著者:戌井昭人 2015年11月に文藝春秋から出版
のろい男 俳優・亀岡拓次の主要登場人物
亀岡拓次(かめおかたくじ)
主人公。俳優業を続けて15年くらい。芝居に変な癖がない。
松村夏子(まつむらなつこ)
戦前から活躍している大女優。亀岡の才能をいち早く見出だす。
トシ(とし)
温厚な居酒屋の店主。昼間は釣りをして時間をつぶす。
栗林まもる(くりばやしまもる)
常にハイテンションなテレビマン。芸能人とのコネクションしか頭にない。
鈴木新造(すずきしんぞう)
亀岡の先輩。超然とした中年男性の役が多い。
のろい男 俳優・亀岡拓次 の簡単なあらすじ
ベテラン女優の松村夏子のアドバイスを参考に舞台から映画に転身した亀岡拓次は、さまざまな監督や演出家から重宝されていきます。
テレビでの知名度はまだまだ低いために、時には現場で理不尽な扱いを受けることもありますが気にしません。
海外の映画祭でも注目を集めますが惜しくも受賞には至らずに、亀岡は静かな日常と仲間たちのもとへ帰っていくのでした。
のろい男 俳優・亀岡拓次 の起承転結
【起】のろい男 俳優・亀岡拓次 のあらすじ①
大学を卒業してから劇団の養成所に入った亀岡拓次は、2年目の春には本公演に起用されました。
この劇団を代表する演目はある女性の15歳から87歳までの生涯を描く「女のみそら」、ヒロインの座を50年間守り続けているのが松村夏子。
亀岡はヒロインの寝室に忍び込んで夜ばいをする役ですが、相手が相手だけにどうしても萎縮して臨場感がありません。
「本気で求めてきなさい」と怒鳴られた亀岡が松村の背後から胸を揉んでみると、これが大評判となって終演を迎えます。
稽古のでは厳しかった松村も、本番が終わると劇場の近くにあるすき焼き屋でごちそうしてくれるほど優しいです。
学生時代は野球をやっていたこと、社会人チームのある会社に就職しようとしていたこと、名画座で「ブリット」を見て人生が変わったこと。
身の上話まで聞いてくれた松村によると、亀岡は華やかな表舞台ではなくマイナーな邦画に向いているタイプだそうです。
養成所を辞めた亀岡が映画の道に進むことを決心した2カ月後、具合を悪くして入院していた松村は亡くなってしまいました。
青山斉場で行われた葬儀に参列した亀岡は、遺影を眺めながら彼女の胸の感触を思い出して涙してしまいます。
【承】のろい男 俳優・亀岡拓次 のあらすじ②
静岡県伊東市に仕事でやって来た亀岡でしたが、共演者が高速道路で事故に巻き込まれて撮影再開の目通しは立っていません。
ビジネスホテルを抜け出した亀岡が海辺を散歩をしていると、コンクリートの防波堤のところで3人の中年男性がアイナメを釣っていました。
「みんなのトシちゃん」という居酒屋をやっているトシ、かつてはジブラルタル海峡で遠洋漁業に従事していたというジブ、黒く日焼けして太っているヤケ宮。
トシを除いたふたりはこれといった仕事をしている様子もなく、明らかにあだ名で本名も素性も分かりません。
今回の映画「ライフ、みじかし」の舞台となるのは寂れた温泉地、登場人物は平日の昼間からブラブラしているおじさんばかり。
ケガをした役者の代役を頼まれた3人組は、ギャラとして1万円をもらえたうえに映画にも出られるということで大喜びでした。
防波堤のシーンを撮った後はみんなでトシのお店に繰り出し、お酒を飲んで踊ったりアイナメの刺身を摘まんだりと大盛り上がりです。
どこからが現実でどこまでが映画なのか分からなくなった亀岡の意識は、監督の「カット」という声とともに遠のいていきます。
【転】のろい男 俳優・亀岡拓次 のあらすじ③
民間放送テレビ局のロビーで入館証をもらった亀岡は、エレベーターで女子アナウンサーと一緒になりました。
以前にもさっぽろテレビ塔のエレベーターガールを好きになってしまったこともあり、彼女の残り香を胸いっぱいに吸い込んで楽屋へ向かいます。
そんな幸せな気持ちをぶち壊しにしたのは、会議室に入ってきたプロデューサーの栗林みのるです。
手渡されたシナリオの題名は「カモナブラ」、連続12回放送のテレビドラマ、シングルマザーが子育てと恋に奮闘するコメディー、亀岡の役は保育園の用務員。
映画は「タイタニック」と「アバター」くらいしか見ていないという栗林は、鼻から亀岡のことを相手にしていません。
実際の保育園を貸りてロケを進めていた時に、突如として栗林はニワトリを飼っている小屋に乱入して暴れ出しました。
園児が世話をしていたニワトリに危害が加えられたためロケは中止、まもなく栗林は覚醒剤所持の容疑で逮捕されてしまいます。
ドラマは6回で打ち切りですが、ギャラは全額支払れたので文句はありません。
ただひとつ亀岡が心配しているのは、空っぽになったニワトリ小屋のことを保育士たちがいかにして子どもたちに説明したのかです。
【結】のろい男 俳優・亀岡拓次 のあらすじ④
亀岡の事務所には7人の役者が所属していますが、5つ年上の鈴木新造とは時々飲みにいく間柄でした。
その鈴木が転倒して骨折してしまい、代理で呼ばれたのが「窓辺のサウダーデ」です。
メガホンを取ったのはポルトガル人のフェリペ、大の日本通で愛読書は檀一雄の「火宅の人。」
ポルトガルのナザレにやって来た日本人作家に成りきるために、亀岡は現地の酒場で何杯もワインを飲まされます。
亀岡の出演シーンはベネチア映画祭でも高い評価を受けましたが、当の本人は酔っ払っていたのでよく覚えていません。
「窓辺のサウダーデ」が惜しくも賞を逃したというニュースを、亀岡は伊豆半島にある小さな食堂のテレビで見ています。
休暇を取ってオートバイで気ままにツーリング中で、以前に伊東で仲良くなったトシたちにも会いに行くつもりです。
まもなく40歳の誕生日を迎える亀岡ですが、木造2階建てのアパートに帰っても祝ってくれる人はいません。
そんな寂しくなった時に行きつけのスナックに顔を出すと、ママや常連客が「おかえりなさい」とねぎらってくれるのでした。
のろい男 俳優・亀岡拓次 を読んだ読書感想
さえない平社員かと思ったら記憶を失ったミステリアスな男、百発百中のスナイパーから間抜けな下着泥棒まで。
どんな役でも愚直に体当たりでチャレンジする亀岡拓次が、今回も予想外のドラマと笑いを届けてくれました。
前巻「俳優・亀岡拓次」では明かされることのなかった、亀岡がバイプレイヤーを志すきっかけとなった貴重なエピソードも興味深いです。
たまに慣れないテレビの現場に飛び込んでみると痛い目に遭ってしまうのは、仕事に対するスタンスが根本的に違うからなのでしょう。
相変わらずプライベートでは浮いた話はないようですが、世界を舞台に活躍する日もそう遠くはないのかもしれません。
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