「ヌエのいた家」のネタバレ&あらすじと結末を徹底解説|小谷野敦

「ヌエのいた家」

著者:小谷野敦2015年5月に文芸春秋から出版

ヌエのいた家の主要登場人物

藤井淳(ふじいじゅん)
主人公。非常勤講師だが常に自分の主張を貫く。古今東西の文学作品を読破している。

藤井梅三(うめぞう)
時計修理工をして息子の敦に十分な教育を受けさせる。若い頃はスポーツマンだったが年を取るにつれて無気力で無口に。

婦美子(ふみこ)
淳のおば。デザイナーを志していたが生活のために美容師になる。分け隔てなく面倒見がいい。

菊田(きくた)
民間の非営利団体で働くベテラン職員。ひとり暮らしの高齢者の見回りに熱心。

ヌエのいた家 の簡単なあらすじ

定年退職してからすっかり家の中に閉じこもりがちな藤井梅三は、息子・淳だけでなく闘病中の妻にもつらくあたるほどの偏屈な人物になっていきます。

すっかり手を焼いていた梅三に対して、家族がひそかに付けたあだ名は「ヌエ」です。

ついには老衰でこの世を去った父ですが、淳は最後まで向き合うことも許すこともできません。

ヌエのいた家 の起承転結

【起】ヌエのいた家 のあらすじ①

ネジの外れた時計職人

藤井淳がまだ幼い頃、父の梅三は埼玉県越谷市から丸の内にある外資系の高級腕時計の輸入販売店まで通勤していました。

会社を辞めてからは内職で修理を請け負っていましたが、依頼がこなくなると朝から晩までテレビの前に座って動きません。

老人性てんかんを発症してからは言動がおかしくなり、淳の母からすると相当なストレスでしょう。

母は67歳で末期ガンが発見されたためにホスピスへ、梅三は相変わらず寝ているか時代劇や野球中継を見ているだけ。

夫のことを「ヌエのようだ」と言っていた母が亡くなり、喪主を務めた淳は生活の拠点がある東京へと帰ります。

母の妹・婦美子とは淳が小学生の頃に同居していて、当時はデザインの専門学校に行くために家の中で図面を広げていました。

過去には水海道にあるヘアサロンで助手をしていた彼女が、今となっては梅三の健康状態をチェックしてくれています。

自炊したご飯と買ってきた総菜で食事は足りていて、今のところは心配はありません。

【承】ヌエのいた家 のあらすじ②

開かずのヌエズハウス

東京大学に務めていた淳でしたが、キャンパス内での禁煙措置に反対したことが原因で雇い止めになってしまいました。

新しい勤め先は私塾でしたが思ったよりも楽しく、越谷の実家のことは母に習って「ヌエズハウス」と呼んでなるべく考えないようにします。

淳の妻によれば老人をひとりで放っておいた場合、万が一のことがあれば息子が責任を問われることもあるそうです。

市役所に連絡して介護認定の査定者を派遣してもらいますが、意外に受け答えがしっかりしている梅三は要支援1で保険は下りません。

夫が脳梗塞で倒れた婦美子もこれまでのように時間がなく、代わりに自立支援センターを紹介してもらいました。

菊田という中年の女性が身の回りの世話をすることになりましたが、梅三は彼女が訪問してきてもドアを開けようとはしません。

うなぎ、バナナ、刺し身、塩から、ほうれん草… 食べたいものがある時だけは淳たちの家に電話をかけてきて、留守番サービスにメッセージを吹き込んでいます。

【転】ヌエのいた家 のあらすじ③

日に日に弱っていくヌエを追い打ち

歩行機能に支障をきたすようになった梅三は、毎朝の日課にしていた散歩の途中でもあっさりと転倒するようになりました。

高齢者向けの施設に入所させるように菊田は勧めてきましたが、本人は耳が聞こえないふりをしてのらりくらりと先延ばしにしてしまいます。

以前に相談した高齢介護課の担当者によると、他人や自分に危害を加えるおそれがない限りは強制的に施設に入れることは難しいそうです。

母親の納骨のために久しぶりに実家に帰った時も、終始無言のままで反応がありません。

この家の財産管理はどうなっているのか不安になった淳があちこちを探し回っていると、仏壇の引き出しの奥から通帳を発見しました。

預金額は1000万円以上、年金の振り込みはふた月に1度の20万円。

葬儀から法事に墓地までと600万円以上をポケットマネーで負担してきた淳でしたが、梅三は1円も払っていません。

今の淳が望んでいることは、長いこと母や自分を抑圧してきた父が苦しみながら死んでいくことだけです。

【結】ヌエのいた家 のあらすじ④

お見送り後にも消えない遺恨

いよいよ認知症が進行してきた梅三は幼児の状態へ退行してしまい、要介護認定によって越谷の北にある特養老人ホームへの入所も決まりました。

施設ではのんびりとコーヒーを飲んだり優雅に新聞を読んだりと、およそ苦しみとは縁のない生活でしょう。

ケアマネやヘルパーへの申し送り、ショートステイの手続きはすべて妻に任せっきりで淳は関わろうとしません。

母の命日は12月1日、それから5年たった12月6日の午後7時に梅三の心臓は停止します。

葬儀は家族葬・密葬の簡素なもの、参列したのは淳たち夫婦だけ。

婦美子やそのきょうだいにも知らせずに勝手に遺体を焼いてしまったために責められますが、淳からすると梅三の方がよっぽど冷血漢です。

母の遺品を整理していた時に出てきたのは小さな手帳、最後の空白のページには夫から浴びせられたののしりの言葉。

息を詰めるようにして都内のマンションに引き上げた淳は、誰もいない部屋に向かって「ヌエ、死んで良かった」とつぶやくのでした。

ヌエのいた家 を読んだ読書感想

現役時代は生き生きと都心でロレックスのメンテナンス、リタイア後は埼玉の片隅でひっそりと隠居。

そのギャップを目の当たりにした息子の藤井淳が、父に尊敬の念を抱けないのも無理はありません。

妻に先立たれた途端にあっという間に精気を失っていく、高齢男性ならではの悲壮感もリアルに描かれていました。

無縁社会・孤独死などこれからの時代の切実なテーマについても、独自の目線から切り込んでいて考えさせられます。

ラストはいがみ合っていた親子が感動的な和解… などとと期待していると見事に裏切られてしまいますよ。

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