「アンジュと頭獅王」のネタバレ&あらすじと結末を徹底解説|吉田修一

「アンジュと頭獅王」

著者:吉田修一 2019年9月に小学館から出版

アンジュと頭獅王の主要登場人物

頭獅王(ずしおう)
主人公。美しい額と澄んだ両目の少年。動物を手なずけるのがうまい。

アンジュ(あんじゅ)
頭獅王の姉。弟を思う温和な性格。知恵と勇気を振り絞って苦難に立ち向かう。

お聖(おひじり)
徳を積んだ高い僧侶。時間を飛び越える未知の力がある。

伊勢の小萩(いせのこはぎ)
裕福な家に生まれながら継母の陰謀で身を落とす。困っている人を放っておけない。

六条の院(ろくじょうのいん)
製鉄業から通信システムまでを手掛けて財を成す。京都の光の君にまでさかのぼる家柄。

アンジュと頭獅王 の簡単なあらすじ

父親の無実を訴えるために旅に出た姉のアンジュと弟・頭獅王は、強欲な人買いに拐われて離ればなれになってしまいました。

不思議な僧侶に救われた頭獅王は現代の日本へとタイムスリップして、生まれ変わったアンジュと再会します。

京の帝の末えいでもありビジネスの世界の成功者でもある六条の院の養子となったきょうだいは、お世話になった人たちに恩返しをするのでした。

アンジュと頭獅王 の起承転結

【起】アンジュと頭獅王 のあらすじ①

幼い姉と弟に降りかかる災難

奥州の岩城に人々の平等な幸せを願い慈悲の心を持った正氏という判官がいましたが、周りの反感を買ったために太宰府に左遷されてしまいました。

正氏には姉・アンジュと弟の頭獅王というふたりの幼い子どもがいて、父親のえん罪を帝に訴えるために京都へと旅立ちます。

30日ほど歩き続けるとたどり着いたのは越後の直江の浦でしたが、この地で暗躍していたのは山岡の太夫という強欲な商人です。

京都へ向かう船とだまされて乗せられた先には仲買人がいて、あっちこっちと売り飛ばされた揚げ句に丹後の由良の港へと連れていかれました。

13貫の値段できょうだいを買い受けたのは山椒太夫に言われるままに、姉は浜辺で塩をくんできて弟は山で芝を刈ってこなければなりません。

アンジュが首にかけているのは不幸が降りかかった時に身代わりになってくれるという地蔵菩薩、頭獅王の首には奥州54郡の系図を記した巻物。

たとえ最下級の身分に落ちたとしても、このふたつの宝があればいつの日にかきっと世の中に出られるでしょう。

【承】アンジュと頭獅王 のあらすじ②

義きょうだいの絆と姉の賭

山椒太夫には5人の息子がいましたが最も邪悪なのが3番目の三郎で、アンジュと頭獅王は柴を屋根の代わりにした粗末な小屋に押し込められました。

ふたりが逃げた時にすぐに連れ戻せるようにと、真っ赤に焼けた十文字の金を額に押し当てられて印を押されてしまいます。

ひしゃくで潮をすくっていたアンジュが絶望のあまりに海に身を投げようすると、引き留めてくれたのは伊勢の小萩という女性です。

今でこそ山椒太夫に使われていますが、もともとは大和の国の高貴な家柄の生まれでした。

義理の母親から事実無根の中傷を受けた末に、たらい回しにされて3年の奉公をしているという彼女のことが他人とは思えません。

この日からアンジュは伊勢の小萩を姉と慕い、頭獅王も加えた3人はきょうだいの契りを交わします。

額に刻まれていたはずの醜い傷あとも、アンジュの地蔵菩薩が引き受けてくれたために影も形もありません。

今がチャンスとみたアンジュは頭獅王を逃がし、自分は山椒太夫の屋敷に戻って時間を稼ぎます。

【転】アンジュと頭獅王 のあらすじ③

700年の道を踏破する健脚

山椒太夫が放った85人の手下に追いかけられていたアンジュは、国分寺というお寺に駆け込んでお聖に助けを求めました。

お聖は寝所から古い皮で作られたつづらを取り出すと、その中に頭獅王を入れて1000年かかろうとも京都へ送り届けると誓います。

つづらを背負ったお聖は京都へとたどり着きますが、すでに応仁の乱によって灰となった後です。

1万人の軍勢に囲まれて燃え上がる本能寺、夏の陣と冬の陣に揺れ動く大阪城、黒船の来航によって沸き上がる浦賀、日清・日露と連戦連勝を重ねる兵隊たちの行進、昭和・平成・令和と変わる元号。

ひたすらに歩き続けたお聖が700年ぶりにつづらを背中から降ろしてふたを開けた場所は、新宿御苑の入り口です。

最後まで付き添うと約束したお聖の力もいよいよ尽き果てて、長旅で擦り切れた衣のそでを切り取って渡すと立ち去りました。

両目がつぶれて腰も立たない頭獅王は、新宿の裏通りに暮らすホームレスの人たちから水や食べ物をもらって何とか生きています。

【結】アンジュと頭獅王 のあらすじ④

永遠の輝きを胸に抱いて

うわさを聞いて駆け付けてきたのは歌舞伎町の風俗店で働いていたアンジュで、再会を喜び合っているうちに頭獅王の瞳は光を取り戻して歩けるようになりました。

たまたま通りかかった旅のサーカスの一座に拾われたふたりの仕事は、神宮の森に立てられたテントの中にいる動物たちの世話です。

このサーカス団の興行を見に来ていたのが六条の院で、京都の帝の血を引く大富豪ですが跡継ぎがいません。

頭獅王の持っていた巻物から岩城の判官・正氏の子息だと知った六条の院は、父親の免罪を証明する判子を授けてアンジュとともに養子にします。

良心に従って自由にしていいと六条の院から託された財産を、アンジュと頭獅王は自分たちのために使うことはありません。

国分寺で旅行客を相手に宿坊を営んでいたお聖には紅の勲章を、移民や難民をターゲットに人身売買を続けていた山椒太夫にはきついお仕置きを、ようやく自由の身となった伊勢の小萩には緑の勲章を。

頭獅王が創設した褒章は世界的な名誉となって、勇敢で優しい人たちの胸元でいつまでも輝き続けるのでした。

アンジュと頭獅王 を読んだ読書感想

オープニングは森鴎外の「山椒大夫」とまるっきり同じですが、自由自在な想像力を駆使した中盤以降がドラマチックです。

お聖の背中のかごに隠れた頭獅王が一気に中世から令和へとワープしてしまう驚きの展開は、理屈抜きで楽しめるでしょう。

六条の院などの原作には登場しないオリジナルのキャラクターも、ここぞという場面で活躍していました。

物語を汚れ役の山椒太夫が東ヨーロッパや東南アジアからの移民・難民を相手に裏ビジネスをしているなど、しっかりと世相が反映されています。

時空を超越して旅をする主人公の頭獅王にワクワクしつつ、弟との再会を渇望するアンジュにも感情を移入してみてください。

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