「先生のあさがお」のネタバレ&あらすじと結末を徹底解説|南木佳士

先生のあさがお 南木佳士

著者:南木佳士 2010年8月に文藝春秋から出版

先生のあさがおの主要登場人物

わたし(わたし)
物語の語り手。内科医の片手間に何冊かの本を刊行している。生まじめで何でもひとりで抱え込んでしまう。

村田(むらた)
結核の治療ひと筋に取り組んできた。患者だけでなく地元の人たちからも「先生」と親しまれている。

オフィサー(おふぃさー)
本名は不詳。国際医療機関で活躍。威厳に満ちていてえり好みをしない。

妻(つま)
わたしの妻。穏やかで深く物事を考えない。

先生のあさがお の簡単なあらすじ

日本政府によって結成された医療団の一員として派遣された「わたし」が現地で出会ったのは、「オフィサー」と呼ばれる女性です。

帰国したわたしは心身ともに不調に陥りますが、村田という名医のおかげで何とか医師を続けて文筆業でも成功していきます。

久しぶりにオフィサーと再会したわたしは、亡くなった村田から託された朝顔の種を受け取るのでした。

先生のあさがお の起承転結

【起】先生のあさがお のあらすじ①

異国の地で突き付けられるおのれの無力

カンボジア救援医療団に加わったわたしですが、ポル・ポト派によって多くの医者が逮捕・殺害されていました。

若者たちの中から志願者を集めて包帯の巻き方や消毒の仕方を教えていきますが、その中心的な役割を果たしていたのが外資系石油会社の社長秘書です。

トタン屋根を載せただけの粗末な病棟にいつも静かに立っていて、カンボジア難民とも日本からの医療団員とも分け隔てなく接しています。

わたしは彼女のことを「オフィサー」、彼女はわたしのことを「ドクター。」

3カ月の任務のあいだほとんど会話を交わす時間はなく、お互いにフルネームで自己紹介することもありません。

満足な治療を受けることができずに毛布にくるまてれて火葬場へと運ばれていく遺体を見て、わたしは自分の倫理・道徳観がいかにちっぽけだったか痛感してしまいました。

任期を終えて日本に戻ったわたしは、長野県の総合病院の内科系の当直を引き受けます。

ここでも妻の出産日にも休めないほどの激務が続き、ある日突然に家から一歩も出られなくなってしまったのは38歳の秋のことです。

【承】先生のあさがお のあらすじ②

どん底から立ち上がる

病棟での勤務から外してもらい自宅療養を願い出たわたしは、かろうじて息をして味気ない食事を口に運びながら毎日をやり過ごしていました。

酔っ払って悪態をついたり小さなことで落ち込みがちなわたしのことを、妻は黙ってサポートしてくれます。

わたしが執筆を開始したのは、他人の生き死にに参加してきた経験を言葉に置き換えて発表するためです。

応募した作品が新人賞に輝いたわたしは、東京駅近くの会館で催されているパーティーに招待され、直木賞作家の肺の手術をしたことで有名な村田について聞きました。

戦前の帝国大学医学部を卒業したほどのエリートで、肺結核外科の専門医として長く東京に勤務しています。

定年を前に軽井沢に引っ越したそうで、自宅からわたしの勤務先の病院に顧問のような形で通っているそうです。

心療内科は専門外な村田ですが、実際に会ってみると個人的な悩み事にも相談にのってくれるほどの人格者でした。

今のわたしの状態は心理学用語でいう「底つき体験」だそうで、これ以上悪くなることはありません。

【転】先生のあさがお のあらすじ③

白のレクイエム

ようやく職場への復帰を果たしたわたしですが、与えられたのは2畳ほどの狭苦しい外来診察室です。

やってくるのは高齢の通院者ばかりで、長く生きすぎたことへの愚痴や死にたくないという本音を延々とこぼしては帰っていきます。

編集者からは続編をせっつかれていて、電話で原稿の催促をさせると断りきれません。

結果的に勤務医の仕事と小説家の副業を、綱渡りのように両立させていました。

村田とは出版社の企画で対談集を作ってみたり、自宅に招いて妻の手料理をごちそうしたりと親交を深めていきます。

そんな村田が突如としてこの世を去ったのは慌ただしい年末の12月30日で、天狗岳と硫黄岳の上部には雪が降っていてうっすらと白くなっていました。

年内最後の外来診療を午前中に切り上げて妻と一緒に駆け付けると、会場の中ではモーツァルトの「レクイエム」が流れています。

田舎のセレモニーセンターにしては珍しい選曲ですが、こんな上品な曲が似合うのは村田しかいません。

【結】先生のあさがお のあらすじ④

生きる希望が咲きほこる

いまだに外来患者の言葉を軽く受け流せないわたしは、週末には耐えられないほど背中の筋肉が強張ってしまいます。

そんな時には職場からスイミングプールに直行すると、泳ぎ終わる頃には何とか間接や背筋がほぐれてだいぶ楽です。

ジムを出て八ヶ岳の峰を眺めて自転車をこいでいると、顔が浅黒く焼けた中年の女性が声を掛けてきました。

名前は思い出せませんが、カンボジア時代にともに人道支援に当たったオフィサーであることは間違いありません。

ポケットから出したのは新聞紙に包まれた朝顔の種で、去年の今ごろに村田からもらったそうです。

村田のお葬式は4年前、オフィサーが種を受け取ったのは1年前。

その時期には明らかにズレがありましたが、彼女が言うにはわたしこそが他人の物語を都合のいいように仕立て上げているそうです。

ありがたく持ち帰って、飼い猫が気持ちよさそうに爪を研いでいる庭のヤマボウシの木の側に植えます。

芽を出した朝顔は力強くツルを巻き付けていき、生き延びようとする意思を示しているかのようです。

開いた花びらは鮮やかなブルーと落ち着いた紫の半々で、「先生のあさがおは品が違う」と夫婦で感心するのでした。

先生のあさがお を読んだ読書感想

右には煙が立ち上る浅間山、左には雪をかぶった北アルプス、中央には陽光にさらされた八ヶ岳。

主人公が住んでいるのは豊かな自然と厳しい寒さに包まれた信州で、内戦が激しく過酷な暑さに包まれたアジアの小国とのコントラストが鮮やかです。

紛争地での深刻な医療従事者の不足と、地方病院での過酷な勤務実態にそれほど差がないのが皮肉ですね。

1度は医療現場からドロップアウトした主人公に、再び立ち直るチャンスを与える村田の言葉には深みがあります。

名前を告げることもなく村田の忘れものをお届けするミステリアスな女性、オフィサーの存在もこの物語には欠かせません。

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