「本物の読書家」のネタバレ&あらすじと結末を徹底解説|乗代雄介

「本物の読書家」

著者:乗代雄介 2017年11月に講談社から出版

本物の読書家の主要登場人物

間氷(まごおり)
主人公。自由な時間があるために本をよく読む。誰も訪れないブログに書き込むのが趣味。

岡崎(おかざき)
間氷の祖父の弟。20代の時に文筆業で身を立てようとするものの挫折。高齢のために体力はないが意思は強固。

田上(たのうえ)
くせの強い関西弁で初対面の間氷たちともすぐに打ち解ける。記憶力があり速読も得意。

キミ(きみ)
岡崎の昔の恋人。ハンディキャップを抱えながらも農作業に精を出す。

本物の読書家 の簡単なあらすじ

高齢者施設に入居する大叔父の岡崎に付き添うために、間氷が乗り込んだのは上野から茨城へ向かう快速電車です。

車内で相席になった田上と文学談議に花を咲かせているうちに、川端康成が若き日の岡崎のアイデアを盗用したのではと疑います。

愛する女性のプライバシーを守るために自分の手柄を川端に譲ったことに感銘を受け、田上は岡崎の送迎を引き受けるのでした。

本物の読書家 の起承転結

【起】本物の読書家 のあらすじ①

人生の終着駅に向かって出発

間氷の母親のおじに当たる岡崎は就職してから退職するまでの長い期間を、茨城県の北東部にある高萩市で暮らしていました。

数年前に都内に引っ越したのは生家が近かったことと、他に身寄りがいなかったからです。

台所で意識を失っているところを訪問介護のヘルパーに発見されたために、いよいよ高萩市内にある特養老人ホームに入るが決まります。

親族の中で1番に暇をもて余していて、なおかつ頑固な老人に気に入られている人間といえば間氷しかいません。

無事に送り届けることはもちろん、もうひとつ岡崎の兄が見たという「川端康成」と裏書きかれた封筒のありかを聞き出すことも頼まれていました。

母からのメールによると注意すべきは3点、特急電車をつかわないこと、11時52分上野発の快速常磐線勝田行に乗ること、岡崎を窓際に座らせること。

高萩駅に着いたら広場には迎えの車が用意してあるので、そこで引き渡しが完了すれば母から3万円のお駄賃をもらえます。

母から預かっていたきっぷは2枚ですが、岡崎の分は当然ながら片道乗車券です。

【承】本物の読書家 のあらすじ②

快速車内で博識バトル

上野駅で待ち合わせた岡崎とは数年ぶりの再会となりましたが、茶色のツイードジャケットにカンカン帽と相変わらずしゃれた身なりです。

手荷物といえば肩からぶら下げている小さな革のカバンで、例の手紙があるとすればその中でしょう。

ボックス席で岡崎と面と向かい合ったわたしの隣には体格のいい男性が座っていて、年齢は30歳前後かと思われます。

田上と名乗った男は朝から何も食べていなかった岡崎に、崎陽軒のシューマイ弁当をごちそうしてくれました。

フローベル、二葉亭四迷、魯迅、トマス・ピンチョン、リチャード・パワーズ、川上弘美… 古今東西の小説家の生年月日を丸暗記しているという田上でしたが、インターネットに読書記録を付けている間氷も負けてはいません。

男が取り出した紙のカバーがかけられたヤケのひどい1冊を、シャーウッド・アンダーソンの絶版本「黒い笑い」だとひと目で見抜きます。

川端康成が生まれたのが1899年の6月14日だと即答したのは、もらった弁当を瞬く間に平らげて空腹が満たされた岡崎です。

今年で76歳になるという岡崎は1940年生まれ、日本人初のノーベル文学賞受賞者が40歳年下の一般人と個人的なやり取りをしていたとは思えません。

【転】本物の読書家 のあらすじ③

車窓の風景が過去のあらすじにリンク

柏駅を通過しましたが窓から流れているのは見慣れた灰色の建物の群れ、間氷が楽しみにしているのどかな田んぼと海の風景はまだまだ先です。

高萩まで行くにはいったん水戸で乗り換えるために、残る乗車時間はあと1時間30分といったところでしょう。

鉄橋で利根川を渡れば茨城県土浦市、収穫前の立ち枯れて葉を落としたハスが所狭しと茎を突き出していました。

若いころは文学青年を自負していた岡崎でしたが、生活のためにこの辺りでレンコンの収穫を手伝っていたことを打ち明けます。

その時に知り合ってお付き合いを始めた相手は農家の娘、そのキミという女性が台風で崩れた家屋の下敷きになって腕を失ったのが1961年の台風。

彼女をモデルにして岡崎は小説を書こうとしたこともありますが、いまだに完成していません。

川端康成が1963年の夏から連載をスタートして、翌年の1月に完結した短編小説のタイトルが「片腕。」

あらすじは孤独な男が女の腕を取り外して持ち帰り、一夜をともにするというのが大まかなストーリーです。

【結】本物の読書家 のあらすじ④

日本文学史を揺るがす秘密を墓場まで

膝の上に抱えていた革カバンから豪華に装丁された日記を取り出した岡崎は、間氷に手渡して田上にも聞こえるように音読させます。

じれったくなった田上は間氷から日記をひったくると、原稿用紙3枚ほどの密度で書き込まれた1ページを30秒ほどで読み進めていきました。

足りない文章もありましたが、主題や筋など7割程度は「片腕」と一致するそうです。

大学時代にコネがあったこと、同人雑誌に参加して文壇にも通じていたこと、当時すでに大作家であった川端康成から返信がきたこと。

川端が本当にほしかったのはキミの住所と写真で、岡崎の文才を認めた訳ではありません。

ショックと怒りから岡崎は丁重にお断りの手紙を送って、著作権を放棄してキミとも音信不通になったのが真相です。

「片腕」の真の作者に会うことができて感激だという田上は、高萩のホームまで送っていくことを申し出ます。

岡崎の方もすっかり信頼しきっているようで、水戸駅でお役御免となった間氷も後日母から3万円が振り込まれているのを確認したため文句はありません。

しばらくの間は川端作品を読み漁っていた間氷は、「本物の読書家」というハンドルネームで個人的な趣味の記録を付け始めるのでした。

本物の読書家 を読んだ読書感想

親子でもなく祖父母と孫でもなく、70代の大おじと30代の大おいの列車の旅というのが風情がありますね。

無機質な都心の街並みを抜けていくうちに、少しずつ昭和へタイムスリップしていくような不思議なムードに。

ふたりの間に割り込んでくるのがやたらと愛想がよく知識も豊富な田上で、個人的なプロフィールに関しては多くを語らないのが心憎いです。

古書に詳しい方でも思わずうなってしまうような、マニアックなクイズやこぼれ話も満載で楽しめますよ。

日本人であれば誰もがその名を知っているあの文豪に、まさかのパクリ疑惑が… とハラハラさせられる終盤の展開にも引き込まれました。

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