「かたちだけの愛」のネタバレ&あらすじと結末を徹底解説|平野啓一郎

かたちだけの愛

著者:平野啓一郎 2010年12月に中央公論新社から出版

かたちだけの愛の主要登場人物

相良郁哉(あいらいくや)
主人公。インダストリアル・デザインの分野を開拓。正義感は強いが結婚生活に失敗している。

叶世久美子(かなせくみこ)
キャンペーンガールから女優に転身。まっすぐに伸びた美しい足が自慢。

三笠竜司(みかさりゅうじ)
イベント会社の社長。裕福な家庭に育ち大人になってからも我慢がきかない。

曽我(そが)
久美子の所属事務所の社長。押しが強くタレントの不祥事にも動じない。

エイミー・マリンズ(えいみー・まりんず)
パラアスリート。メディアへの露出にも積極的。

かたちだけの愛 の簡単なあらすじ

交通事故で左足を切断した女優の叶世久美子のために、相良郁哉が依頼されたのはこれまでにない斬新なデザインの義足です。

事故の後遺症や過去のスキャンダルに煩わされながらも、少しずつ久美子も生きる希望を取り戻していきます。

相良が完成した義足を身につけた久美子は、かつての輝きを取り戻して表舞台に立つのでした。

かたちだけの愛 の起承転結

【起】かたちだけの愛 のあらすじ①

失われた美脚

トースターからマグカップにデスクランプまで、相良郁哉は身の回りにある生活用品のデザインを手掛けています。

いつものように夜遅くまで南青山の事務所に残って仕事を続けていた相良は、突如としてつんざくような破裂音を聞きました。

いち早く事務所を飛び出して表の大通りへと駆け付け、交通事故に巻き込まれた見ず知らずの女性を救います。

事故を起こしたドライバーは一目散に運転していたスポーツカーに乗り込んで、現場から逃走したようです。

車の下敷きになった被害者は「美脚の女王」として有名な女優の叶世久美子ですが、生き延びるためには左足の大たい部から先を切断しなければなりません。

事務所の社長・曽我から彼女が生きる希望を失って落ち込んでいると相談された相良は、色や形にこだわり抜いた最高の義足をデザインすることを申し出ました。

歩行サポートやリハビリといった現実的な目的に限定されることなく、誰が見ても「かっこいい」と思えるような義足です。

【承】かたちだけの愛 のあらすじ②

見えない敵と戦う

少しずつ相良に対して心を開いて前向きになっていく久美子でしたが、「ファントム・ペイン」に悩まされていました。

手術によって足を切断した患者がかなりの確率で経験することになる、ないはずの足の痛みを感じる「幻痛」と呼ばれている症状です。

1カ月ほどで治まることも多いですが、精神的なバランスに左右されるために10年以上苦しむケースもあります。

痛み止めなどの投薬治療でも一時的に緩和できますが、根本的な問題の解決にはつながりません。

相良は久美子の病室へこまめに足を運びつつ、リハビリ科の医師や装具士と連携しながら仮義足の入念なデザインの打ち合わせを進めていました。

久美子のためのオーダーメイドの義足、一般患者向けのコンセプト・モデルの義足、海外の貧困地域向けのユーザー・モデル。

3つのタイプに分けた試作品が完成して大がかりなプロジェクトが軌道に乗り始めていた矢先に、相良の事務所に1本の非通知設定の電話がかかってきます。

【転】かたちだけの愛 のあらすじ③

蒸し返される悪いうわさ

電話の主はあの事故の現場からスポーツカーで走り去った三笠竜司で、名刺の肩書こそ「株式会社オネスト 代表取締役」と書かれていますが解体業を営む親に出資してもらって道楽でやっているようなものです。

保護責任者遺棄の罪で送検された三笠は相良のことを逆恨みした上に、事務所を移籍させて久美子のヘアヌード写真集を出版してひともうけしようと悪巧みしていました。

三笠の妻は元女優でしたが、病院の地下駐車場からこっそりと退院する手はずになっていた久美子に殴りかって大騒ぎを起こします。

三笠との過去の不倫関係を週刊誌に素っぱ抜かれた久美子に対しても、SNSやインターネット上での中傷が鳴り止みません。

1度はあきらめた芸能界にカムバックしようとする懸命に努力していた久美子も、いまやすっかり心が折れかかってしまいました。

そんな久美子を強力にバックアップするために海外からコンタクトを取ってきたのが、パラリンピックで活躍したエイミー・マリンズです。

【結】かたちだけの愛 のあらすじ④

二人三脚で一歩を踏み出す

短距離走用の炭素繊維製の義足を装着したエイミーの写真が、アメリカの有名デザイン雑誌の表紙を飾ったのは今から10年前のことです。

「義足は失ってしまったものの埋め合わせではなく、可能性の象徴」という言葉には、ハンディキャップを個性へと変えてきた彼女の人生が濃縮されていました。

エイミーの応援メッセージに励まされた久美子は、フランスに本社を置く雑誌のファッションショーへの出演を引き受けます。

義足は「見てはいけないもの」というこれまでの読者のイメージを、「人目をひき付けるもの」へとひっくり返す絶好のチャンスだと考えたからです。

三笠夫婦とのトラブル以来更新が途絶えていたブログも4カ月に再開してみると、コメント欄には2時間で2000件以上の投稿が殺到します。

ネガティブな書き込みもないわけではありませんが、大半は好意的な感想なため心配はありません。

ショーの当日かつての美脚の女王は相良が心血を注いでデザインしたピンクとブラックの義足に履き替えて、割れんばかりの拍手に出迎えられながらランウェイに姿を現すのでした。

かたちだけの愛 を読んだ読書感想

「インダストリアル・デザイナー」という、聞きなれない職業にスポットライトが当てられていて興味深いです。

伊達メガネやカラーコンタクトと同じような感覚で、医療器具がファッションの一部になるような日が近づきつつあるのかもしれません。

多くの困難を力を合わせて乗りこえていく、相良郁哉と叶世久美子の後ろ姿が頼もしげに映ります。

自分自身の可能性を切り開いた久美子が、ラストにたどり着いた晴れ舞台が圧巻でした。

ステージ裏で見守る相良もこれまでは完成されたデザインだけを愛してきましたが、初めて生身の人間を愛することの素晴らしさに気がついたのでしょう。

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