著者:井伏鱒二 1930年4月に新潮社から出版
山椒魚の主要登場人物
山椒魚(さんしょううお)
川に住んでいる山椒魚。岩屋の中で暮らしていたが、成長したため外に出られなくなってしまう。
蛙(かえる)
川に住んでいる蛙。岩屋の迷い込んだ後、山椒魚に入口を塞がれ外に出られなくなってしまう。
小魚たち(こざかなたち)
川に住んでいる小魚。
小蝦(こえび)
川に住んでいる小蝦
山椒魚 の簡単なあらすじ
山椒魚は悲しみました。
体が大きく成長してしまったがために、住処である岩屋から出られなくなってしまったのです。
岩屋の中は狭く、自由に泳ぐ事すらできません。
体は前後左右に動かすのが精一杯です。
山椒魚は岩屋の入口から、川の中を自由に動き回る生き物たちを眺めては、悪態をついたり小馬鹿にしたりしていましたが、次第に孤独感を深めていきました。
そしてある日、岩屋に迷い込んだ蛙を岩屋の中に閉じ込めてしまいました。
山椒魚と蛙は毎日喧嘩をしていましたが、次第に蛙は空腹で弱っていき、ついに動けなくなってしまいます。
死の間際、最後に蛙は言います。
今でも別にお前の事を怒ってはいないんだ、と。
山椒魚 の起承転結
【起】山椒魚 のあらすじ①
山椒魚は悲しみました。
二年間岩屋の中でぼんやりと過ごしていたら、いつの間にか体が大きく成長してしまったがために、住処である岩屋から出られなくなってしまったのです。
岩屋の出入口は小さく、山椒魚の大きな頭では詰まって外には出られません。
頭を押し付けても、出入り口に頭で栓をしてしまうばかりです。
岩屋の中は自由に泳ぐには狭すぎて、体を前後左右に動かすのが精一杯でした。
暗くて狭い岩屋の中、山椒魚は悲しみ狼狽えて、溜息をつきました。
失敗した、と思いました。
出られないならば考えがあるんだ、と決心したかのように呟いてはみたものの、上手い考えなど何ひとつとしてありませんでした。
どうする事もできなかったのです。
岩屋の天井にはコケがみっしりと生え茂り、可憐な花を咲かせては、花粉を散らしていました。
しかし、山椒魚はコケを眺めるのは好きではありませんでした。
むしろ、コケが嫌いでした。
コケの花の花粉が岩屋の水面に散りかかるので、自分の住処の水を汚してしまうと信じていたからです。
更には天井にはカビも生えていました。
増えては消え、消えては増えてを繰り返すカビは、絶対に繁殖しようとはしない愚かさを感じさせました。
山椒魚が好んだのは、小さな出入口に頭を押し付けて、岩屋の外を眺める事でした。
ほの暗い岩屋の中から、明るい岩屋の外、川の中を眺めるのは、とても興味をそそりました。
小さな窓から覗き見たところで、多くのものを見る事はできません。
それでも山椒魚にできる事は、岩屋の出入口から外を眺める事以外になかったのです。
【承】山椒魚 のあらすじ②
山椒魚は小さな岩屋の出入口から、川の様子を眺めました。
川にはめちゃくちゃな急流もあれば、大きく淀んでいる場所もありました。
淀んでいる場所には、水底に生えた藻が朗らかに伸び、細い茎を水面まで伸ばしては、水面から空中に花を咲かせていました。
そんな藻の茎の間を、沢山の小魚たちが泳ぎ抜けていきます。
小魚たちは茎の林の中に群れを作って、川の流れに押し流されないよう、頑張って泳いでいました。
群れの内の一匹がよろめけば、他の者たちもそれに従って、同じようによろけます。
小魚たちは群れを作っているので、一匹だけで自由に泳ぎ回ることはできないのです。
そんな小魚たちを見て、山椒魚は嘲笑いました。
なんて不自由な生き方しかできないのだろうと、そう思ったのです。
ある夜には、岩屋の中に一匹の小蝦が迷い込みました。
子蝦は腹に卵を抱えており、全く動かない山椒魚を岩かなにかと勘違いしたのか、その横腹にしがみついていました。
山椒魚は子蝦が何をしているのか見てやりたいと思いましたが、山椒魚が体を動かしたら、きっと驚いて逃げてしまうに違いありません。
山椒魚は、子蝦が山椒魚に卵を産み付けようとしているか、何か物思いに耽っているのだろうと思いました。
そして、物思いに耽ったりするやつは馬鹿だ、と得意げに言いました。
山椒魚はいよいよ外に出なければ、と決心し、勢いよく何度も出入口に突進しましたが、やはり頭が詰まるばかりで、どうしても出る事ができませんでした。
【転】山椒魚 のあらすじ③
何度岩屋からの脱出を試みても、頭がつかえて出られません。
山椒魚はついに泣き出しました。
たった二年間うっかりしていただけなのに、その罰として、一生暗くて狭い岩屋に閉じ込められてしまったのです。
この部屋から解放されたい気持ちが膨らんで、山椒魚は気が狂いそうでした。
岩屋の外では水すましが遊んでいましたが、水中を自由自在に泳ぎ回る蛙に驚いて逃げ回っていました。
活発に動き回る蛙を、山椒魚は感動の瞳で眺めていました。
しかし、自分を感動させるものからは目を背けた方がいいのだ、と山椒魚は気付いてしまいました。
山椒魚はまぶたを閉じたままでいました。
山椒魚にはまぶたを開いたり閉じたりする自由がありましたが、逆に言えば、それだけしかないのです。
まぶたを閉じた山椒魚には、際限なく広がる深淵だけが見えていました。
山椒魚は孤独に飢えていました。
孤独は山椒魚を拗らせ、ついにある日、岩屋に迷い込んだ蛙を、岩屋の中に閉じ込めてしまったのです。
山椒魚は岩屋の出入口を頭で塞ぎました。
蛙は狼狽えて岩屋の壁をよじ登り、天井にあるコケにしがみつきました。
この蛙は以前に水中を泳ぎ回り、山椒魚を羨ましがらせた者でした。
山椒魚にとって、蛙を自分と同じ境遇に置けるのが嬉しくてたまりませんでした。
一生岩屋に閉じ込めてやる、と言い放つ山椒魚に、蛙も負けじと言い返します。
山椒魚と蛙は毎日毎日、何度もひたすら同じ言葉で激しく口論を交わし続けました。
【結】山椒魚 のあらすじ④
山椒魚が蛙を岩屋に閉じ込めてから、一年が立ちました。
山椒魚と蛙は相変わらず口論に明け暮れていました。
山椒魚の頭がつかえて岩屋の外に出られない事は、既に蛙に見抜かれていました。
岩屋の外に出られないのだろうと蛙が指摘すれば、山椒魚も、お前だって岩屋の天井から降りられない癖に、と言い返します。
売り言葉に買い言葉の口論は止まりません。
しかし、それから更に一年経つ頃には、山椒魚も蛙も黙り込むようになりました。
お互い自分の溜息が相手に聞こえないよう、注意していましたが、山椒魚より先に、蛙の方がふいに深い溜息を漏らしてしまいました。
小さな風の音のような溜息でした。
去年と同じように、天井に生えたコケが花を咲かせ、花粉を散らし始めた光景を見て、蛙は思わず溜息を漏らしてしまったのでした。
山椒魚はこれを聞き逃しませんでした。
山椒魚は蛙を見上げました。
山椒魚にとって、蛙は最早友人となっていました。
溜息をしただろう、と問い掛ける山椒魚に、それがどうした、と蛙は力を振り絞って答えました。
山椒魚は蛙に、天井から降りてくるように言いましたが、蛙は断りました。
蛙は飢えで動く事ができず、もう長くは生きられない状態になってしまっていました。
それを知った山椒魚は黙り、しばらくしてから蛙に尋ねました。
お前は今どういう事を考えているようなのだろうか、と。
それに蛙は遠慮がちに答えました。
今でも別にお前の事を怒ってはいないんだ、と。
山椒魚 を読んだ読書感想
教科書にも掲載される名作であり、井伏鱒二の代表作でもあります。
『山椒魚』は井伏鱒二が作家デビューをする前に、同人誌雑誌で発表した『幽閉』を改作したものであり、その思い入れの強さがうかがえます。
読者にも作家自身にも深く愛された作品と言えるでしょう。
自分の不注意とはいえ、不自由な場所に閉じ込められて身動きがとれず、他人の粗を探して罵る事で自分を慰めるも、それが羨望や嫉妬、憧れの反動だと気付いてしまった途端、自分は孤独なのだと知ってしまう。
ほの暗い感情とはいえ、誰しも大なり小なり抱いた事があるのではないのでしょうか。
「あぁ、寒いほど独りぼっちだ!」という山椒魚の台詞に、彼の孤独感が悲しいまでに滲み出ています。
憧れの対象であった蛙を自分と同じように貶め、喧嘩という形だとしても孤独を埋める事ができた山椒魚は、蛙の死の間際、蛙と和解する事ができました。
うっかり岩屋から出られなくなってしまった山椒魚というコミカルな題材からは想像もつかないほど、人間心理の闇に切り込んだ作品であり、孤独という誰しもが抱く感情に寄り添う作品だからこそ、多くの読者に愛されてきたのだろうと思います。
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