の名残を残した大阪の風景にノスタルジックな味わいがあります。
東京の方では映画館が軒並み閉館していき、テレビが娯楽の中心となるターニングポイントを迎えていたようですね。
高度経済成長期の終わりでもあり世紀末ムードも漂う、この物語の主人公は筆1本で生きている男性。
学歴社会や企業競争に背を向けた一匹おおかみかと思いきや、恋愛に関しては頭でっかちで純情すぎるようで。
そんな彼にとっては憧れの人であり運命の女神でもある、由夏との再会がドラマチックに描かれていました。
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